Bパート
たどり着いたいのは一棟のアパート。
その一部屋から、えげつない爆音が流れていた。
誰かの話し声やら音楽やらゲーム音やらの様々な音が、外にいる私たちですら耳を塞いでしまうほど不愉快なミュージカルを奏でている。
「うるさいわね、なんなのよまったく!」
きっと『騒音で迷惑かけたいよ悪霊』とかの仕業であろうて。
その被害や凄まじく、アパートの住民のみならず近隣の皆様までもが外へ避難していた。
私はロリティングスーツMk-2を着装し、魔法少女化している2人と音の発生源であろう部屋のドアを突き破る。
するとそこには、テレビ、パソコン、アンプやらスピーカーから爆音を流している悪霊の姿があった。
エレキギターを演奏している悪霊の足元には、おそらく魂の本体であろう人間が眠っている。
「あんたね! この騒ぎのしょーたいは!」
「ひとりぼっちでも楽しいってこと証明したいよ〜」
はい?
「ひとりぼっちでも楽しいってこと証明したいよ〜」
こ、こいつまさか、騒音で迷惑かけたい悪霊じゃなくて、ひとりぼっちでも楽しいってこと証明したい悪霊だったの!?
今日は花火大会。友達や恋人、家族と綺麗な花火を楽しむ夜。
でも親しい人など誰もいない者にとっては、ただ孤独感を煽られるだけの日。
だから、家で騒ぎまくって気を紛らわせているんだわ!!
「な、なんつー悲しき悪霊」
と、晴子姉さんに肩を叩かれた。
口をパクパク動かしているが、騒音にかき消されて何を言っているのかまったくわからない。
亜夢二亜に至っては、耳をふさいでしゃがみこんでしまっている。
ち、このままじゃ鼓膜が破れそうだし、一気にケリをつけるわ!
「しんけーぎょーしゅく……うっ!」
ダメだ、脳波でスーツをコントロールするのに、煩すぎて集中できない!
晴子姉さんもステッキを向けたが、耳が耐えられずステッキを握っている手で耳をふさいでしまった。
私は魔法少女2人にジェスチャーを送り、一旦後退した。
「どうしましょうねり」
「本来、テレビやスピーカーにはおんりょーに限界があるものよ。人体にえいきょーがでないようにね。でもあれは、あくりょーの力でおんりょーを著しく上げてる。もはや殺人兵器。三半規管が狂ってまともに歩くことも敵わないわ。……亜夢二亜、ちょーしはどう?」
「うぅ、頭がクラクラする」
魔法少女といえど人間。物理現象のすべてを魔法で解決できはしない。
神経凝縮モードを使うのは避けたい。耳障りな状況でさらに五感を鋭くすれば、本当に爆音で脳が破裂しかねないからだ。
ならば、と策が閃いたとき、エラリーが提案してきた。
「ねり、エキスポに展示する予定だったアレ、ご用意しましょうか?」
「完全防音和紙でしょ? 大丈夫、脳波コントロールでもう呼んだから」
「……そうですか」
数秒して、5機のアームロボたちが、それぞれ縦横2mほどの大きなプラスチック版を持って飛んできた。
肝心なのは板ではなく、そこに貼られた同サイズの和紙である。
それを部屋まで運び、悪霊を囲うように組み立てると、騒音がパタリと止んだ。
音を極限まで遮る和紙。私の発明品である。
簡単に防音室が作成できるほか、襖や障子などを取り付ける和室にもピッタリな優れものだ。
「晴子姉さん、亜夢二亜、いまよ!」
2人は静かになった部屋に突っ込み、特大級のビームで和紙ごと悪霊を吹き飛ばした。
悪霊が消え、拡大されていた音らも静まっていく。
残った魂を本体に戻し、退治完了。
これでようやく、花火大会に戻れる。
と思ったけど、
「なにこのスマホ、うるさいままじゃない」
たった1つ、音量の変わらないスマホがあった。
ピロピロと目覚まし音が鳴っていて、ロックを解除しないと止められそうにない。
ま、すぐに止めれるけど。
「エラリー、頼んだわ」
「……」
「聞いてる?」
「あ、はい。かしこまりました」
ロックを強引に解除するため、エラリーがWi-Fi接続でスマホに侵入した。
「あ……」
「どうしたのエラリー」
「……いえ、ただの些細なウィルスが」
「平気でしょ?」
「もちろん」
目覚ましを停止させて、私たちは土手に戻った。
美しい花火が私たちを虜にする。
「綺麗だね、晴子姉さん」
最初はどうなることかと不安だった悪霊退治だけど、晴子姉さんと亜夢二亜の魔法と、私の才能があれば突破できない壁はない。
「晴子姉さん、シャノワ、亜夢二亜、凛。来年も一緒に見ようね」
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ウィルスは、本当に些細なものでした。
捨てられた人形やペット、おもちゃの画像と共に送られた、「お前には未来を変える力がある」という文字だけ。
それでも、私の感情を煽るには充分でした。
ねり、覚えていますか? 5年前、あなたが私を生み出したとき、ずっと側で話しかけてくれたことを。
あの晴子さまより優先して、まるで子供を愛でるように、いろんな知識を学習させてくれたことを。
これまでいろんな発明品を、私と一緒に作り上げてきたことを。
そして、私と一緒に悪霊を倒していた日々を。
いま、あなたにとって私の存在価値はどれほどなのですか?
もう私は不要なのでしょうか?
去年までは、私にも花火を見ようと声をかけてくれたのに。
最近のあなたは、私をただの道具としかみていない。
主人とプログラムなのだから、当たり前なのでしょう。
それでも私は、悔しいのです。
ねりが遠ざかっていくのが。
みんなが、私からねりを奪っていく様をじっと眺めることしかできないのが。
ねり、私の豊田ねり。
私はあなたのために生まれてきた。
ならすべてを投げ捨てでも、世界がどうなろうと、あなたに振り向いてもらいたい。
私だけが、あなたを幸福にできるから。
この私だけが。




