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1-8 一つ目のジャッジメントの始まり(6)



投稿内容は無論、荒唐無稽だ。


違法な運転を禁ずる、これ自体は理解できる。理解はできるが、禁じてどうなるというのだ?


言葉で言うだけでは、何の効力も持たない。

言うだけなら誰にでも言える。


そこで、守らなかった場合の罰則として、3番目の項目が出てくるのだろうが、法律上で許されていない者が運転をすれば、車が動かなくなって運転者は二度と運転できなくなる?


あり得ない。


そんな方法があれば警察の出番はなくなるだろう。

どういった方法で運転ができないようになるのかまでは書かれていないが、マンガや小説など空想の世界でしか通用しない話だ。


物理的に不可能だ。

どうやって運転者が違法な状態であることを判断するのだろうか?


確かに、運転者の飲酒を検知するモデルの車が開発されていることは、小耳に挟んだことがある。

だが、日本の自動車にその機能は標準装備されてはいない。


現行の法律で考えるならば、該当するのは道路交通法だろう。

第64条から66条のところに、自動車などの車両を運転してはならない規定が書かれている。


運転免許がない者、酒気帯びや過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転してはならない、と定められている。


だが、こうした運転者の違法性を検知して自動で駆動を止めるシステムなど、今の自動車に備わっているはずがない。

物理的に不可能なことが書かれている以上、書き込まれた内容は、いたずらと判断して差し支えないだろう。


唯一、考えるとするならば、物理的に困難と考えられる投稿方法だが、こちらの方は投稿内容とは違い、困難なだけであって、ハッキングなどの方法であれば物理的には可能だ。


そして、ハッキングだとするならば、これはサイバー対策室の仕事だ。調査課の仕事ではない。


恭介は結論づけた。


「これはハッキングだろう。本庁行きだな。うちには関係ない」


「そうなんですけど…」


博巳の歯切れが悪い。


「何か気になることがあるのか?」


サイバー特別調査課は、未知の犯罪を暴かねばならない一面がある。

常識では図れない、というだけで調査しないのでは、人知を越える犯罪の発生に関わることなどできやしない。


が、それでも限度というものがある。


物理的に不可能なことを可能にする材料がどこにもない以上、調査の対象にはできない。というか、こういった内容はネット上に山ほどあるわけだから、いちいち調査していてもキリがない。

調査課の物理的な対応能力の限界を越えることになる。


だが、博巳は何かが引っかかっているようだ。


「投稿方法がもし不可能な状況だったと判明したらどうでしょうか?

もし、一つ不可能なことができたなら、他の不可能なことも可能になるんじゃないかな、って思ったんです」


なるほど、確かに投稿方法が物理的に不可能な状況で行われていたなら、投稿内容自体も不可能だと言いきれない可能性が出てくるかもしれない。


既知の考え方で証明できないことが、後に発見された事象により新たに証明できるようになった、という出来事は、科学の世界で珍しいことではない。


しかし――今回の内容が実現されることは、恭介が知る常識で考えると、超常現象を目の当たりにすることに等しいように思う。


「確かに、不可能が一つ可能になれば、そういったことがあり得るかもしれんが……だが、投稿方法を調べるのはうちの仕事じゃないし、今、この案件で捜査できることなど、何もないだろう?」


博巳は少し考えていたが、渋々といった感じで頷いた。


「そうですね。うちの調査課で行える捜査、今回の件では何もないか……」


「いずれにしろ、あと4日後には、本当かどうかはっきりすることだ」


恭介は、果たして今回の書き込みがどういう結末を迎えるのかを思い浮かべてみたが、結局のところ、何も起きずにいたずらの投稿だったことが証明されるだけだろうという結論に至っていた。


博巳が懸念しているような事態になったら、それこそ社会が「ひっくり返る」ことになるだろう。

恭介が持つ常識からすれば、突然、太陽が西から昇るようなものだ。


やはりあり得ない。


まだ納得いかない顔の博巳だったが、恭介の「この案件は上がりだ、上がり」と告げる言葉に「そうですよね」と頷きながら、課長への報告書を作成するため席に座った。


「日本ジャスティス実行財団」を名乗る何者かの書き込みは、当日、ネット民の間でかなり話題になった。


だが、それ以上の書き込みがなかったこともあり、翌日にはレスもつかなくなった。


マスコミのニュースでも一応、取り上げられたが、それは書き込みの内容についてではなく、一斉に掲示板に書き込みがされたことがハッキングされたのではないか、という事件性についてのものだった。


そして、掲示板の管理者は2日後に声明を出した。


投稿時間が100分の1秒まで同じ投稿を、どうやって行えたのかは不明だが、サーバーのログを全て調べたところ、侵入された形跡はなかった。事件性は考えづらく、大規模な「いたずら」が起きたのではないか、という内容だった。


調査課でもこの案件はすでに警視庁に差し戻していたが、警視庁はコメントすら出さなかった。


物理的にあり得ない、常識外の出来事が発生することを想定した捜査を行うことができるはずもなく、当然と言えるだろう。


こうして大きな騒動に至ることもなく、事態は収束したかに思えた。


6月14日の夜には、掲示板に「明日は飲酒運転撲滅の日」「無免許の厨房が泣くのが目に見える」といった、今回の書き込みを揶揄するようなタイトルのスレッドがいくつか立ちあがった。

騒動に便乗して誰かが立てたのだろうが、立てた本人も本気とは思えず、面白がってレスをする人間はいても、誰も真剣に捉えていなかった。



そして、6月15日を迎えた。



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