【SIDE】 スーフェ:スーフェとラズライトと……
高等部二年の宿泊合宿が終わった直後のお話。
「何ですか、俺たちにお願い事って?」
ラズが一人、私の部屋に入ってきた。今、私の部屋にいるのは、私とラズの二人だけ。正確に言うと、違うのだけれど。
「本題に入る前に、この前は サフィーちゃんたちを助けてくれてありがとう。雷魔法を使うなんて、よほど切迫していたのね」
できる限りの澄ました笑顔をラズに向け、私はお礼を言った。
雷魔法は、この世界では使える者が限られている魔法だ。私の言葉が本来、ラズに向けて発せられたものではないことは、ここにいる全員が分かりきっていた。
「俺じゃないって分かってるくせに、随分と白々しいですね。俺じゃ間に合わないから出てきてもらったんですからね。だから、直接本人に言ってくださいよ。出てきてもらいますから」
不満そうに文句を言いながらも、ラズの紺碧色の瞳が一気に真紅色に変化する。
(いつ見ても不思議な光景だわ……)
そして、沈黙が訪れる。
「「……」」
お互いに無言を貫いていたけれど、痺れを切らした私が、決まったように憎まれ口を叩いてしまう。
「何よ?」
「そっちこそ何だよ? 早く言えよ」
ラズが起きているのに、直接言葉を交わすのは久しぶりのこと。後ろめたいことなど全くないというのに、何となく緊張感と気恥ずかしさが走ってしまう。
「……ありがとう、 サフィーちゃんたちのことを助けてくれて……」
「ああ、ラズの願いだからな。で、本当の目的はなんだ? ラズが寝ていないのに俺も呼ぶってことは、ラズと俺の“両方”に用があるからなんだろう?」
「あら! よく分かったわね〜」
「スーフェが生まれた時からの付き合いだ、そりゃ、分かるだろ?」
ルべことルべライトは、遠い昔、私の従魔だった。
私たちには、私がこの世界に生まれた時から、すでに従魔契約が結ばれていたという特殊な関係を持っていた。
それは、転生者第一号特典の神様からの出血大サービスのおかげなんだけど。
私はルベの言葉に笑みを浮かべた。今もなお、契約に囚われない絆が存在していると感じたから。
「来年一年間、ラズとルべでやって欲しいことがあるの。それはね……」
私は淡々と説明した。
「俺はラズがやるって言えば、それに従うまでだ」
「ルべも随分と丸くなったわね。初めは『我関せず』だったのに」
「そりゃそうだろう? これはラズの人生だ。ラズが俺を受け入れてくれて、俺ももう少しスーフェと一緒にいたいって思ったから、ラズの中に居させてもらっているだけだ。だから、“ああなるまで”は、俺の出る幕はないと思っていたよ」
「ちょ、ちょっと!! さらっと変なこと言わないでよ。今はラズにも聞こえてるんだから」
(恥ずかしい、息子の前でこの羞恥。何もやましいことなんてなくても、恥ずかしいわ!!)
鼻でフッと笑ったルベは、構うことなく言葉を続ける。
「それなのに、自分の人生を投げ出してまで、妹を守ろうとするやつと四六時中一緒にいれば、少しくらいは情も移るさ。まあ、意外と楽しいぞ。サフィーも昔のスーフェみたいで可愛いしな」
「もう!! ……そうね、それなら良かったわ。これからもラズをよろしくね」
「ああ、スーフェも無理するなよ。って言っても、それこそ無理か。じゃ、ラズに代わるからな」
そう言うと、いつもの紺碧色の瞳に戻る。少しだけ寂しくなってしまうのは、仕方のないことだと思う。
「じゃあ、ラズ、そう言うことだから」
「嫌ですよ。ルべとイチャイチャしてないで、俺にもきちんと説明して下さいよ。それに俺の進路はどうなるんですか?」
「イチャイチャ……ラズも言うようになったわね。でも、ラズに拒否権はないわよ。まだ、かき氷の勝負の『何でもお願い事を聞く約束』を果たしてもらってないもの」
「嘘っ、そんな昔のことを、今、言います?」
かき氷の約束、それはラズが中等部一年生の時の夏休みのこと。
見て分かるくらい、ラズは落胆していた。
(ふふ、私が忘れるわけないじゃない!)
そんなラズが、とても言いにくそうに私に尋ねてきた。
「一つだけ聞きたかったんですけど……」
何となく嫌な予感がする。けれど、一応聞いてみる。
「……何?」
「母様とルべって……」
やっぱり嫌な予感しかない。けれど、やっぱり聞かないとは言えない。それこそ怪しすぎるから。無言で平静を保つ。
「……」
「どっちが強いんですか?」
(何よっ! 少し焦っちゃったじゃないの!!)
全く無問題だった。
「ふふふ、きっとルべじゃない? 私は猫にはなれないし。あれは神様の力でしょ? 私が転生した時のお願い事の一つだもの」
紆余曲折があって、ルベは今、ラズの中にいる。さすがにラズにまで影響を及ぼしたら怖いから、ルベとの従魔契約は解除してある。
「ルべは母様って言ってますよ? 巷では『魔王以上』って呼ばれてるくせに! って」
私が「魔王以上」と呼ばれる理由。納得いかないけれど、そう呼ばれる理由。
それは、その言葉の通り、元魔王を従えていたから。
「じゃあ、勝負してみる?」
今まで勝負がしたくても、本気の勝負ができなかった。従魔契約が結ばれている以上、ルベに不利だから。
ある意味、私とルべにとっては、絶好の機会かもしれない。
「……必然的に俺まで巻き添え喰らうんでやめときます」
「ふふ、ラズにしては、至極賢明な判断ね」