閑話1 世界の救済と人類の救済
◆◇◆◇ 管理者の世界
淡い霧に覆われた世界。
点在する球形が、その霧をうっすらと虹色に浮かび上がらせている。
リズは、一つの球形の前で佇んでいた。
灰色の雫を垂らした球形は、今、渦の活動が増している。
リズは考える。
数多の球形は、その数だけ世界を内包している。
世界を構築しているのは「リソース」だ。
コンピュータでいえば、メモリのようなもの。
リソースをもっとも消費するのが、記憶=歴史だ。
世界の存在意義は、そこでリソースを消費することにある。
メモリを使わないコンピュータは、ただの箱だ。
したがって、歴史を紡ぐ人類こそが世界の「存在意義」であり、そしてリソースを消費する「敵」でもあった。
世界はその「有限の資源」を使って「無限の活動」を行うことを考えている。
一方、人類は「人類の存続」を願い、そして、歴史が続く限り、有限の資源を喰らい続ける。
世界は科学文明か魔法文明かに二分される。
魔法文明では、多くの場合、人類と世界の対立は、「勇者 VS 魔王」の構図となる。
科学文明では、その対立は「戦争や災害 VS 平和」といったところだろうか。
勇者は人類の存続を願い、魔王を倒す。平和も同じく人類の存続を願っている。
そして、魔王は世界の存続を願い、人類を滅ぼす。戦争や災害も同じだだろう。
大いなる矛盾。
人類は、魔王に勝てば、一時の存続は叶うが、その後、歴史を紡ぐことでリソースを消費し、世界の停止と共に事実上の滅亡となる。
世界は、人類を滅ぼせば、一時のリソースの確保はできるが、結局のところ、次の人類の誕生を求めることになる。
そして……
リズが管理する球形と同様に、リズが存在している世界も、「誰かが作った」球形の中にあるのかもしれない。
そして、その「誰か」の世界も、さらに上位の誰かが作った世界であっても不思議ではない。
もっと言えば、目の前にあるいずれかの球形の中で、球形と同様の世界を作ることができたなら、その世界が上位の世界に繋がっている、ということもあるかもしれない。
連鎖する世界は、始まりは終わりであって、終わりは始まりなのかもしれない。
それは、まさしくメビウスの輪のように連鎖し続けるのだろう。
世界の存在。
リズは、多くの世界を眺めてきた。
今、地球と呼ばれる目の前の世界も、その一つだ。
世界を救うことこそが、唯一の「正義」なのか?
人類が救われる道を探ることは、世界にとって本当に「悪」なのか?
世界が「世界の存続」を願うように、人類も「人類の存続」を願っている。
本当に、その両者の願いは交わることはないのだろうか?
リズは、軽く頭を振った。
時々、こうした無限の思考に陥ることがあるが、結局のところ、管理者であるリズは、世界を救うことを優先するしかない。
なぜなら、人類の存続は、世界の存続という大前提が必要だからだ。
今、地球では、「終わりの始まり」が始まっていた。
もちろん、灰色の雫が成すことは定められている。
だが……
リズは、軽く頭を振った。
管理者は傍観者でもある。
雫を垂らした以上、今は、観察することを貫くしかない……




