友達の狼さん
『……ほう。面白い事を言うな、小娘』
狼さんの体から放たれる濃密な魔力をそよ風に当たるような微笑で耐える。
腹がこねくり回されて気持ち悪い、胸が重さで苦しい、息が絶えそうになる。何て……何て強い魔力なの……!?
でも、耐える。耐えれない訳ではない。意思を強く持って必死に取り繕い笑顔で余裕であると見せつける。舐められてはいけない。絶対に舐められてはいけない!!
『ふむ……見栄に命を賭けるとは……何と豪胆な娘よ』
「っ!はぁ……はぁ……!」
魔力の放出を止めた狼さんの前で膝から落ちそうになるが何とか踏みとどまり胸を押さえながら息を切らす。
何て強い魔力なの……!?これが、本物の魔物……!
『して、娘。名前は何と言う』
「リリィ……リリィ・フレイレッド……」
『そうか、リリィか。く、くく……敵対すれば我でも勝つのは難しいか』
私は再び微笑を作り狼さんは後退りながら脂汗をかく。
確かに、今の状況だと殺す事は難しいけど……傷を受けてない状況なら何とかいけるか?いや、傷を受けていても死ぬことを代価に道連れにする事は可能……かな。
『我も死にたくはないしそなたも死にたくない。となれば、協定を結ぶしかない』
「その方がお互いの身のためだからね」
狼さんの差し出してくれた右前足も私の右手が交わり力強く握る。
へぇ、狼さんの肉球ってこんな感触がするんだ……戦っている時に触ったけどどんな感触がするのか何て考えれなかったな。
『くくく……やはりそなたは元の主とよく似ている』
「元の主?魔物に主なんているの?」
私と狼さんは木の影に座り込み狼さんの溢した言葉に首をかしげて質問すると狼さんは遠い目をして空を見つめる。
魔物は誰にも縛られない。その生き方に憧れを抱くことがあった。あったからこそ、縛られていた事にひどく動揺している……のかも。
『……そうか。場所やそこにいる人材によって伝わる知識に差違が出てくるか』
「えっと……そうなの?」
『まあ、そこは良い。単刀直入に言えば、出来る。我の元主は魔法の技を磨いておった。魔法の技術によっては我と契約する事が出来る』
そう言ってあくびをする狼さんの首元には赤い魔法陣のようなものが描かれている。
あれが……狼さんを縛り付けていた魔法なの……?
『名をリューク・フェンリライ。羊飼いの青年で何時も真面目に仕事をしており獲物を狩れず困っていた我を助けてくれた』
「へぇ……」
羊飼いに狼……まさか『羊飼いと狼』?
イソップ寓話の一つで退屈しのぎで嘘をついていた羊飼いの少年が本当の事を言っても周りから信用されず最終的に羊を狼に全て食べられてしまったと言う話。
描かれた教訓は『嘘をつき続けるとたまに本当の事を言っても信じて貰えなくなる』と言うこれまた単純な物語で、言うなれば自業自得の物語としか言えないもの。
……けど、この世界ではその物語が覆された。私よりも簡単に。これから起こる事を知っていれば嘘をつかず真面目に働けば良いのだから。
(羨ましい……)
私がこんなに苦労して物語から抜け出そうとしても抜け出せないのにあっさりと抜け出せるのは……ズルい。
「その羊飼いさんはどうなったの?」
『最終的に我を野生に帰した。何、魔物である我は基本的に肉体年齢が経過するのは遅いのだ、一緒にいた時間は星の瞬きとそう変わらない』
「そうなんだ……」
何百年何千年と生きる魔物がいる事は知っていたけど……この狼さんもそうなんだ……。
『そう言えば、そなたは魔法を使えるか?』
「ううん、何も使えないよ」
『……なら、我の知識を少し教えよう【癒えよ】』
私の答えに不服そうにした狼さんは何かを呟いた瞬間緑色の光の粒が体の周りに漂いだす。
傷の痛みが……引いていく?これが魔法なのかな……。
『魔法とは思いに形を与える技術。それに魔法陣を使うのも魔力を織り込むも大差はない』
「凄い……!」
『って、ここで服を脱ぐな!羞恥心がないのか!?』
服を脱いで包帯を外していると狼さんは驚いたように口を開けている。
本当に傷が治っている……!これが魔法……!思いに形を与える技術か……!
『使うには体内の魔力を自由に操れなければ意味はない。詠唱と言う簡易的な方法もあるが―――』
「【切れ】!」
木を切るイメージで手を振るうと風の刃が木を斬り倒す。
これが魔法……!この体内に流れる暖かいものが魔力の流れ……なのかな?感じが分かれば後の操作は簡単ね。
『……普通はもう少し難しいのだが……』
「凄い!魔力を込めれば重いものも持てるし速く走れる!」
『人の話を聞けぇ!!』
狼さんの話を無視して木を斬り倒し辺りを高速で走り回り木の幹を持ち上げて投げる。
これが魔力……!魔力を少し貯めただけでこれだけの普通ではあり得ない力を扱えるのね……!
『落ち着けぇ!!』
「ゴフッ!?」
無茶苦茶に走り回っていると狼さんの体当たりに吹き飛ばされて地面を転がり満面の笑みで空を見上げる。
世界は広い。これ程の技術がこんなに簡単に使えるようになるなんて。自分自身にも気づけなかったこんな力があるなんて。
空はもっと広く、まったく別の場所に広がっている。別の土地、別の場所でも同じ空、同じ世界を見上げているでしょう。
もし、叶うのなら―――外の世界を旅してみるのも良いのかもしれないかな。
『まったく……魔力の操作をこうまで簡単に行うとは……才能とは末恐ろしいものだ』
「えへへ……」
『まあ、それだけあれば我が友としては申し分ない』
まあ、そこら辺は私は気にしない。私は何としてでも物語から抜け出したい。『赤ずきんを食べた狼』から『狼と友達になる』と言う逸脱を行うことで物語から出ることが出来る。
『それと、我の名はサビート。よろしくな、リリィ』
「ええ、よろしくね、サビートさん」
地面から起き上がり優しい笑顔で狼さんの頭を撫でる。
これで命を繋ぐ事はできたし、物語の内容を逸脱する事もできた。私は―――何としてでも物語を越えてやる!!