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1-6 一つ目のジャッジメントの始まり(4)


研一は、一文字ずつ、ゆっくりとキーボードを叩いた。



「違法な運転が行えないようになること」



そう――全ては、違法と認識しながら運転するドライバーがいることが問題なのだ。



過失は、誰にでも皆平等に起こり得るし、そこには運という不確定な要素も関わっている。


どんなに慎重に運転していても、急な飛び出しには対応できない。

極端な話、相手が自殺を考えて死角になる、


例えば―――建物の上から突然飛び込んでくるのを必ず避けることなどできるはずがない。

過失まで全てを厳罰化して裁いたならば、社会が成り立たなくなるだろう。


だが、ドライバーが違法な運転であることや、事故する可能性が高まることを承知していたならば話は別だ。


過失につながる故意は、避けることができる。

なぜなら、酒を飲んだら運転しない、無免許でハンドルは握らない、そういった違法な行為を行わなければ良いだけだ。

ドラッグを吸っての運転はドラッグの吸引自体が違法だから問題外だろう。


まず違法な運転を完全に除外することが「正義」へとつながるはずだ。



悪いのは全て、違法運転するドライバーだ!



研一は、自分の昂った想いに少し指を震わせながら、白い枠の下に表示された「OK」ボタンをしっかりと押した。


再び画面が切り替わる。

さっきと同じように、黒い画面に一つずつ文字が現れてきた。



「基本ルールは?」



思考が揺らぐ。


偶然現れたホームページに、こんなことを書き込んでも何の意味も持たないだろうと、頭の片隅でふと思ったが、一瞬だった。心を覆う闇がその思いをかき消した。

意識を画面に戻す。



ルールとは何か?



今、自分は何をしていたのか?

そう、確か「違法な運転がなくなればよい」そう考えていたはずだ。

そのためのルールを決めろというのか?



いいだろう。決めてやる!



研一は、さっきと同じように白い枠の中に言葉を打ちこんだ。



「飲酒や無免許、薬物の使用など、法律で禁止されている運転行為は、これを全て禁ずる」



堅苦しい言い回しだが、具体性を示しながら禁止行為の範囲を示すのが法律の基本だから、これがルールで良いだろう。



――いや、ダメだ。



違法行為を禁ずるだけではダメだ。


そこには罰則が必要だ。罰則がない法律や条文の遵守は、結局のところ人の良心や道徳心に頼るしかない。

だが、得てして遵守しない人間ほど、そうした良心や道徳心など道端の石ころ程度にしか考えておらず、蹴飛ばすことに何らためらいもない。

実際、公判ではそんな人間を腐るほど見てきた。



罰を示さなければならない。



だが、人には不注意、という部分を誰しもが持っている。故意ではない、悪意のない過失や誤りは誰にでもあり得ることだ。

したがって、一定の猶予規定もあって然るべきだろう。



「未成年や責任能力の有無に一切関わらず、違法な運転を行ったものは二度と運転ができなくなる罰を受ける」



「ただし、この罰は一度だけ猶予を与える」



研一の心に、これまでにも増してどす黒い感情が湧いてくる。


違法な運転を故意に行う者は相応の罰を受けるべきだ。それは、久美子をこの手から奪っていった社会への罰だ。


思考が飛躍し始めていることを研一が気づくことはなかった。

ただ、やりきれない自分の思いが澱を重ねながら、取り戻せない我が子への無念と、誰かに責任を負わせたい怒りが絡み合ってその身を覆い尽くしていた。


そして研一は、ゆっくりと「OK」ボタンをクリックした。


三度、画面が切り替わる。だが、今度は黒い画面ではなかった。


どす黒い赤。


それも鮮血ではなく(よど)んだ血のような赤だ。

そこに、今度は白ではなく黒い文字が現れ始めた。


赤の画面に黒い文字。




*********************************************************


●基本ルールを受け付けました。


基本ルール1:飲酒や無免許、薬物の使用など、法律で禁止されている

      運転行為は、これを全て禁ずる


基本ルール2:未成年や責任能力の有無に一切関わらず、違法な運転を

      行ったものは二度と運転ができなくなる罰を受ける


基本ルール三:ただし、この罰は一度だけ猶予を与える


 ルールの細部とルールの適用開始日は当財団において決定し、

 当財団が責任を持ってルールに沿ったジャッジメントを実行いたします。

 ルールに基づくジャッジメント実行の間までしばらくお待ちください。


 日本ジャスティス実行財団


*********************************************************



赤い画面は、心臓を鷲掴みするような不吉さを漂わせていた。気のせいか、息苦しささえ感じる。


研一の目から血の涙が頬を伝い落ちる。

研一の心を覆っていた闇はいつの間にか霧散し、代わりに甘美な安堵の想いが満ちてくる。



(お父さん)



久美子が呼んでいる。血の跡をつけた研一の頬がゆっくりと弛緩し、微笑みに変化していく。



そして――



ゆっくりとその体は、床に崩れ落ちていった。

静寂が満ちた室内では、赤い画面を表示させたパソコンだけが存在感を主張していた。


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