2-19 二つ目のジャッジメントの実行(6)
「見えているものだけで判断するなら、絶望、恨み、そして生理学ではありえない血の涙、媒介としてはパソコン、さらにその者の死。これらが共通項といえるだろう」
「ですが――」
恭介は考えた。
「だからと言って、そこまで追い込まれるぐらい絶望と恨みを抱く人に、簡単に巡り合えるとは思えませんが――」
一二三老が、じっと恭介を見つめる。
「多野君、わしは悪者になるぞ」
「え?」
恭介は、一二三老が何をいっているのか分からない。
「健太君が、二度と意識を取り戻さないと分かった時、君はどう思った?」
「先生!」
一二三老の意図を察し非難の目を向けた博巳の横で、恭介は、「うっ」と息を止めた。
ICUで健太が植物状態に陥ったことを聞いた時、確かに自分は、経験したことのない絶望を抱いた。
そして、予防接種を受けさせたことを後悔し、低い確率であっても一定の確率で被害者を出す予防接種そのものを恨んだ。
しかも、自分のせいで罪もない明美を追い込んでしまった。
もし、あの時、恭介の前に日本ジャスティス実行財団のホームページが現れれば、予防接種を全て無効にして欲しいというルールを書きこんだかもしれない。
もちろん、その代償が自分の死であっても、その時は構わないと思っただろう。
無論、今は違うが。
「辛いことを思い出させてしまい、すまんかった」
一二三老が頭を下げる。
慌てて、恭介は手を振り、同じように頭を下げる。
「いえ、先生がおっしゃりたいことは理解できました」
誰かを絶望に追い込むことは、非人道的なことができるなら、無理なことではない。
恭介の場合、偶然の産物が不幸を招いたわけだが、世界をみれば、必然で似たような不幸を生んでいる例は無数にある。
「もしジャッジメントを意図的に引き起こすことができれば、ジャッジメントを無効にするルールを設定すれば良い、ということですね」
「可能性は、あるということだな」
一二三老が頷いた。
「ですが、確かに机上の論理ですね」
「そうだ。ただ、不可能ではない、ということが言いたかった」
「血の涙、というハードルもありますし、ジャッジメントを無効にするというルールを設定するためには、ジャッジメントそのもので強い絶望を受ける必要があるのでしょうし」
とはいえ、絶対にあり得ない話ではないかもしれない。
特に、明日のジャッジメントでは、相当の被害が予想されている。
それは、手足が動かなくなる、という被害だけでなく、生命への被害も考えられている。
突然、手足が動かなくなる状況は、立っている状況なら転倒は免れない。さらに手足が動かないわけだから転倒した際、体を支え、守ることもできない。
転倒した場所によっては、頭部を強打して死亡するケースも現れるだろう。
もし、家族をそうした状況で失えば、ジャッジメントを深く恨む者がいてもおかしくはない。
だが――やはり、そうした犠牲者を待つ考え方は、気分が悪い。
「ちなみに、もう一つの方法とは?」
気を取り直して恭介は尋ねた。
「ああ、それはパソコンだな」
「パソコン?」
「パソコンで依頼して、パソコンでジャッジメントを告知しておる。もしかすると、こういう現象を引き起こせる何かがネットの中に存在しておる可能性も考えられるだろう」
なるほど。では――
「ネットを破壊しろと」
「そうだ。もちろん不可能だがな」
ネットは一ヶ所を拠点に広がっているのではない。
無数のノードが繋がりあってWorld Wide Web、WWWと呼ばれるネットワークを構築している。
世界中に広がる全てのノードを同時に破壊することなどできるはずもない。
地上だけでなく、宇宙空間、あるいは潜水艦の中にもノードが存在しているかもしれない。
それに、もはやインターネットは世界中の人々の生活に密着し過ぎている。
万一ネットを破壊したら、これから日本で起きようとしている混乱など比較できない事態に陥るだろう。
「それに、超常現象を引き起こしている誰かが、単に媒介手段としてネットを利用しているだけなら、ネットがなくなれば他の手段に移行するかもしれん」
いずれにしても、方法論としてはジャッジメントを防ぐことが考えられても、実行することはできない、ということか。
だが、一つだけ分かったことがある。
ジャッジメントを止める意図を持つ人間が、ジャッジメントに直に接触することができれば、事態を変えられるかもしれない、ということだ。
相当、偶発的要素が揃わなければ無理だが、常識で図れないことが起きている今、あり得ないと断言することはできないだろう。
ほんの少しだが、希望が見えたような気がする。
その後、しばらく雑談したのち、一二三老に参考になったことの礼を言って帰ろうと恭介が時計を見ると、23時30分になっていた。
あと30分。
日本は、どう変わるのだろうか?




