【SIDE】 イーサン・シュタイナー
私は、代々魔術師を生業とする一族の跡取りとして、生を受けた。
父も母も優秀な魔術師で、冥界の番犬と名高い「ケルベロス」様を召喚し、森に住む魔物たちを統率することで、魔物たちと共存することをも可能としていた。
私は両親から、自分の身を守るための魔術の基礎はもちろんのこと、結界術、幻影術、転移術など、様々な魔術を教わった。
ただ、その魔術を発動させるためには、何かしらの対価が必要だった。それは魔力だったり、血だったり、人そのものだったり。
その頃の私の魔力では、結界術を発動させるだけでも精一杯だった。
私が14歳になった日、 悪夢は突然やってきた。
己の欲にまみれた愚か者たちが、魔術を己の手中に収めようと、我が一族を襲った。
誇り高き我が一族は、誰一人としてそれに是と言う者はおらず、命を賭してまで戦った。
両親は最期の力を振り絞り、転移の魔術陣を発動させて、私を逃がした。転移した先は、私の知らない森の中。
私は一族の住処に戻り、共に戦おうと思ったが、私の魔力では、転移の魔術陣を発動させることはできなかった。
その日から、私の世界から一切の輝きがなくなった。
死んだ方が楽だとも思ったが、両親が命懸けで守ってくれたこの命を無駄にはできない。
「何とか、生きなくては……」
限界まで歩いて力尽き、運良く倒れた場所は修道院のすぐ側だった。
修道女の紹介で、王都の近くにある孤児院で暮らし始めた。
生きていくために必死で勉強をし、いつでも転移の魔術陣で一族の住処に帰れるように、魔力の錬成にも努めた。
その甲斐あって、成績も魔力もそれなりに高くなったことから、王立魔法学園に特待生として通えることになった。
孤児でも学園に通わせてくれるなんて。その時の私は、本当に恵まれていると思っていた。
貴族ばかりの学園での居心地は、肩身の狭い思いをすることが多く、決して良いものとは言えなかったけれど、私は至極真面目に過ごした。
幸いなことに、在学中に魔物研究所から声が掛かり、卒業後に働くことを条件に魔物学の専修課程へと進んだ。
魔物と共存していたことから、他の者よりも魔物についての知識が桁違いに豊富だったおかげだった。
そして、それは私にとっても、とても都合が良かった。
魔物研究所へ勤めることができれば、魔物の研究や調査をしながら、一族の住処を探すことができると思ったから。
私はその計画通り、魔物研究所に勤めながら、一族の住処を探し始めた。
そしてある日、森の中で捨てられた子供を見つけた。
酷く泣きじゃくりながら「帰りたい」と嗚咽を漏らすその子供が、まるで幼い日の自分と重なった。
堪らず、私はその子供に声を掛けていた。迷子かとも思ったが、このような森に一人でいるくらいだ、迷子の線は薄かった。
自分が生まれ育った孤児院にその子供を連れて行こうと考え、おぶって転移の魔術陣へと向かった。孤児院にもこっそりと、転移の魔術陣を置いてきてあったから。
それから、子供を見つけては、孤児院に送ってあげた。森に捨てられた子供たちが、やはり自分のように思えてならなかったから。
初めて助けてあげた子供が、私に会えた瞬間に見せた、とても安堵し心から嬉しそうにする様が、脳裏を離れなかったから。
その笑顔に、私まで救われた気がしたから。
一人目の子供と出会った時は、考える余裕はなかったが、二人目の子供を助ける時から幻影術を使い、自分の顔を認識阻害させた。
この国が魔術を禁忌としている以上、目立つことは避けたかったし、あらぬ災いが孤児院に降りかかって欲しくなかったから。
そして、森で迷っていた子供だけでなく、定期的に金銭的な寄付や食料も、孤児院に送り始めた。
孤児院が私の心の拠り所になっていたのかもしれない……
魔物研究所でも、ひたすら真面目に働いた。10年弱の歳月を経て、やっと見つけた。
その場所にあった住処は、朽ち果てて荒廃しきっていたが、それでも一部は綺麗な花が咲いていた。まるで、誇り高き一族を称えるかのように。
「ただいま、父さん、母さん、みんな、やっと帰って来れたよ」
そして、全てが終わった気がした。その時は、確かにそう感じた。
王都に戻ると、兼ねてから打診を受けていた、魔物学の教師への道を進むことに決めた。
この国では魔術を禁忌としているため、魔術を使えることを公表するなど、得策ではない。
魔術を後継に受け継ぐことはできないが、せめて、私が一族で得た知識の一端だけでも、後進の者たちに伝えたいと思ったから。
我が一族は魔術の他にも、魔物学や薬草学にも精通していたから、その知識が未来の子供たちの役に立てばいいと思った。
その選択が、私の運命の歯車を大きく狂わすことになると、この時の私は、全く予期していなかった。
晴れて王立魔法学園の教師となった私は、王城に出向く機会を与えられた。ーーそこで見てしまったんだ。
「嘘だろ、ここに『あの方』がいるはずがない」
そこにいたのは、紛れもなく両親がやっとの思いで召喚した「召喚獣ケルベロス様」の姿であった。
「まさか、ケルベロス様を召喚できる魔術師がこの国にいるのか?」
否、我が一族、私の両親ほど優秀な魔術師が他にいるわけがない。そして、両親も生きているわけがない……
そうなると、考えられることは、我が一族を襲った者が「奪った」ということ。
急いでケルベロス様を奪った者を探した。その者の姿を見つけた時、私の中の全てが壊れていった。
ケルベロス様と共にいたのは、王妃だったから。
「王妃が、ケルベロス様を……」
だとしたら、この国の誰かが我が一族を滅ぼしたというのか?
私が闇に堕ちた瞬間だった。
「この国を滅ぼしてやる。一族の仇、両親の仇を必ずこの手でとってやる。そして、奪われたものは必ず取り戻す」
復讐することを、心に決めた。
私は一族の住処に戻った。この場所に来ることはもう二度とない、と思っていたはずなのに。
私は、朽ちた神殿に隠された、あらゆる魔術について書かれた一族秘伝の禁書を手に取った。
それからというもの、ひたすら魔術の勉強をした。
最初のうちは、魔物を転移させる実験をした。魔物が魔術陣の上に乗ると自動的に目的の場所に転移させる仕組みだ。
その結果は、魔境の森で開催される魔物意見交換会ですぐに証明された。
「見かけるはずのない魔物が増えた」
私の実験は成功した。もちろん、時に失敗することもあった。アンデッドを召喚した時のことだ。
初めてアンデッドを召喚した際、誤ってアンデッドを取り逃してしまった。
アンデッドを召喚したことが誰かに知られてしまったら、私の計画は全て水の泡になってしまう。私の人生は、国の人質になるだろう。
急いでアンデッドの後を追ったら、黒っぽい猫と、少し遅れて女が現れて、そのアンデッドを退治していった。
冒険者ギルドに報告でもされて、大騒ぎになるのではないかと冷や冷やしたが、なぜか騒がれることはなかった。
正直、助かったと思った。騒ぎになったら、魔術師が生きていることが知られてしまうから。
私の復讐が遂げるまでは公にはできない。公にすれば国の監視下に置かれてしまう。それだけは避けなくては。
もちろん国に認められている魔術師がいるとの噂は知っていた。体育祭で魔法無効化の結界を張るという魔術師。だが、その姿は誰も見たことがない。
人前に姿を現さないのは、きっと姿を現すことさえも禁じられているのだろう。
どうして魔術師というだけで、そのような生活を強いられなければいけないのか?
「全ては国のせいだ、王族のせいに違いない」
しかし「本当にこれでいいのか」と葛藤することもあった。
王妃に直接聞ければ真実を知ることができるかもしれない。そんな機会が果たしてあるのだろうか……
答えは否。
相手は王族、正攻法では無理なことはわかっていた。だからこそ、非道な手を使う決意を固めた。
偶々、王妃がお忍びで出かけるという情報を掴んだ。人を雇って、王妃を誘き出そうとした。
お忍びであれば、信頼のおける護衛を付けるはずだ。もしかしたら、その中に一族を襲った者がいるかもしれない、そう思ったから。
「この村を悪く言う生意気なガキがいるから攫ってくれ。その母親にも少しお灸を据えてやれ。金は前払いで払うから、うまくいけばその後に同額払う」
しかし、失敗に終わってしまった。王妃とその友人による見事な戦いによって……
それが一つの仮説に行き着いた。王妃自身が元冒険者だということ。一族を襲ったのは、王妃が所属するパーティー。
それを裏付けるかのように、私が学園に通っていた当時、学園にはある噂があった。この学園に冒険者として優遇されている生徒がいるという噂。
全てが繋がった気がした。もう私の復讐心を止めることなどできなかった。
王都からすぐの場所にある古い孤児院を拠点とすることにした。そこは、以前私が住んでいた孤児院だから色々と都合がよかった。
何より今まで寄付をしていたおかげで、全く怪しまれることなく、新しい孤児院を建設したいという申し出を受け入れてくれたから。
新しい孤児院を村の近くに作り、引っ越しをさせた。これで子供たちが、王都に向かう魔物たちに襲われることはない。
古い孤児院に、森で実験をしていた自動式の転移の魔術陣を作った。それと同時に、古い孤児院自体に、中に入ったら仮死状態に陥る魔術をかけた。
魔物たちを治療する時に、両親が使っていた魔術だ。本来、暴れる魔物を一時的に大人しくさせるために使うもの。
この倉庫に魔物を転移させると、すぐさま魔物が仮死状態になる。そして強い魔物をどんどん転移させた。
維持するには沢山の魔力が必要となるし、定期的に確認しに行かなければならないけれど、転移の魔術陣があるのでさほど苦ではなかった。
「この魔物たちで、王都ごと襲ってやろう」
魔物は、大小合わせて100体近くにもなった。古い孤児院の中はもう飽和状態だが、これだけでは足りないかもしれないとの不安もあった。
再び、アンデッドを召喚する実験を試みた。私の残りの魔力で召喚できるのは、さほど強くないアンデッドのみだった。
「誰か他の者の血を。生贄を捧げよう」
そう考えた時に、偶然にも適任者を見つけた。
サファイア・オルティス
精霊に好まれ、あのフェンリルさえも従えているサファイア嬢の血なら、きっと強いアンデッドを召喚できるだろう。
そして何よりも、王妃と同じパーティーに所属していた冒険者の娘なのだから。
そして、サファイア嬢はなぜか、私が魔術師の末裔だと言うことを知っていた。
「絶対に、生かしておいてはいけない……」
準備が整うまでは、サファイア嬢の様子を窺いながらも、私の思い通りに動いてくれるように、サファイア嬢の信頼を掴むことに重きを置いた。
きっと、サファイア嬢は人を疑うことなど知らないのだろう。自分の母親が行ってきた非道な行いも。
そして、本番を前に、宿泊合宿で本当にアンデッドを召喚できるかを試してみることにした。
結果は成功した。
アンデッド相手に死ぬようでは、生贄には相応しくないと思っていたが、それさえも見事に乗り越えてくれた。
サファイア嬢こそが、最上級の生贄だろう。
生贄の血で魔術陣を発動させ、目醒めた魔物たちは、その生贄の血を求めて押し寄せる。
復讐する日は、一族が襲われた日。私の誕生日。
神は、私の味方をしてくれているのだろう。
その日は魔法学園の体育祭だから、王国魔導師団は体育祭に借り出され、国の警備も手薄になる。
王妃の息子であるレオナルド王子が学園の生徒だから、きっと王妃も見にくるだろう。それは、サファイア嬢の母親も同じ。
そしてもう一人。
王妃たちは、ケルベロス様の頭それぞれに名前を付けていた。
ベロニカの「ベロ」、スフェーンの「スー」、そしてもう一人。「ケル」が名に付く者。
一度に復讐ができる。これで漸く、全てが終わる。