少女と縁談
「遅いわよ、リリィ。どこ行ってたの」
「……森」
家の裏手で赤いずきんと革鎧を袋に仕舞い井戸の水で血を流し何時ものチロルドレスを着て家の中に仏頂面で入る。
家の中ではお母さんが不満そうに布を縫い帽子を作っていた。お母さんはこの帽子を商人に売って多少の賃金を得ている。
「森!?いい加減にしなさい。森は危険な場所よ。女は夫に嫁ぎ家で家事をする。それが一番幸せな生き方なのよ」
「……はーい」
お母さんの言葉を右から左に流しながら布を持ち針で糸を縫っていく。
お母さんは考え方は夫が外で稼ぎ、妻は家の切り盛りをすると言うもの。それはお母さんの生き方であって私の生き方ではない。
「もう……!毎日毎日、森にいって狩りをしてきて……!リリィ、村で何て言われてると思う!?異常者よ異常者!」
「……それは周りの価値観でしょ。私の価値観ではないわ」
困った事に、この価値観はこの国では多数派。外に出て働く女は少ない。多数派の多いこの村で普通に産まれた女はみんなこの価値観に縛られる事になる。
けれど、私はそれ以上に童話『赤ずきん』の結末を知っていた。その結末を変えるために猟師さんや商人さんに色々な事を教えて貰っているうちに気がついた。
この価値観は恐ろしく下らない、と。
何故女だからと男に庇護されなければならない。
何故女だからと積極的に動いてはいけない。
何故女だからと男に媚びなければいけない。
お母さんは気づいていないけど、殆んど家に帰って来てないお父さんは向こうで女を作っている事を私は知っている。
男は自由に生きれるのに、女は家に縛られる。……そんなの、下らないでしょ。
「私は貴女をそんな子に育てた覚えはないわ!あのイカれたジョージと会わせたのが間違いだったわ!」
ヒステリックに叫ぶお母さんを無視しながら黙々と布を縫い鋏で切り服を作っていく。
猟師はこの村の嫌われもの。その理由は普通の猟師たちが狩らない魔物も狩れるから。つまり、優秀だから嫌われてるのだ。
だからこそ、異常なまでに力を求めた私に狩りの技術を教えてくれたのだと思うけど。
「……出来たよ」
「えっ!?あ、うん……本当に上手いわね」
「……ありがとう」
服を作り終えるとお母さんに褒められ頭を撫でられるが心の気分は晴れない。
お母さんの褒め言葉は上部だけ。声音、目、勘を聞いて感じ取って見れば大体の感情は読める。この人は私に狼さんのような心の底からの褒め言葉を言うことはない。
「失礼するよ」
「はい、どう―――まあまあ!クリストフさん」
「お久しぶりです、ミューゼさん」
扉をノックして入ってきた壮年の紳士とお母さんは握手を交わしハグをする。
ハグはこの国では挨拶だけど……この人は誰?紅茶の良い匂いからしてとてもいい人だとは思うけど。……袖にナイフを隠していて良かった。いざとなれば……脅せる。
「リリィ、挨拶しなさい!」
「……初めまして、クリストフさん」
「こちらこそ初めましてリリィ嬢。良い子のようですねミューゼさん」
「はい、それは勿論!」
チロルドレスの裾を持って礼をするとクリストフさんも紳士帽を取って礼をして来る。
……お母さんに教わった目上の人に行う礼をしたけど、この人はとても目上の人なのかな。
「私はクリストフ・エンディー。ここら辺一帯を治めるエンディー辺境伯の当主です」
「……そのエンディーさんが何故、この家に?お母さんと知り合いのようですが」
「ミューゼさんは元は私の使用人でして。その伝で今の夫と結婚したのです」
その結婚もお父さんが向こうで愛人を作っているけどね。
「そして私がここに来たのは……リリィさんの縁談のためです」
「……縁談」
……この人の匂いが変わった。紅茶の匂いから……腐った果実のような吐く程に甘く匂いに。
「入ってきなさい」
「失礼します」
紳士さんが手を叩くと家の外に止まっていた馬車から同い年くらいの美丈夫の青年が家に入ってきた。
……歳から考えてこの人の息子と言ったところか。匂いは……薔薇の香りの香水で隠しているけどうっすらと血の匂いがする。貴族様は狩りをしているらしいですが……これは人間の血の匂い。発生源は右手、頬から。今日鹿さんの肉を解剖をしたので判別は更にしやすい。
「紹介しましょう。この子は私の息子でシャイン・エンディーで普段はミラージェ魔法学園に通ってます」
「シャインです。お美しい方ですね」
「リリィです。そちらこそ」
シャインさんが礼をしたので答えるように礼をして手を交える。
シャインさんは端から見たらかなりの美形だからモテるだろう。
短めの金髪はきめ細かく、青い少し垂れた瞳はクリクリと大きく歳よりも少し幼く見える。身長は170センチから180センチの間と高身長。
身分、容姿ならその学園からでもモテるだろうし私よりも好条件の人物を探し出すことも可能。それなのに、何故私を選ぶ。
(……『青ひげ』?)
青ひげは私の『赤ずきん』と同じくペロー、グリム兄弟が原作の童話。その中に出てくる『青ひげ』は自分の妻を六回殺したサイコパスだった。その人と同じように、妻を殺す、若しくは拷問しようとする人……そう考えて良いと思う。
なら、迷いはない。
「縁談の話は」
「お断りします」
紳士さんが切りだそうとしたところで私は断る。
お母さんは何か言いたげだけどこれは私の将来にも関わる事柄。狩りとしては不出来だけど、殺気を向けておこう。
「ちょっ、一体何を」
「黙ってて」
「ッ!?」
私の殺気に当てられて腰を抜かすお母さんを流し見した後紳士さんの方を向き直す。
二人ともニコニコとしているけど、僅かに怒りの感情が籠ってる。自分達より身分が低い人間に断れれば当然と言えば当然ね。まあ、そんな事私には知ったこっちゃないけどね。
「おや、それはどうして」
「……シャインさん。貴方の右手と頬から血の臭いがしました。シャインが握手の際に差し出してきたのは右手。つまり右利き。頬の血は恐らく返り血でしょう」
「えっ……!?な、何でそれを」
「私は、この村の猟師さんに狩りの技術を学び、それを自分でました。僅かな臭いで相手を追跡する技術、挙動で次の行動を予測する技術、音や気配を完全に同化させる技術……それらを利用すればそう言った推理は可能なので」
そして、その反応は図星と言ったところでしょうか。
「見た感じ傷はない。それなのに血の臭いはする。……返り血なのでしょ。拷問か殺人かの」
「け、獣の臭いかもしれないだろ」
「生憎と、私はつい先程鹿さんを狩っていまして。血の臭いを判別は比べれば簡単ですよ」
「ッ!?」
「おおよそ、平民を上手く誑かして自分の屋敷に入れ秘密裏に拷問して弄んでいるのだろう?平民を使っているのは明確な後ろ楯がないから。更に貴族の権威があれば逆らうのは難しい。……残念でしたね。私は貴族だろうと区別しませんだって……」
裾からナイフを取り出して曲芸のようにナイフを回転させて持つ。
「―――血を流せば、殺せるもの」
目だけ笑ってない笑顔で言う私の雰囲気に当てられ紳士さんもシャインさんも圧倒されてしまう。
「……お引き取り下さい。そして、ふざけた事を抜かすのはもう二度と止めてくださいね」
「……帰るよ、シャイン」
「……分かりました、父上」
ナイフを袖に仕舞いながら穏便に言うと二人とも諦めたように家を出ていく。
さて……これで縁談話はご破算と言うことで。服作りを再開させますか。
◇
「バレてしまいましたね」
「まあ、問題はないから良いよ」
父上はのんびりと紅茶を飲みながら景色を見る。対面に座る僕は当たり前のように見る。
父上にとって平民は替えの利く道具程度でしかないでしょうから仕方ないと思う。……その拷問に加担している僕もそれ相応のクズなのだろうけど。
「それにしても……あのような方法で拒否されるとは予想外だったな。ミューゼさんの娘さんはかなり本当に異質な存在だった」
「ええ……」
まさか、自分の体に落としきれなかった血の臭いであそこまでの推理をするとは……まるで賢者の知恵を持った獣のようだった。
「……父上」
「どうした」
「今、申し込んでる婚約全て破棄してください」
「……それは、平民のか?」
「いいえ、貴族のも含めてです」
私の提案に父上は懐疑的な目で見てくる。
それはそうだ。平民たちのは問題ないけど貴族は本妻や妾のような役割だから。今後、重要になってくるものを破棄するのは正気の沙汰ではない。
「……正気か?」
「ええ、正気です。僕は―――あの人に心を奪われました」
愛らしく人形のように整った顔立ち。
美しいウェーブのかかった金色の髪に澄んだ碧眼。
小柄な体に似合わない大きめな胸。
透き通りながら強烈で苛烈に光輝く魔力。
それでいて貴族の僕らに臆さずに接する胆力。
一目見たときに心の大半を奪われ、僅かな会話を交わらせただけで心の全てを奪われた。
これが―――恋に落ちたと言うものでしょう。
「まったく……だが、平民との結婚自体は認められているか……除いてなら、認めて」
「ダメです。あの人を差し押さえて他の人を愛する?そんな事……出来るわけがないじゃないですか」
「……分かった。良いだろう。ただし、後悔はするなよ」
父上に何とか認めさせると窓から空を見上げる。
何としてでも―――貴女を落として見せますよ、リリィさん。