1-4 一つ目のジャッジメントの始まり(2)
頭に浮かんでくるのは、久美子の笑顔ばかり。
あの世であろうとも久美子に会えるのなら……
もちろん、弁護士としての理性が、それを久美子が望むのか!と叱責してくる。
弁護士という立場上、そういう想いを持つ依頼者を真摯に説得したこともある。
だが、久美子に会いたいという想いが日増しに強くなるにつれ、「死」が甘美な色合いへと変貌し、そしてゆらゆらと誘う手の振りが大きくなってきていることは分かっていたし、拒絶するつもりもなくなっていた。
もう、この誘惑には勝てない。楽になりたい。
心に積もり続けた澱は研一の心をがっしりと掴んでいたが、むしろその澱にそのまま沈んで行くことが自分の望みであることを研一は、理解していた。
冷蔵庫に残るビールも残り数本になった。
全て飲みきったら、久美子に会いに出かけよう……
身寄りのない自分には、何も残っていないが、弁護士としての矜持が後始末をしっかりつけておくべきであることを告げていた。
研一は、遺書を書くため、ノートパソコンを取りに立ちあがった。
ブゥーーン
コンセントを電源タップに差し込みスイッチを入れると、ハードディスクが回転する静かな振動が伝わってきた。
床に座り、ソファにもたれかかりながら、座卓の上に置いたパソコンが起動するのを待つ。
手にした缶ビールから琥珀色の液体を口に含むと、冷たさはすでに失われていたがアルコールとしての機能を失ったわけではないので、問題はない。
そして、アルコールに身をまかせながら起動中の画面を見ていた研一に、突然、時折襲ってくる感情の津波が押し寄せてきた。
頭からつま先にかけて血が落ちてゆく。
それも「スーッ」と音を立ててだ。
その無音の音に(お父さん)と呼びかけてくる久美子の声が重なった。
体を、負の感情が包み込む。
なぜ――なぜ――
パソコンの前で研一は身を捩りながら口を押さえた。
小さい頃に握った手のぬくもり、今日はお父さんの好きなお味噌汁ね、と微笑む温かい声、お酒の飲み過ぎ!と目で訴え、缶ビールを取り上げたときの怒った表情――その全てが遠い彼方にあるのは自明の理だが、失われたものは自分の命を代償に捧げても届かぬところにあり、また失ったことを理解しなければならないと告げる己の理性が浅ましく、そして疎ましかった。
うぐぐぐぐ――
押さえた指の間から嗚咽が漏れ、ふと頬を熱いものが伝うのを自覚した。
涙はとうに枯れはてたと思っていたのに――しゃくりあげながら頬を手で拭うと、それは赤かった。
血の涙――そうか、やはり涙は残っていなかったが、血は流せるのか――どうせならこんな血など全て流れ出してしまえ!
心が漆黒の闇に覆われていく。
思わず研一は、目を閉じて頭をテーブルに打ち付けていた。
ガシャッ!
頭を受け止めたキーボードがいやな音を立てる。
ジンとした痛みが額を走り、目を開けるとパソコンの画面が何かを表示しているのに気がついた。
(なんだ?)
ブラウザが立ち上がり、黒い画面に白い文字が浮かんでいる。
頭でどこかのボタンを押してしまったのだろうか……
白い文字は簡潔だった。
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