第8話 鉄一郎先生の正体 Aパート
高層ビルの屋上。大きな満月を背に、ロリティングスーツを着た私は街を見下ろしていた。
人口の光が星々よりも燦々と煌めいている美しい夜景。その片隅で、
「いた、悪霊!」
塾帰りの子供を襲う悪霊どもへ、力強く跳躍した。
降下の最中、飛んできた晴子姉さんと合流し、悪霊を倒していく。
そこには黒い仮面をつけた少女もいた。
「来たわね邪魔者!」
「アムーニア! あんた、なんで毎回人を襲うの!!」
「へ、教えてやるもんですか! いけ! 悪霊たち!!」
晴子姉さんと共に今日も悪霊退治をする。
すっかり当たり前になってしまった。
だが今夜、そんな日常に変化が訪れた。
「ちっ、覚えてなさい!」
悪霊が全滅し、アムーニアが撤退すると、晴子姉さんは電信柱の影で腰を抜かしている成人男性を発見した。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。あれはいったい……」
悪霊が見えていたのか。まあ、そこまで珍しい話でもない。
いわゆる霊感が強い人は、ぼんやりと悪霊を視認できるらしい。
私は霊感がないらしいけどね!!!!
お手伝いアームロボットたちにロリティングスーツを脱がせながら、男性に近づいていく。ずっとアーマーを着ているのは暑苦しくて嫌なのだ。
監視カメラもない、相手は混乱している。こんな状況ならどうせ正体を見られたって問題はないだろう。
しかしこのうっかりが、前代未聞の油断が私の人生を更に狂わせることになるとは、このときはまだ知らなかった。
「え、鉄一郎先生……」
「君は、豊田ねり!」
な、なんで先生がここに!? 決まってる、偶然子どもたちと一緒に悪霊に襲われたからだ。
やばい、やばすぎる。まさか知り合いに見られるなんて!!
いや、いやいや、鉄一郎先生は真面目で生徒思いな高校教師、きっと事情を話せばうまく丸め込めるはず。
「さっき戦ってた幼女は、君だったのか?」
「うっ……」
晴子姉さんが耳打ちしてきた。
「ねり、お知り合い?」
「学校の先生」
「なかなかイケメンね。それにあのスーツ、靴や腕時計、結構なブランド品。お金持ちと見たわ!」
「なに品定めしてんの! 晴子姉さんの婚活よりいまは正体バレちゃった方が重要だよ!」
と、鉄一郎先生は離れて見守っていたシャノワのに気づいた。
「君も、仲間なの?」
コクリとシャノワが頷く。
「そうなんだ……」
それから鉄一郎先生は長考しだし、すっかり黙り込んでしまった。
なんだ、なにを考えている。誰かに言うつもりか? いくら渡せば黙っていてくれる?
すると、鉄一郎先生は決意に満ちた眼差しで晴子姉さんを見つめた。
「協力させてください」
「……え?」
「こんな小さな子たちが戦ってるのに、黙ってみているだけなんてできません!!」
おいおい、なにを言いだすんだこいつ。
イケメンだからってなんでも意見が通ると思ったら大間違いなのよ。
でもこの熱意に感動しちゃった32歳がいるんですよ。
「鉄一郎さん、同じ教育者として街を守りましょう!」
おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。
まずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょまずいでしょ。
男が介入するのはまずいでしょ!!
絶対ロクなことにならない。絶対に!!
命かけたっていいね。どんな組織でも1人異性が入ったら保たれていた平穏が崩れるって物理的な法則があるんだから(サークラの法則)。
「晴子姉さん、本気? 確かに鉄一郎先生は口が堅そうだけどさ」
「だけど善意を無下にはできないわ。そういう気持ちはくすぶると暴走しちゃうし。なにもできなくても、仲間であると思わせておけば勝手な行動を起こされなくて済むかもしれない」
「う、うーん」
意外と大人な意見。
まあそれなら、いいんですけど……。
鉄一郎先生はシャノワに優しく微笑んでいた。
良い人、であるのは間違いないだろうけどさ。
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それから鉄一郎先生は家政夫のように我が家に来ては洗濯以外の家事をしてくれるようになった。
ロボットでは落としきれない頑固な汚れも洗い落としたり、お買い物を済ませてくれたり、結構助かっている(料理もうまい)。
だけど、なーんか妙なのだ。
洗った覚えのないシャツが干してあったり、戦闘中私のことをジロジロみたり。
本当にあの人は、ただ善意で協力してくれているのだろうか?




