第15話 目覚めろ、亜夢二亜!! Aパート
1時間が経過した。
悪霊はまだ人々を襲い、怪獣と化した鉄一郎先生は街を破壊し続け、魔力隕石も地球へ向かっている。
私はといえば、ただ家でなにもせず、なにも思考せず、晴子姉さんが普段愛用しているスーツを抱きしめて、ソファに蹲っている。
隣でシャノワが泣いている。必死に声を押し殺して、何度も涙を拭っていた。
強い子だ。
「ねり、ごめん。シャノワ、なにもできなかった」
なにもできなかったのは私の方だ。
そのうえこんな小さい子に罪悪感を抱かせてしまうなんて、情けない。
エラリーの声が部屋に響いた。
「ねり。あの、これからどうしましょう……」
どうもしない。したくない。
私は晴子姉さんを守るために戦ってきた。なのに守るどころか、足を引っ張ることしかできなかった。
大切な人を失ったいま、口先だけの女になにができるのか。
「エラリーも、もうおやすみ」
「ねり……」
遠くで鉄一郎先生の雄叫びが聞こえた。きっとまた建物が破壊され、子供たちの生気が吸われたのだろう。
人々は混乱と恐怖に正気を失い、蜘蛛の糸にすがるようにわずかな希望を求めて避難をはじめている。
自衛隊でも動けば、鉄一郎先生は抑えられるに違いない。そうなった場合十中八九鉄一郎先生は死ぬだろうが。
仮に先生を処理できたところで、常人には視認できない悪霊や、魔力隕石は、止まらない。
「晴子姉さん……」
ふと、テーブルの上に置かれた週刊誌が目に入った。
ページをめくれば、悪霊と戦う私と晴子姉さんの写真が載っていた。遠くから撮影されたもので顔はハッキリ映っていないけど、その美しく勇ましい姿は間違いなく晴子姉さんである。
たしかこの写真が撮られたのは、晴子姉さんがお見合いをほっぽりだして来た日だったはず。
いつだって晴子姉さんは、自分より他人を優先している。
そしていつだって、諦めない。
いくら私が頭のいい女でも、精神面では絶対に敵わない。
「あぁ、だから晴子姉さんを好きだったんだ……」
一緒にいるうちに忘れていた感情。憧れ。
私は、晴子姉さんになりたかったんだ。
もし私が晴子姉さんだったら、こんなときどうするんだろう。
決まってる。最後まで、いや最後にならないよう、戦い続けるのだ。
1人でも困っている人がいる限り。
「だけど……」
私は、晴子姉さんを守れなかった。
でもせめて、どうせすべて無に帰すとしても、晴子姉さんの意志は守り抜きたい。
何を躊躇っているんだ、そのための力を私は持っているじゃないか。
未熟で小さくても、可能性に満ちた存在になれる力が。
「シャノワ、行ってくる」
「ねり? でも、晴子がいないと……」
「大丈夫。私は豊田ねりよ? 1000万年に1人の逸材。レオナルド・ダ・ヴィンチとトーマス・エジソンの子孫にして、最初に火を起こす方法を確立した原始人の生まれ変わり、豊田ねり・E・ダ・ヴィンチなんだから」
シャノワのそっとキスをして、頭を撫でてあげた。
「待ってて、みんなを助けてくる。晴子姉さんのように」
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晴子姉さんがいなければ悪霊と戦うことはできない。
一応、シャノワからも魔力をもらうことはできるけど、あの子の体を構成する魔力は晴子姉さんが纏っている量より遥かに劣る。
おそらく、インパクトハンドガンで数発弾を撃てばシャノワの肉体は損失するだろう。
つまり現在、残念ながら悪霊と戦うことは不可能。
しかし、鉄一郎先生なら、生きた悪霊であり肉体のある先生ならば、物理攻撃が通用する。
「エラリー、どう?」
「お手伝いロボット、全機配置完了です」
私はロリティングスーツを着て、とある後年から遠方にいる鉄一郎先生を眺めていた。
スーツに魔力が流れていなくとも、念のためにロリ化で身体能力を強化しておいているのだ。
先生は現在、体を休めるように活動を停止している。
作戦はこうだ。街中に配置したお手伝いロボットで先生を囲み、特殊音波と麻痺性の毒を散布するミサイルを発射。怪獣となった先生を無力化し、国に連行される前に私のプライベート無人島に運ぶ。
悪霊と隕石については……作戦中に考える。
「ねり、この公園のトイレに生体反応があります。避難しそこねた子供でしょうか」
「しょうがない、どっかに連れて行くかね」
トイレに近づくと、思わぬ人物がそこにいた。
涙で目を真っ赤に腫らした、亜夢二亜であった。
「亜夢二亜……」
「と、豊田ねり……」
「あんた、ここでなにしてんのよ」
「そっちこそ……」
亜夢二亜は私の姿をまじまじと見るなり、驚いてみせた。
「まだ戦うっていうの?」
「もちろん」
「1人どうにかできる量じゃないわよ、悪霊の数は。いい加減諦めなさいよ!」
「ふん、いまの私に悪霊を倒す力はないわ。晴子ねーさんがいないからね」
「え? え? じゃあなんで? なんで諦めないのよ! 晴子先生はもういないのよ!」
晴子先生、か。
亜夢二亜のやつ、表面上は晴子姉さんを毛嫌いしていても、内心では恩師を愛していたのか。
目の腫れは姉さんがいなくなったせい。
「あんたも避難しなさい。しても無駄かもしれないけど。……星が降ってくるわ」
「星?」
「魔力星からね。どの程度の被害が出るか知らないけど」
亜夢二亜は「そんな」と震えだし、膝をついた。
「じゃあなにしたって無駄じゃない!」
「……あんた、私には自分の気持ちはわからないって言ってたけど、あんたも私の気持ちがわからないんじゃない」
「はあ?」
「失敗したくらいで諦めるようじゃ、科学者なんてやってられないのよ。たとえ何度失敗しても、無駄かもしれなくても、落ち込んでも、才能に不安を覚えても、やるしかない」
晴子姉さんへの憧れが、私に情熱を取り戻させてくれた。
無意識に諦めていた理想を、思い出させてくれたのだ。
「もしあんたも、諦めちゃった理想を掘り起こして火を付けるなら、私が手を貸す」
「な、なに言ってんのよ……。私が嫌いじゃないの? だって晴子先生は、私が……」
「嫌いに決まってるでしょ。だって敵だもん。あんたはさんざん悪いことしてきたし。でも仲良しじゃなきゃ仲間になっちゃいけないなんて法律はないわ。とくに、こんな状況じゃあね」
「わ、私は……」
亜夢二亜は、私の手を恐れるように、逃げ去った。
さすがに、他人の言葉で心の奥底の傷を癒せるほど甘くはないか。
「ねり、そろそろ作戦開始しましょう」
「うん」




