Bパート
シャノワは、飛来する隕石は魔力の塊だと言っていた。
故に地球に衝突した際にどのような被害が発生するのかを完全に予想するのは
難しい。
しかし、晴子姉さんが普段ビームで壁などを破壊できていることからするに、ただ悪霊だけが消滅するなんて、都合のいい結末にはならないだろう。
シャノワの仲間は悪霊に地球が支配される前に、善良な魂を宇宙に昇らせる(全人類皆殺し)を目的として隕石を送り込んだのなら、なおさらである。
さらに危険なのは隕石だけじゃない、街にはまだ大量の悪霊がいる。
「ね、ねり! ひとまず悪霊をどうにかしよう!」
「あんたの指示で止められないの?」
「さっき試したけど無理よ。私が裏切ったこと、紅蓮菜がウーに報告したんだ。悪霊たちはウーの命令で私に従っていたにすぎないから」
「……エラリー、隕石のしょーとつよそー時刻は?」
数秒して、エラリーが答えた。
「あと5分、ですかね。目を凝らせば肉眼で見えるはずです」
夜空を見上げてみると、たしかに小さな発光体が見えた。
小さい、といってもあくまで目測の話し。実際はかなりの大きさだろう。
ふと街を見下ろしてみると、悪霊たちは大人しくなって停止していた。
亜夢二亜の指示に従った、わけではない。隕石から放たれる魔力に苦しんでいるのだろう。
いまが全滅のチャンスにも思えるが、限られた時間は5分、いやもっと少ない。たった数分で街中の悪霊を倒すのは現実的ではない。
ならば。
「作戦があるわ」
「なんの?」
「隕石をしょーめつさせる作戦よ」
「え!? だって星だよ!? だいたい悪霊は倒せても、魔力の塊を消すってどうやるの?」
「……亜夢二亜、あんた気分は?」
「別に、疲れてもない」
先生と戦ったにも関わらず、か。
魔力隕石の接近により体力が回復している証拠である。
「いい? 方法は至ってシンプル。魔力隕石をこーせーする魔力をすべて吸い尽くすのよ。私があんたから魔力を奪う。あんたは隕石から魔力を貰って回復する。それを繰り返す」
「で、できるの? そんなこと?」
「やるのよ。私たちは小さな子供。無限のかのーせーを秘めてるんだから」
「そりゃあ私は小さいけど、一応高校生なんだけど……」
亜夢二亜から供給された魔力は、スーツから外部に拡散させる。放出が間に合わなければスーツ内に収めるしかない。
亜夢二亜もただ奪われるだけでなく、力みながら大声上げて無駄に体力(魔力)を消費させる。
これで地球に飛来する隕石を、消し去ってやるのだ。
「いくわよ亜夢二亜!」
「う、うん!」
見守っていてね、晴子姉さん。
私の合図と共に、私たちは魔力を消費しはじめた。
最初はとくに変化はなかったが、2分が過ぎた頃、異変が起こる。
「うっ!」
「亜夢二亜?」
「体が熱い、吐きそう!」
星から送られる魔力量が増えているんだ。
亜夢二亜をリタイアさせるわけにはいかない。
「エラリー、もっと魔力をほーしゅつして!」
「してます! 限界まで! スーツ内も溢れてるんです!」
「じゃあ私の体に入れるのよ!」
魔力はアメーバ状の物質。悪霊のエネルギーが鉄一郎先生の肉体を蝕んだように、魔力を私の体に溶け込ませることだってできるはず!
「しかし! 下手したら鉄一郎様のように!!」
「いいから!」
瞬間、血が氷のように冷えたかと思えば、一気に温度が上昇していった。
筋肉が痙攣し、心臓がバクバクと異常な速度で鼓動して、胸も苦しい。
「くっ」
頭が痛い。脳みそで生物が暴れているような感覚になる。
耐えなくちゃ、耐えて耐えてみんなを守るんだ!
「ねり、ま、まだ?」
「亜夢二亜、もっと気合入れて!」
エラリーが叫んだ。
「危険ですねり! ロリティングスーツが許容できずに爆発する恐れがあります!」
「だったら!」
暑苦しいヘルメットを脱ぎ捨て、HLスカートを最大出力にして上昇していく。
隕石は高度500kmあたりにまで迫っていた。魔力の塊で重さは限りなく軽いから、降下速度は遅いようである。
それでもあと地表衝突まで1分もないだろう。
その前に私ごと隕石に突っ込んで、自爆してやる!!
「ちきゅーの天才を舐めるな!」
死ぬのは怖い。やり残したことだって数え切れないくらいある。
それでも躊躇など絶対にしない。消えてしまった晴子姉さんのためにも。
シャノワや凛、まぐろのぶつ、大切なみんなのためにも!
その瞬間、何者かが私の肩を引いた。
亜夢二亜か。咄嗟に振り返るとそこには、
「え……」
水色の長い髪にふりふりのドレスを着た大人が、そこにいた。
大きな胸と白い太もも。
そして私が一番大好きな、優しい笑顔。
紛れもなく、その人は……。
「ねーさん。な、なんで」
「気づいたらね、ここからねりを見ていたの」
そう言って、姉さんはスーツの胸パーツを指でトンと叩いた。
「まさか」
収容部を開けてみると、晴子姉さんの抜け毛が消えていた。
まさか、隕石から吸い取った尋常じゃない量の魔力が、抜け毛に残っていた微量の晴子姉さんの魔力を活性化させ、そこから晴子姉さんが再生したの?
「うそ……ねーさん……」
「ふふ、ただいま」
地球がどうにかなろうって時に、一分一秒も無駄にできないのに、頭が真っ白になってしまう。
力が抜けて、張り詰めていた緊張が、溶けていく。
「ねり、大変だったわね」
あぁやばい、そんな優しい言葉を投げかけられたら、気が緩んで泣いてしまう。
「晴子……ねーさ」
「晴子先生!」
亜夢二亜が大号泣しながら晴子姉さんの胸に飛び込みやがった。
おい、最初に抱きつくのは私でしょ常識的に考えて!!
「ごめんなさい晴子先生、私、間違ってた……」
「いいのよ。亜夢二亜ちゃんが良い子に戻って嬉しいわ」
晴子姉さんは亜夢二亜の頭を撫でたあと、魔力隕石を見上げた。
「いい2人とも。魔力は水とは違うの。優しく包み込めば、いくらでも体に宿る。愛と同じなのよ。魔法のプロが言うんだから間違いない」
晴子姉さんはおかしそうに笑って、私と亜夢二亜の手を握った。
愛だの優しく包み込めばだの、非科学的な考え方。
実に晴子姉さんらしい。
「ねーさん……」
「よ〜し! 頑張りましょう! ねり、亜夢二亜ちゃん!!」
「うん!」
魔力吸収を再開した。
熱くて、苦しい。でも、怖くない。
晴子姉さんが側にいると不可能はないって思えてくるから。
すると、亜夢二亜の髪が、ドレスが、水色に変色した。
まるで小さな晴子姉さんのよう。
「は、晴子先生、これは」
「魔法使いになれたのよ。きっと」
精神が認められたのか、魔力が十二分に満ちたからか。
亜夢二亜自身深く考えていないようだけど、とても嬉しそうに笑った。
でも色が変わったのは亜夢二亜だけじゃない。
晴子姉さんの髪とドレスもまた、桃色に染まっていく。
同時に眩い桃色の光が広がる。温かな、太陽のよう。
魔力星に視線を戻すと、一回り小さくなっているのに気づいた。
すごいな。晴子姉さんが加わった途端に、魔力星が萎みだしている。
「晴子ねーさん、亜夢二亜、もう一踏ん張り!」
さらに強く、強く魔力を取り込んでいく。
次第に魔力星は球体から竜巻のような形になり、細いスクリューは私たちに向けられた。
「なああああ!!」
身体に力が満ちる。
勇気が溢れる。
結局私と亜夢二亜は晴子姉さんに助けられてしまった。それでも、少しは近付けたと思う。
憧れの大人に。
ーー隕石は消滅した。
Cパートに続きます。




