第19話 ねり、小学校に通う Aパート
小学生からやり直せるとしたら。なんて妄想、誰もが一度はしたことだろう。
個人的にはやり直しなんてしたくもない。楽しいことを再体験できるだとか、間違った選択を正せるとか利点はあるが、嫌なこともまた体験しなくちゃいけなかったり、古い時代を生きなきゃいけない苦痛もあるわけで。
もっと年をとったら考えが変わるのかもしれないけど、少なくともいまは、やり直したいとは思わない。
「わかった晴子姉さん、じゃあ私小学生に戻るよ」
晩ごはんを食べながら、私は晴子姉さんにそう告げた。
「えぇ!? 大丈夫なの? ねり」
「ロリティングスーツで小さくなれるんだもん。活用しなきゃ」
ことの発端は数分前。
晴子姉さんが働いている学校に、悪霊が出現したらしいのだ。
しかしその姿を晴子姉さんは見ていない。
気配がしたのに、すぐに感じなくなったとのこと。
悪霊が現れたのに数秒ほどで消えた、そんなことがここ数日連続で起きているのだった。
晴子姉さんは仕事中で基本忙しいので、調査はできない。
なのでロリ化した私が生徒として潜り込み、代わりに調べることにしたわけである。
「う、う〜ん。ねりが側にいてくれるなら心強いけど」
「聞いてたシャノワ? 明日から同級生だから。よろしくね」
シャノワはキャベツの千切りをもしゃもしゃ食べながら、頷いた。
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「転校生を紹介します。豊田ろりちゃんと、石田亜夢二亜ちゃんです」
晴子姉さんに紹介され、ランドセルを背負った私と亜夢二亜は子どもたちに頭を下げた。
ロリ化しているが、ロリティングスーツを着用してはいない。いや正確には、簡易型ロリティングスーツを着ている。
フィットネススーツのようなデザインで、目立たずかさばらない。
もちろんスーツに晴子姉さんの魔力を巡らせることもできる。
ただ設計上防御力が低く、武装もないため、戦闘能力は貧弱である。
つまりは、いかなる状況でもすぐさま悪霊に対応するための、護身用なのだ。
子どもたちの視線が私たち集まる。
私は注目されることに慣れているが、不慣れな亜夢二亜は目のやり場に困り視線を落としていた。
「ていうかなんで私まで小学生のするのよ、ねり」
「いいじゃん小さいんだから。にんずーは多いほうがいいでしょ」
「しかも私だけ本名だし」
「私の『豊田ねり』って名前はゆーめーすぎるから」
「そ、そっかあ……。なるほど」
私が座る席は廊下側の一番後ろで、前にはシャノワが座っていた。
変な詮索をされないよう学校では他人のフリをしよう、そう思った矢先、シャノワの方から話しかけてきた。
「はじめまして、転校生」
「え? うん」
「ここはシャノワのクラスだから、シャノワを敬え、豊田ろり」
「……は?」
「シャノワの島だってこと」
このガキ!
家では大人しいけど仲間がいる学校ではイキリ散らかしてる自称ちょい悪男子みたいな真似しやがって。
「わ、わかったよ」
シャノワが前を向くと、今度は隣の席の女子が私に殺気を送ってきた。
たしか彼女は……シャノワのお友達の明美ちゃんだったか。
「なんでいきなりシャノワちゃんと仲良いわけ?」
「いや、別に……」
「教えておくけど、シャノワちゃんの恋人は私だから」
友達じゃなかったのかよ。
そういえばこの子、前に会ったときもヤンデレ全開で私を刺そうとしてきたな(悪霊に取り憑かれていたせいかもしれんが)。
「お、お幸せに〜」
たぶん、シャノワは明美ちゃんのことただの友達としか思っていないのだろう。
かわいそうに。
亜夢二亜の方を見やると、周りの子どもたちにチヤホヤされているようだった。
「亜夢二亜ちゃんハーフなの〜?」
「どこの国のお姫さまなの?」
「なんか英語喋ってみて〜」
「頭悪そうな見た目してるね〜」
などと言われたい放題だが、陰キャな亜夢二亜は「あ、あはは」しか返せていない。
年下相手なのに。
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晴子姉さんによると、悪霊の気配がする時間は放課後とのこと。とにかくいまは、待つしかない。
「1時間目は体育か」
簡易スーツの上から体操着を着込んで、校庭へ向かった。
校庭にはジャングルジムやら登り棒、鉄棒、ブランコ、百葉箱があり、あまりの懐かしさにちょっと感動してしまう。
それら遊具や、校舎の一部分に謎の破損箇所があるのが、この学校の風紀の悪さを物語っているが。
「それでは今日はドッジボールをしまーす」
晴子姉さんの宣言に、男子たちは餌の時間になった猿のようにキーキーと騒ぎ出した。
反対に女子は、お母さんにお年玉を没収されたときぐらいにテンションだだ下がりで、ため息をついている。
男女混合だから活躍できるのは男子だけなのが原因なのか。
私も球技は得意ではないが、ロリ化し身体能力が向上したいまなら、十二分に戦えるだろう。なにより相手は小学生、負けるわけにはいかない。
私と亜夢二亜、シャノワは同じチームになり、試合がはじまった。
まず真っ先に運動神経ゴミカスの亜夢二亜が外野送りにされたが、想定内である。
「シャノワ、みんな、バッファローの陣形で行くわよ!」
ドッジボールはチーム競技、勝敗を分けるのはチームワークである。
案の定、大天才である私が提案した陣形と策により、狩りのように相手チームの子どもたちを外野送りにしてく。
なんて取るに足らない試合。しょせんは小学生レベルか。
そのとき、
「豊田さん危ない!」
敵チームの男子が投げたボールが、私の顔面に直撃した。
顔面を狙うのは禁止のはずである!!
「な、なにすんのよ!」
ガキ大将っぽい男子が睨んでくる。
「転校生が調子にのんなよ?」
「こいつっ!」
顔面なので判定はセーフになり、私は内野に残った。
まあいい、優勢なのはこちらなのだから。
しかし、ガキ大将の圧に味方チームの子たちはすっかり萎縮してしまい、連携が崩れはじめてしまう。
気づけば相手は男子が3人、こっちは私とシャノワの2人だけになってしまった。
ガキ大将が笑った。
「女子がドッジボールで男子に勝てるわけねえだろおおお!!」
「このご時世に露骨な男女差別とは、本当にうんどーしか取り柄がないのね。碌な大人にならないわよ」
「ん〜? どっかで負け犬が吠えてるなあ」
ガキがッ!! 舐めてると潰すぞッッ!!
1時間目のドッジボールも終盤。
私のプライドを賭けた大戦争が幕を開けた。
悪霊退治も忘れてないよ。




