表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/61

1-2 サイバー特別調査課(2)

テレビの刑事ドラマによく出てくるような、眼鏡をかけた初老の口うるさい外見をしているが、課員の受けは良く、尊敬もされていることは確かだ。

良き上司と言えるだろう。


恭介と博巳は軽く頭を下げる。


パソコンに向かう仕事のせいなのか、課員の喫煙率は高い。

ストレスと喫煙、両方とも健康に悪い要因だ。

おそらく数年しないうちに健康を害する課員の割合も増えるのだろうが、だからといって今さら禁煙することは無理な話だ。割り切るしかないだろう。


「どうだ多野、例の内部告発のブログ、モノになりそうか?」


課長が尋ねているのは、ここ数日、恭介が追っている厚生労働省の職員を名乗る内部告発のブログの問題だ。


省庁では、公益通報者保護法に基づいて、組織の不祥事や隠ぺいを防ぐ仕組みがあるのだが、組織の上層部が関わる問題の場合、内部告発を監査する部署が圧力を受けることがある。

そうなると、結果的に内部告発者が不利益を受けることが生じる。

公益通報者保護法、などと大層な名前がついた法律も、実務上では役に立たないことが多い。


そこで、関係部署への内部告発を行うのではなく、ブログで私的に情報発信することがあるのだ。


今回は、薬事審議に伴う内部告発だ。自称、某部署に勤める厚生労働省の職員が、薬事審議を有利に運ぶための贈収賄が行われている、という内容をブログに書きこんだのだ。


とはいえ、ブログの内容をそのまま鵜呑みにもできない。

なぜなら、同業の製薬メーカーが中傷しているケースも過去にはあったし、いたずらの場合もあるからだ。


特に今回は、同じブログの中に、他にも内部告発がいくつか書かれていた。

真偽はかなり怪しい。


「たぶん、ガセですね。課長」


恭介は、タバコに火をつけながら答えた。


「ブログのIPから発信者の情報を掴みましたけど、発信者はもちろん、家族構成の中にも厚労省の職員はいませんでしたから」


「じゃあ、後は裏を確認したらその件は上がりだな」


課長の言葉に恭介は軽く頷いた。


「上がり」とは、案件がガセで終了したことを意味する。

ものになる案件は「当たり」だ。


一応、厚労省に、ブログに書かれた事案の薬事審議が進行しているのか確認するが、おそらく今回は、ライバル企業の誹謗中傷などではなく、世間を騒がせたい誰かが書いているブログだった、ということになるだろう。

犯罪が進行中、ということではないようだし、監視対象でもないだろう。


この仕事は、確認・ガセ・上がり、確認・ガセ・上がりの繰り返しといっても過言ではない。

仕事として行っている以上、成果がストレス解消の良薬になる。

確認・当たり、がないと心は荒むばかりだ。


「そういえば小野田、今朝、渡した件は何かわかったか」


「いえ、さっぱり。課長が言う通りあれはサイバー班の仕事でしょう。うちの領分じゃないと思いますがね」


「あれって、何の案件だ?」


恭介が口を挟んだ。


「ああ、主任はまだ見てないんでしたっけ。大手掲示板に変な一斉投稿があったんですよ」


「変な投稿って?」


「飲酒運転を禁止する通達、って内容だったかな。後で見せますよ」


今の時代、変なヤツが多くなった。

掲示板、変な通達、というと間違いなくガセ、それも自己顕示欲の強い、妄想型の人間が発する情報だろう。


良くあるパターンだ。


「ああ、頼む。たぶん今日は上がりだし、何かあれば手伝うぞ」


「うーん、たぶん平気でしょ。おかしなところは同一投稿された時間が全て同じだった、というところぐらいですし。たぶんハッキングでしょ」


小野田は二本目のタバコに火をつける。恭介もつられて次のタバコを口にした。


チェーンスモークが良くないことは分かっていたが、喫煙室にくると、どうしても二本から三本のタバコを吸ってしまう。


しょっちゅう席を外すわけにもいかないからな、と自分の中で理由づけしているが、喫煙依存している人間の屁理屈に過ぎないことは分かっている。


禁煙できるのなら、とっくの昔にタバコ代は酒代にでも替えることができただろう。

もっとも、酒がタバコより健康によい理由はないだろうが。


「それより多野、最近、ちゃんと息子さんに会いに行っているか?」


タバコを持つ恭介の手が、軽く硬直する。


課長は部下の行動を良く見ていると思う。

それは良い上司の条件なのだと思うが、面と向かってあまり触れて欲しくないところに突っ込まれるのは心苦しい。


「ええ、まあ…」


言葉を濁す恭介に、課長は軽く頷いた。

その目は同情、というより恭介への思いやりが浮かんでいた。


タバコをグィっと灰皿につぶし、ポンと恭介の肩を叩くと、課長は喫煙ルームから出て行った。


多少の事情を知っている博巳は横を向いたままだ。


辛いのは自分だけだと思いあがった報いの代償を払わないまま、周りの思いやりを感じる状況は、何か落ち着かない。

なんとなく苦笑いした恭介は、博巳に「俺たちもそろそろ行くか」と言ってタバコを消した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ