Bパート
エラリーです。
ねりが大復活して嬉しい限りです。
ですが状況は未だ劣勢。人工知能たる私としては、先程からなんど計算しても生存確率0%になる事実にCPUが痛くなっちゃいます。
「まぐろのぶつ様、私たちはこのまま」
「あぁ、お前はミドルマスターと、俺のサポートを頼む。大変だが」
「問題ありません」
「よし、ミドルマスターの代わりに、俺が悪霊ども駆逐してやるぜ」
1匹のチワワが闇を駆けます。
みなさん、どうかご無事で。
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亜夢二亜は古びた工場で震えていた。
こんなふうになるなんて、想像もしていなかった。
悪霊の力でみんなを痛めつけて、誰も自分に逆らわない世界を作る。それが目的だったのに、世界そのものが終わろうとしている。
ウーや紅蓮菜はなにをしているのだろう。高みの見物でもしているのか。
「私は、ただ単に人を不幸にすることもできないの……」
それならそれでもいい。全部終わるなら、憎らしい過去も、歯がゆい現在も、恐ろしい未来も、消える。
心中のようなものである。
「……ん?」
犬の鳴き声が聞こえた。外からだ。
様子を見に行くと、変なヘルメットを被った小犬が、3体の悪霊に囲まれてリンチされていた。
「え、なんで!?」
どうして犬を襲っているのか? あの犬は悪霊が見えているのか?
わからない、でも確かなのは、なにも犬まで攻撃しなくてもいいじゃないかという本心。
「ちょ、あんた達、やめなさい!」
命令は効かなかった。理由を述べるなら、強化されたが故の暴走である。
「なんで……」
「そりゃあお前が人間だからだろう」
紅蓮菜が降りてきた。
「紅蓮菜?」
「お前は私たち悪霊とは違う。悪霊たちはあくまで、『亜夢二亜に従え』とウーから下知されているに過ぎない。お前への忠誠心など、もとより低い」
「そんな……」
「行くぞ。ここは危険だ。私はお前を気に入っている」
「……うん」
踵を返した瞬間、再度の犬の悲鳴が聞こえた。
小さくか弱い小動物がいじめられている様は、まるで昔の自分を見ているかのようであった。
辛かった、痛かった。でも、人を憎み切ることはできなかった。
強い人がいれば弱い人がいる。悲しんでいる人がいる。苦しんでいる人がいる。そんな人は放っておけないし、力になりたい。
いや、なりたかった。
誰にでも優しく、簡単に手を差し伸べられる勇気を持つ、晴子先生のような人に。
「私は……」
ねりの存在が脳裏に浮かび上がる。
すべてが正反対だと思っていた。失敗とは無縁で、誰からも好かれ、目的を成す力がある人物だと。
だが、彼女だって絶望する。無力な一面もある。
それなのに、あいつは……。
「くそっ」
羨ましい。ずるい。
だけど自分には無理なのだ。勇気も力も知恵もない。誰も救えない。感謝されない。
いつもそうだった。昔からそうだった。
誰かのために行動する度に失敗して、笑われて、嫌われて、怒られてきたのだ。
「行くぞ、亜夢二亜!」
だけど、だけど!
「私だって、私だって本当は!」
悪霊が犬にとどめを刺そうとしていた。
「本当は晴子先生になりたかったのよ!!」
出現させた棒が光弾を放った。
「うああああああ!!」
何発も何発も、亜夢二亜はがむしゃらに光弾を発射した。
忌まわしい記憶を消し去るように。臆病な自分を奮い立たせるように。
「亜夢二亜!」
紅蓮菜に呼ばれ、亜夢二亜はハッと我に返った。
「え?」
悪霊たちは、消滅していた。
「た、倒した? 私が……」
よろけながら立ち上がる犬に駆けつける。
傷だらけで、あちこちから血が出ていた。
犬は器用にヘルメットを脱ぐと、亜夢二亜の頬を、まるで感謝するかのように舐めだした。
「亜夢二亜キサマ! どういうつもりだ!」
「ちがっ、私は!」
「ならば行くぞ。無礼な下僕を処罰した、という風にしたいのならな」
「……」
犬は自分の力でヘルメットを被り、消えていった。
なんでいまになって、何かを守れてしまったのか。
どうしていまさら救えてしまったのか。
これじゃあまるで、まだやり直せるみたいじゃないか。
「そうじゃない」
こんなのは偶然、今度は上手くいかないに決まっている。
希望を持つな。また痛い目を見る。
そう何度も自分に言い聞かせるが、湧き上がる感情が全身を駆け巡って止まらない。
あの犬を守ることができて、嬉しい。
「違う……でも……」
残酷な期待が亜夢二亜の胸をぐちゃぐちゃにする。
「亜夢二亜!」
「私は……」
ねりが言っていた。もうじき星が落ちてくると。
すべてが終わる。滅ぶ。
だったら、もう一度失敗したって、同じ。
「ごめん紅蓮菜。私、最後にもう1回だけ悪あがきしてみたい!」
「お前……」
殺意が芽生えた紅蓮菜だったが、手を出せなかった。
本人にもその理由がわからない。
「ごめん!」
亜夢二亜は走り出した。豊田ねりに会うために。
場所はわからない。なにを言えばいいのかもわからない。正直、気持ちの整理だってできていない。
でも、会いたいのだ。
アムーニアではなく、魔法少女石田亜夢二亜として。




