第17話 亜夢二亜ちゃんと高床式倉庫 Aパート
高校生活において、学校中の注目を浴びる機会が定期的に訪れる。
全生徒全職員が、私の頭脳を頼り、期待し、尊敬するのだ。
ある者は「ねえ豊田さん! この問題どう解けばいいの?」と聞き。
ある者は「おい豊田。問題作るのこっそり手伝ってくれないか?」と職務を放棄する。
そして、私の幼馴染もまたーー。
「ねり〜、これ文法あってるよね?」
「うん。大丈夫だよ凛」
「高2になって英語の先生変わったのマジありえんくない? あの人のテスト、ハーバード並にムズいらしいよ」
「じゃあ余裕じゃん」
放課後、私は多目的室で凛とテスト勉強をしていた。
英語や数学、科学等はノー勉でも学年1位になれるが、国語やら歴史など、専門外の分野はきちんと勉強しておかないと厳しいのである。
なにせ私は世界を股にかける天才科学者。仕事で学校を休む日が多いので、授業中に覚えるというのができないのだ。
ふと、窓から外を眺めてみた。
多目的室は4階にあるため、街を一望できる。
あの決戦から2週間が経った。
私の財力のおかげで街はある程度復興し、少しずつではあるが元の平和を取り戻しつつある。
それでもまだ崩れた建物は残っていて、被害の大きさを物語っている。
なぜ街がこんな目に遭わなくてはいけなかったのか。亜夢二亜曰く、すべてはオロチなんて悪霊を復活させるためらしいが、そんなことで街を傷つけるのは許せない。
「あ、ねり。あの子……」
声に反応して振り向くと、教室の扉の隙間から、小さい金髪の少女がこちらを見ていた。
石田亜夢二亜。かつてアムーニアとして悪霊を使役し、人々に悪さをしていた魔法少女だ。
「ねりのこと見てるよ」
「まったく……。亜夢二亜、勉強教えてほしいなら素直に言いなさいよ」
亜夢二亜は視線を落とし、ぎこちなく扉を開けて入ってきた。
「でも……邪魔しちゃ悪いし……」
「勉強苦手なんでしょ?」
「うん……次赤点取ると、やばい」
私が凛に目配せすると、凛は頷いた。
「いいよ〜。3人でやろうよ」
亜夢二亜は錆びついたロボットのようなカクカクした動きで歩いてきて、席についた。
この亜夢二亜という女、悪かった時期は高飛車で傲慢だったのに、いまでは人が変わったかのように大人しく、コミュ障の陰キャになっている。
というか、これが彼女の素なわけだ。
「石田さん最近よく学校くるよね。いつからねりと仲良いの?」
「へ? あ、あの……」
「亜夢二亜は晴子姉さんの元教え子なのよ。その繋がりでね」
仲間になってからというもの、亜夢二亜はちょくちょく私に絡むようになった。
自分を認めてくれた特別な存在。だかららしい。
「で、あんたは何がわかんないの? 私が教えるんだから安心しなさい」
「えっと……ぜんぶ」
「……ん〜、じゃあまず数学から。関数はわかるわよね?」
「かんすう?」
「X=ってさ」
「え? 英語でてくるの? 数学なのに?」
「……あの、じゃあ、2桁の掛け算できる?」
「4の段までならできるんだけど」
こいつどうやって高校入学したのよ。この学校それなりに偏差値高いはずなんだけど。
クソ、まさか亜夢二亜がここまで無学だったとは。
テスト本番まであと1週間、小学校低学年レベルの学力を高2レベルまで引き上げるには短すぎる。しかもこの様子じゃあ、苦手なのは数学だけではないだろう。
亜夢二亜は私が困惑したのを察し、申し訳無さそうに目を伏せた。
「うぅ、やっぱり私は人に迷惑をかけるんだ……」
イラっ。いつだれが迷惑を被ったって?
まさかこんなんで私があんたを嫌うとか不安がってんじゃないでしょうね。
舐めんじゃないわよ。私は史上最高の頭脳を持った大天才。プライドにかけても諦めたりはしない。
「顔を上げなさい亜夢二亜! あんたを追試から救ってやるわ。この私、豊田ねりが!!」
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勉強、すなわち学習とは、挑むものではなく習慣化するものである。
赤ちゃんが大きくなって布団の仕舞えるようになったり、家事のお手伝いするようになったり、流行を追うようになったり、好きな曲を覚えたり。それらと同じように文法や漢字、方程式を「思い出すもの」ではなく「当たり前のもの」とするのだ。
「be動詞はこれで理解できた?」
「う、うん」
「じゃあこれからあんたのスマホに簡単な英語の絵本を送るから、毎日読んで翻訳して」
「え、家でも勉強するの!?」
「……あ?」
「なんでもないです。やります」
「私は厳しいわよ。街の平和を守ってるほうがマシってくらいにね」
それからというもの、私は亜夢二亜の専属教育係として付きっきりで勉強を教えた。
学校では私が、自宅ではあいつのスマホにインストールしたエラリーが、代わりばんこに亜夢二亜を立派な高校2年生へと育てていた。
亜夢二亜の学力は、格段に上昇した。
しかし、不安がないレベルではない。
「ねえ、ねり」
お昼休みのとき、凛が訪ねてきた。
「なに?」
「ねりって石田さんのこと特別視してるよね。なんで? 2人だけの秘密でもあるの?」
「え、ないよ。別にそんな」
一緒に悪霊退治してます。なんて言えるわけがない。
信じてもらえないだろうし、大切な親友を巻き込みたくないから。
「ふーん」
「ふふっ、なに? 友達取られた気になってるの? ジェラシーじゃん」
「うん。だって幼い頃から一緒にいる親友をぽっと出のやつに取られたくないもん」
「お、おう」
「けど石田さんのことは友達だと思ってるし、仲良くしていきたいよ。でも、ねりの一番は私じゃなきゃ」
さらっと凄い告白をされてしまった。
と、噂をしていた亜夢二亜がコンビニ袋を片手に私たちの教室に来た。
私、亜夢二亜、凛。3人で昼食を取るのがいまでは当たり前になっている。
「きょ、今日も一緒に食べていい?」
「どうしたの石田さん。当たり前じゃん」
「あ、ありがとう。凛、ちゃん」
亜夢二亜はニヤニヤ笑いながらコンビニ袋から菓子パンを取り出した。
「どう亜夢二亜。勉強の調子は」
「大変。でも、頑張れそう。ねりが、私を見捨てずにいてくれるから」
孤独から開放されて、こいつも前向きになり始めているようだ。
その瞬間、亜夢二亜は何かを感じ取りハッと顔を上げた。
「ねり、出た!」
ちっ、悪霊が出やがったか。
私は凛と別れ、亜夢二亜と教室を出た。
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廊下を走りながら、亜夢二亜に問う。
彼女が仲間になって聞いた、悪の野望についてである。
「ねえ、ウーの目的、改めてもう一度教えてちょうだい」
「最凶最悪の悪霊、オロチを復活させることよ。そのためにウーや私は、いろいろ手を尽くしてきた。なんとなく手を貸してたけど、実際私も、復活したらどうなるのかまでは知らない」
「悪霊を操り人々を苦しめるのもその一環、だったわね」
「うん。強い悪霊をたくさん作ってマイナスなエネルギーを溜めるの。悪霊は、自分の望みが叶えば叶うほど邪気が増すから」
悪霊が悪さをすればするほど、オロチとやらを復活させるのに必要なエネルギーが溜まる。
先日の決戦の際にはオロチが目覚めかけていたらしい。
なんだかふんわりしてるいるけど、要は普段通り、悪霊が現れたらすぐに倒せばいいのである。
「じゃあ今日も張り切って悪霊退治しないとね!」
こうして今日も、私の悪霊退治がはじまるのだった。
第二章です!
応援よろしくお願いしまーす!!




