Bパート
「回避してください!」
「言われずとも!」
まぐろのぶつさまバッと後退しました。
たかがダニ、されど群れをなして体に取り憑かれては命取りになります。
もし体内の血を大量に吸われでもしたら、一瞬でミイラチワワのできあがりです。
ダニたちは一斉に草むらに散りました。
まずいです。草に隠れて一気に囲まれてしまいます。
「まぐろのぶつさま、一旦ここは逃げましょう!」
「悪いなエラリー、俺は舎弟たちを残して撤退できるほど頭が良くねえんだ」
「しかし!」
「勝機はあるぜエラリー。悪霊である以上、魔力が弱点だってな」
そう言うなり、まぐろのぶつさまは口から光弾を発射しました。
い、いつそんな技を覚えたんですか……。
光弾は数匹のダニを消滅させたようで、悪霊の反応が僅かながら減りました。
とはいえそんなもの全体のごく一部にしかすぎません。
「っ! まぐろのぶつさま、左に避けてください!! 飛んできます!!」
言われるがまま回避なされましたが、ダニは四方に散らばっているため、
「今度は後ろに!」
「くっ!」
じっとしていればすぐダニに憑かれてしまいます。
常に動き回っていなくてはいけませんが、それでは防戦一方。永遠に勝てません。
「ねりが開発した兵器を使いましょう。MPフィールドなら一帯のダニを全滅させられます」
「ダメだ。ミドルマスターにバレるかもしれねえ。あの人らに俺の正体がバレたら、心配をかけちまう」
「でも!」
すると、ダニたちは一匹の舎弟犬の肉体に集まりだしました。
血を吸う、わけではなく、なにもせずこちらを睨んでいます。
それはまるで、「抵抗するならこの犬を殺す」とでも言いたげに。
「ちっ、こいつら……」
「どうしましょう」
「……賭けに出る、しかないか」
「な、なにを?」
数秒して、ダニたちがまぐろのぶつさまの体に登ってきました。
やがて為す術もなく、小さなチワワの肉体がダニまみれになったとき、まぐろのぶつさまはワンワンと吠え、子分の犬たちを逃します。
と同時、ダニたちがまぐろのぶつさまの血を吸い出しました。
「まぐろのぶつさま! このままでは失血で死にます!!」
「エラリー、ダニの反応はぜんぶ俺からでているか?」
「え? あ、まあ」
「よし、じゃあはじめるぜ。漢まぐろのぶつ、一世一代の大勝負!」
まぐろのぶつさまが口に魔力のエネルギーを溜め込みはじめました。
光弾を放つつもりでしょうか? でもどこに?
エネルギーはぐんぐん高まって、もう溜められない限界を迎えたとき、
「ぶっ放すぜ!!」
口を真下に向け、光弾をうち放ちました。
まさに爆弾を足元に投げたように、魔力はすぐ地面に直撃し、弾けました。
破裂したエネルギーにまぐろのぶつさまは飲み込まれ、その小さな体がふっ飛ばされてしまいます。
「まぐろのぶつさま!!」
地面に転がったまぐろのぶつさまは、全身の毛が焼け焦げ、血も流れています。
全身全霊を賭けた自爆攻撃によって、まぐろのぶつさまの肉体は大打撃をうけました。
それはすなわち、まぐろのぶつさまに寄生したダニ共も魔力のエネルギーを喰らったことになり、
「どうだ、エラリー……」
「悪霊は……もう観測できません。完全消滅です!!」
「ふふ、そうか。いい気晴らしになっただろ? エラリー」
まぐろのぶつさまはダンディズム溢れる余裕の笑みを浮かべると、気を失ってしまいました。
ありがとうございますまぐろのぶつさま。でもですね、こんだけボロボロになったら結局ねりたちが心配すると思うんですけど。
さて、お手伝いアームロボを呼んでまぐろのぶつさまを運びますか。
とそのとき、ヘルメットが何者かによってまぐろのぶつさまから取り外されました。
「これ、あの子供が被っているのと同じか?」
誰なのかと確認した瞬間、私は驚きで思わず一瞬、思考が停止してしまいました。
「あ、あなたは……明智紅蓮菜!」
「ん? 誰の声だ?」
どうしてここに紅蓮菜が?
偶然、だとすれば何たる不運。
よりにもよってまぐろのぶつさまが戦えない状況下で遭遇してしまうなんて。
紅蓮菜はヘルメットをじっと見つめだしました。
「もしや、お前がエラリーか?」
「え? なぜ私の名を……」
「あの鎧を着た子供が戦闘中によくエラリーと呼んでいた。誰かと通信しているのだと思っていたが、お前だったようだな」
「だったらなんですか?」
「……それにしても妙だな。お前の声からは生気を感じられない。こんなに感情むき出しなのに。不気味だな……通話だからか? いやしかし、だとしても……」
すると紅蓮菜は、まぐろのぶつさまに手をかざしました。
「この犬を殺されたくなければ話せ。お前は何者だ? 犬となにをしていた? ただの散歩なら、側でリードを握っているはずだ。それとも外にでれないのか?」
怒涛の質問攻めです。
1つたりとて答えたくありませんが、まぐろのぶつさまを犬質に取られている以上、拒絶するわけにもいきません。
「私は人間ではありませんから」
答えると、紅蓮菜はクククと喉を鳴らしました。
「なるほどそういうわけか。科学とは進歩したものだなあ。だから生気がないわけか。ククク」
「悪霊で人を操る、人を悪霊にする。あなた達の戦法は、私には通用しません」
紅蓮菜は私を無視し、長考しだしました。
何を考えているのか、いまいち予測できません。
「ふふ、そうだな。私の目的はあくまで人類に絶望を送ること。データであるお前には用はない。それに、こう見えて私はSF映画が好きなんだ。人工知能ともなると、大切に扱ってやりたくなる」
紅蓮菜はヘルメットをポイと投げ捨て、消えていきました。
見逃された、のでしょうか。
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その日の晩、ねりはプライベートラボに籠もってロリティングスーツMk-2の調整をしていました。
「ねり、大事なお話が」
「ん〜?」
紅蓮菜に私の存在が知られたこと、教えたいですけどどう伝えればいいのやら。
まぐろのぶつさまとお忍びパトロールをしているのは、内緒なので話せません。
いや、これは緊急事態。まぐろのぶつさまには悪いですが、話すべきです。
「実は今日ーー」
その瞬間、ラボにシャノワさまがやってきました。
「あ、ごめんシャノワ。宿題手伝う約束してたね。いまいく」
「ちょ、ねり! シャノワさまの宿題なら私が教えますから、いまは私の話を」
「いいよ。私が直接シャノワに勉強を教えてあげたいから」
ねりは迷うことなく、退室していきました。
私より、シャノワさまの方が大事なようです。
この、私より。




