第18話 はじめてのおつかい Aパート
かつて生前の紅蓮菜が住んでいた家。
現在では心霊スポットとして知られる空き家にて、紅蓮菜とウーは休んでいた。
亜夢二亜が裏切った以上、彼女の部屋で作戦会議をすることはできない。
100%仲間の魔法少女を呼ばれるからだ。
ウーが歯ぎしりをしはじめた。
「アムーニアのやつめ……あんなあっさり裏切るとは……」
「もうどうでもいいだろ。あいつのことは」
「しかし多くの悪霊も失い、こちらの戦力が……」
ふむ、と紅蓮菜は手を顎に当て長考しはじめた。
「試してみるか、あの策」
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深夜、もう寝ようかというタイミングで、私は晴子姉さんに声をかけられた。
とても真剣な表情を浮かべているが、まさか結婚が決まったわけではあるまい。
ドキドキしながらテーブルにつくと、晴子姉さんは寝室で寝ているシャノワを起こさないよう、小さな声で告げた。
「シャノワにおつかいをさせようと思うの」
「え……」
「どう思う?」
「どうって、どうもこうも」
シャノワはもうずいぶん地球での暮らしに慣れてきている。
学校生活も上手くいっているようだし、成績だって悪くない。
でも、やっぱりまだ常識の欠如が見受けられるのだ。
たとえば性別という概念がわからず、男子トイレに入りそうになったり。
はたまた健康が理解できず、美味しいという理由でマヨネーズを一気飲みしようとしたり。
そんな子をおつかいに行かせるのは正直不安である。
しかし、だからこそいつまでも甘やかしてはいけないのだ。
きっと失敗するだろう。でもそれが、貴重な経験になるはずだ。
……まてまて、失敗しちゃダメだろう。他人に迷惑をかけるかもわからんし。
「う、うーん」
「心配なのはわかるわ。だからねり、こっそりついて行って様子を見ていてほしいの」
「そうだね、それなら」
「……ふふっ」
「なに?」
「ねり、最初はシャノが鬱陶しそうだったのに、もうすっかりお姉さんね」
「やめてよ、恥ずかしい」
「ふふふ」
こうして、謎の宇宙人娘シャノワの大冒険の幕が上がるのだった。
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翌日、シャノワにおつかいを頼んだところ、やる気満々で引き受けてくれた。
この子、シャノワは結構プライドが高く、たとえ難しそうでもまず挑戦する性格で、決してやりもせずに「嫌だ」とは言わないのだ(戦闘以外では)。
私はシャノワが家を出たのを確認し、後ろからこっそり後をつけた。
おつかい内容は至ってシンプル。近所のスーパーで牛乳と食パン、ティッシュの3点を買うだけだ。
「いつ何をしでかすかわかんないわね……」
横断歩道の信号が赤になり、シャノワは足を止めた。
ぶつぶつと独り言を呟いているようだが、遠くからでは聞こえない。
「エラリー、シャノワに持たせたスマホで音拾えない?」
「やってみます」
シャノワが首から下げている子ども用スマホを強制的に通話状態にし、独り言の内容を盗み聞きした。
「牛乳、食パン、ティッシュ。牛乳、食パン、ティッシュ」
あの子もしかして、買うもの忘れないように何度も口にしてるの?
え、あ、なんか、可愛いじゃん。
「エラリー、いまの録音しといて」
そんなこんなでスーパーに到着し、シャノワは買い物カゴに牛乳をぶち込んだ。
続けてパンコーナーに行ったのだが、
「なに立ち止まってるの?」
シャノワは食パンではなく、メロンパンをじーっと見つめて動かなくなった。
好きなのか、メロンパン。
でもそれ買ったら食パンを買うお金がなくなってしまう。
耐えろ。耐えるのよシャノワ。あとでいくらでも買ってあげるから、いまだけは!
シャノワの手がメロンパンへ伸びた。
「食べたい……」
あぁ! ダメダメダメシャノワ!
やはりシャノワにおつかいはまだ早かったのか。
どうする。出ていって注意するか。うーんでもでも、尾行してたと知ったら不機嫌になるだろうなあ。
小さな指先がメロンパンに触れる寸前、シャノワは手を引っ込めた。
「ねりと晴子がガッカリしちゃう」
シャノワは食パンをカゴに入れると、パンコーナーから立ち去った。
うおおおおおおお!!!! シャノワアアアア!!!!
なんてお利口さんなんでしょう、うちのシャノワは。
頭撫でてあげたくなってきた。
この胸に広がる暖かい気持ち、これって母性?
あとはティッシュを買うだけである。
もう大丈夫だろう。シャノワはデキる子だ。もうこのおつかいは大成功したようなもんである。
などと安心したそのとき、
「てめーやんのかオラァ!」
シャノワの側で、強面の男が店員に怒り出した。
「で、ですから、他のお客様の迷惑になりますので、店内での喫煙はご遠慮いただきたく」
「俺が俺の金で買ったタバコなんだからよお、どこで吸おうが勝手だろうがよ」
うーわ。このご時世にこんな非常識なやついるんだ。
店の中でタバコって、並のヘビースモーカーでもやらないわよ。
いつの時代の価値観で生きてんだか。もはや化石レベルで珍しいわね。
するとシャノワは、強面男の裾を引っ張った。
ちょ! そんなのに絡まなくていいんだって!
「なんだあ? チビ助」
「タバコはマナーを守って吸わないといけないって、テレビで言ってた」
行動も言動も正しい。正しいけど、ここは店員さんに任せていいのに。
強面男は眉を寄せると、シャノワを突き飛ばした。
「黙ってろ」
あの野郎ぶち殺す!!!!
大事な妹に手を出され、私は怒りのままに飛び出してしまった。
「私の可愛い妹になにしてくれてんのよ!!」
私が姿を現すと、シャノワは一瞬驚き、ムスッと顔をしかめた。
「シャノワ、信用されてない」
「ち、違うのよシャノワ! たまたま私も用があっただけで……ってそんなことよりお前!」
ビシッと強面男を指差した。
「ただで済むと思わないでよね。警察に来てもらうから!」
と言いつつ、実はとっくにエラリーが通報してくれている。
あとはその間、こいつを逃さないようにするだけだ。
すると男は舌打ちをして、立ち去ろうと踵を返した。
「あ! 逃げるな!!」
追いかけようとした瞬間、
「ちょうどいい機会だ。お前で試そう」
氷のように冷たい眼差しをした少女の悪霊が、現れた。
美しく長い髪をたなびかせ、禍々しい邪気を纏いながら、男の前に立つ。
「紅蓮菜? なんでここに」
悪霊を連れてきたのか。とりあえずメガネに晴子姉さんの魔力を流してみたが、こいつ以外に悪霊はいない。
「お前の悪党っぷり、気に入った!」
紅蓮菜が強面男の胸に手をかざす。
そのまま拳を握り、引っ張るような動作をすると、男から光る玉が抜け出した。
「お前の魂、私が染めてやる!」
紅蓮菜が玉に邪気を送ると、次第に形を変え、怖い顔をした悪霊へと変化した。
「悪霊になった!?」
男はプツンと意識を失い、その場に倒れてしまう。
周りにいた人々は悲鳴を上げ、一斉に逃げ出していく。
変身するならいまがチャンス!
私はササッとお手伝いロボットたちを呼び出し、ロリティングスーツを着て、ロリに変身した。
「紅蓮菜、あんたいったいなにを!」
「なんだ、いたのか。ふははは、さっそく実験開始だ!」




