【SIDE】 スーフェ:伝説の冒険者たち
「うわっ、この数、信じられないんですけど?」
暗雲が空を覆い、あたり一帯が夜のような暗闇に包まれた。
古い孤児院が、凶々しい黒い靄に包まれた瞬間、建物は崩壊し、百体を超える数の魔物たちを眠らせていた結界が解かれ、魔物たちは解き放たれた。
目醒めた魔物たちは、王都方向に向かって押し寄せる。ワイバーンに、バッファボア、ワーム、アンデッドまで、他にも多種多様な魔物たちが。
「ふふふ、このまま王都に押し寄せたら、王都は壊滅ね」
「ご両親に似て、とても優秀な魔術師だったみたいね。この際、ロバーツ王国で魔術学を新設しようかしら?」
「ロバーツ王国がいらないっていうなら、チェスター王国で歓迎するわ」
「それは、本人とご両親次第ね。そんなことよりも、ケール、今日はステファニーちゃんも体育祭に来てるんだって?」
「そうよ、お兄ちゃんっ子だから、来るって聞かなかったの」
「レオナルドはステファニーちゃんに会いたくてずっとそわそわしてたわ」
「ステファニーも満更じゃないみたい。もふもふが好きとか言って、レオナルド王子がどういう反応をするか楽しみにしているわ」
「あら、うまくいけばみんな親戚になれるわね。ふふふ、やっと夢が叶うわ!!」
久しぶりに思いっきり動けると、今から楽しくて仕方がない。けれど、まずは他愛のない話から。
目の前に魔物がいるからって、そんなの関係ない。女子が集まったら、現実を無視して会話に花が咲くのは当たり前。
「お話中のところ、大変申し訳ありません。スーフェ様、そろそろ始めてもよろしいでしょうか?」
アルカ先生がとても申し訳なさそうに、私たちを現実に引き戻してくれた。
「あら、ごめんなさい。じゃあ、始めますか! 出でよ、どこでもモン〜」
ケルベロスーちゃんの首に掛かっているアイテム袋から、私はとっても大きなドアを取り出した。
「どうしてこの袋にこんなに大きな物が入るのか、いつ見ても不思議よね」
「ふふふ、このアイテム袋は、転生者第一号特典の、神様からのプレゼントだからね。この前のかぼちゃプリンも美味しかったでしょ?」
「ええ、とっても! あの大きいかぼちゃが、あんな美味しいものに化けるのなら、どんどん送るわ」
アイテム袋にサフィーちゃんのお手製料理を入れて、いつもベロニカとケールにお裾分けをしている。
美味しいものは、みんなで分けあいたい。
「ところでスーフェ、このドアはどこに繋げたの?」
どこでもモンをトントンと叩きながら、ベロニカが尋ねてきた。
「この向こうは、魔の樹海の奥深くに繋がっているわ。どんどん、このドアの中に魔物をぶっこむからね」
「ああ、あそこね。もう二度と行きたくないわ。ね、ベロニカ」
「本当よ……」
顔を歪めたケールは思うところがあるみたい。同意を求められたベロニカも一気に青褪めた。
どこでもモンには転移の魔術陣が描かれており、魔力を流すと、魔の樹海に置いてきた、これまたドア型のどこでもモンに繋がるようになっている。
魔の樹海は、磁場が狂っている上に、凶暴な魔物たちの住処となっている。一度そこに足を踏み入れると、生きては帰ってこれないとまで噂される樹海だ。
「それよりも、そのネーミングセンス、どうにかした方が良いわよ。どう見ても門じゃなくてドアでしょ?」
「もうっ、ケールったら!! 大人の事情でドアとは言えないのよ! 扉じゃ言い辛いし。それにやっぱりドア型がいいのよね……」
私の頭の中には今、あのピンク色のドアが思い浮かんでいる。もちろん超絶リスペクトだから。
「そろそろ始めますか! アルカ先生、さっそく魔術を発動させて下さいな。魔力供給係とアルカ先生のサポートは、ベロニカよろしくね」
「は〜い!」
笑顔で返事をするベロニカの隣には、すでに準備万端のアルカ先生が控えてくれている。
アルカ先生がどこでもモンの魔術陣を発動し、ベロニカが魔力を流し込みサポートをする。
魔術陣自体は、アルカ先生の魔力で発動できるのだけれど、それを維持する魔力に不安がある。だから、ベロニカが魔力供給のサポートに回ることになった。
魔術陣が浮かび上がり、ドアの隙間からパアッと光りが放たれる。ドアを開けると、その向こうには暗く重い雰囲気の深い森、魔の樹海が広がっていた。
「おっ! そろそろ近付いてきたわね。うっわ、やっぱりアンデッドもいるわ。予想より数が多いし。……ってことで、頑張ってね、ケール!」
「人使いが荒いのは、本当に相変わらずね」
呆れたようにそう言うと、ケールは短剣を手に持ち魔力を込める。一瞬にして、その短剣が光芒を刀身とすると長剣を作り出した。
「いつ見ても惚れ惚れするわ。さあ、アオちゃんとケルベロスーちゃんたちも出番よ! うまく魔物たちをどこでもモンに誘導してきてね」
『『任せて』』
ちなみに、アオちゃんの言葉は私にも理解できている。それも、転生時に得たスキルのおかげ。
初めてアオちゃんを紹介された時は、わざと言葉がわからないフリをした。
だって、余計なことは知られたくないから。
フェンリルのアオちゃんと召喚獣ケルベロスのケルベロスーちゃんが飛び出し、左右に分かれ、地上を走る魔物たちを威嚇してくれる。
「この辺り一帯は、マリリンにお願いして、通行人は迂回するように手配してあるわ。一応名目上は、超絶美人な冒険者が腕慣らしをするから、絶対に近寄るなって言ってあるみたい。そんなこと言っちゃったら、みんな、その超絶美人な冒険者を拝みたいって思っちゃうじゃないねぇ」
思わず、ふうっと深いため息が漏れてしまう。
「大丈夫よ、スーフェ。少しでも姿を見せようものなら、その超絶美人な冒険者の餌食になる、とも言ってあるみたいだから、誰も近寄ってこないわ。だから思いっきりできるわよ。見物しにきたのは、やっぱりマリリンちゃんだけね」
私とベロニカがマリリンに向かって手を振ると、マリリンは投げキッスで応えてくれる。
「マリリンは私のことが大好きだからね。それ以上にルべのことが大好きみたいだけれど。さあ、私は飛んでいるのを頑張るわ。ベロニカ、上に飛ぶのを手伝って!」
そう言いながら、私はすでに助走をつけてベロニカに向かって走り始めている。
「え、ちょ、ちょっと……!!」
ベロニカに足場になってもらい、思いっきり踏み込んで、風魔法を使い空を飛ぶ。
握りしめた両手は、すでに身体強化済み。私に向かって攻撃を仕掛けようとする魔物たちを、その拳で、片っ端からどこでもモンに目掛けて振り落とす。
風魔法も一緒に駆使しているから、コントロールも抜群だ。
----ドコッ! バカッ! ボコッ!
リズムよく、何体の魔物たちを投げ込んだだろうか、最後の魔物に差しかかろうとした時……
「スーフェ! 危ないっ!!」
ベロニカの言葉と同時に、最後のワイバーンが炎を噴く。その炎が、私を目掛けて放たれる。
「ひぃっ!!」
反射的に身構え、抵抗する術を探した。が、冒険者としての活動をサボっていたブランクが私の反応を鈍らせた。その他にも理由はあるのだけれど。
ーーーーキィーン
「あら!」
思わず満面の笑みを浮かべた私は、ぎゅっーとその人に抱きつく。
「いくつになっても、私の姫は危なっかしいな」
ふわりと私を抱きかかえ、セドに乗ったカルセドニーが、氷の盾を出して、私を守ってくれたのだから。
「さすが! 私の旦那様っ!」
そして、最後のワイバーンもどこでもモンに向け放り込み、私たちを乗せたセドは、ゆっくりと地上に降り立った。
「久しぶりだね、ベロニカ、ケール。いつもスーフェの我儘に付き合ってくれてありがとう」
もちろん私の幼馴染であるカルは、二人と顔見知りだ。
「本当よ、人使いが荒すぎなのよ。でも、さすがにもう慣れたわね」
一言だけそう告げると、再びケールは光の剣を握り直し、アンデッドを倒しに向かう。
「アンデッドだけは、どこでもモンに放り込んでさあ終わり、とはいかないから、ケールには頑張ってもらわなきゃ!」
「スーフェも行きなさいよ。もう光魔法も使えるんでしょ?」
「……」
実は私も光魔法が使えないわけではない。敢えてやらないだけだったりする。
「都合の悪い時だけ、大人しくなるんだから! それに比べて、ケールは本当に男前ね」
「ええ、いつ見ても見事な剣さばきよね。またラズの稽古をつけて貰いたいわ」
「それにしても、もうちょっといい方法はないの? 流石にこの数じゃ、気が遠くなるわ」
今もなお、アオちゃんとケロベロスーちゃんは地上で頑張ってくれている。お決まりのように、私とベロニカの視線が同時にカルに向かう。
「はいはい、魔物たちをこのドアの中に入れればいいんだね?」
私たちは同時にコクリと頷いた。
「分かりましたよ。お姫様方の仰せのままに」
そう言うと、カルは自身の首に下げていた笛を取り出して、徐に吹き始める。
ーーーーピーっ
魔物たちが笛の音に引き寄せられるように、そのままどこでもモンに吸い込まれるように入っていった。
「あら? その笛、魔物を追い払う笛じゃなかったの? ……あら、危なかったわ」
私は思い出してしまった。
以前、サフィーちゃんが魔物を倒す練習をしたいと言っていた時、魔物を追い払う作用があると誤認して、防犯用の笛だと言って、サフィーちゃんに貸していたことを。
(ふうっ、危なかったわ)
もちろん笛を吹けば、笛の音が私にも聞こえ、助けに行くつもりではいたけれど。
「さすが魔物使いね。小さい頃からこの世で一番凶暴な猛獣を相手にしてきただけのことはあるわね。スーフェたちは幼馴染だっけ?」
「そうそう、小さい頃からカルの掌の上を転がされてきたわ……って、誰が猛獣じゃい!!」
のほほんとした会話を繰り広げる中、あれだけいたはずの魔物たちはすっかり居なくなり、頭上を覆っていた暗雲も、いつの間にか消えて無くなっていた。
「よし! これで終わりね。そろそろラズが来るみたいだわ、うわっ、すごい怒ってる。そっか、今日はルべだったっけ? さっきのワイバーンの時に危なかったからか」
そんなことを言ってる間に、目の前に真紅色の瞳をしたラズーールベが一瞬にして姿を現した。
「スー……」
私は言葉を遮るように、柔らかい笑顔を向けて口を開いた。
「何焦ってるのよ。相変わらず過保護なんだから、私の黒猫ちゃんは。もうあなたは私の従魔じゃないのよ?」
けれど、私の従魔は後にも先にも黒猫ちゃんだけ。
「ふっ、相変わらずだな……」
真紅色だった瞳が、次第にいつもの紺碧色の瞳に戻る。
「イチャイチャしてんなよ。俺はサフィーが心配で、ルべに代われって言っても全然代わらなかったのに、今更逃げるなんてずるいよ」
はあ、っと溜息を吐きながら、ようやく表に出て来れたらしいラズは文句を言った。
「ラズには辛い思いをさせちゃってごめんなさいね。無理やり押し込めちゃったこと怒ってる?」
「いいですよ。俺だって分かってます。ただ、サフィーがこれ以上傷つくのが怖いだけなんだ。それにサフィーには、もう守ってくれる人がいることも、早く妹離れしなきゃいけないこともね。最後の仕上げ、行くんですよね? 俺はカーヌム先生と交代してきますよ。ルべ、カーヌム先生のところまで、よろしく」
ラズがお願いをすると、瞬く間に真紅色の瞳になり、そして姿を消した。
学園で魔法無効化の結界を張っているカーヌム・シュタイナー先生のもとに行ったのだ。
「私たちも、急ぎましょう。手遅れになる前に……」