体育祭
今日は待ちに待った魔法学園高等部で、三年に一度だけ開催される体育祭の日。
学園の体育祭は一風変わっていて、魔法学園なのに、国に認められた魔術師によって魔法無効化の結界が張られ、魔法が使えなくなる体育祭。
要は、普通の体育祭だ。
そして、そんなことを行う目的は、強い魔力を持つ者を王宮魔道士団がスカウトするため、なのだとか。
今日もこの体育祭のお客様に紛れて、王宮魔導師団の殆どの団員が来ているという噂もある。
ちなみに、魔法無効化と言っても、一定以上の魔力を伴う魔法であれば難なく使える。王宮魔導師団に入りたい者にとっては、絶好のアピールチャンスになるってこと。
私も三年前に氷魔法を使ってしまい、ラズ兄様には多大な迷惑をかけてしまった。今回こそは、絶対に魔法は使わないようにすると心に決めた。
「ジェイドは被り物競走に出るのよね?」
「はい、頭に被り物をつけて走るだけだから、一番簡単だと思っていたのですが、少しだけ選択を間違えました」
ジェイドが少しだけ言い淀んだのは、私に気を遣っているからだろう。
ジェイドが出る被り物競争は、頭に可愛らしい動物の被り物を被ってリレー競争をするのだけれど、その被り物を被ると全く前が見えない。
だから、危なくないようにゴールまで誘導してくれるペアがいる。誘導方法は自由で、声で誘導してもいいし、手を繋いでもいい。
ジェイドの相手はもちろん……
「ペアはノルンちゃんだもの。良かったじゃない。応援してるわね」
口では強がりつつも、内心はもちろん違う。
(運命の相手ってやっぱりいるのね。それともゲームの強制力とでもいうのかしら? 手を繋ぐの? 腕を組むの? もしかして、これこそが真のイチャラブイベントだったりして!?)
結局いまだに教えてもらえていないルーカス王子ルートのイチャラブイベント。
少しでもノルンちゃんとルーカス王子が関わっていると全てイチャラブイベントなのではないかと、疑心暗鬼に囚われてしまう。
「サフィーお嬢様は玉入れに出るんですよね? 私も精一杯応援しますから!」
「ありがとう。みんなの足を引っ張らないように、人混みに紛れることのできる種目にしたのよ。今日は、ジェイドのお母様も観に来るんでしょ?」
「はい、学生生活最後の行事だから観に来たいって言ってくれました。わざわざイーサン先生が招待状も出してくれたみたいですよ。ステファニーも観に来てくれるそうです」
「もしかして、レオナルド王子が朝からずっともふもふ様の恰好をしているのってステファニーちゃんのため?」
今まさに、開会式の真っ最中。選手宣誓を行うレオナルド王子は、もふもふ様の姿だった。
もうこの学園では「もふもふ様=学園のキャラクター=レオナルド王子」という統一認識ができているみたい。
誰も文句を言う人はいない。むしろ、アイドル並みの歓声が上がっている。
(やっぱり、もふもふは正義ね!)
「相変わらず、レオナルド王子はステファニーちゃんの前では、もふもふ様の姿を貫いているのね」
「あまり嘘を吐き続けると、真実を打ち明けるタイミングがなくなってしまうのに……」
「経験者は語る、ね。すごく気持ちが伝わってきたわ」
ジェイドの悲壮感漂う表情を見て、私は心が痛くなった。
そして、体育祭は順調に進み、昼食の時間になった。いつものメンバーで昼食を囲んでいると、ラズ兄様が駆けつけてくれた。
「玉入れ頑張ってたな」
「ラズ兄様! 観に来てくれた……あ、お仕事ですね」
ラズ兄様は王宮魔導師団で働いている、はず。だから、今日はスカウトする側、のはずだ。
(って、あれ?)
私は、ラズ兄様の瞳をジッと見つめた。ラズ兄様の瞳は、なぜか真紅色の瞳だった。
(どうして今日は、黒猫ちゃんなの?)
「さすがに気付いたか。まあいい。今日は絶対に魔法は使うな。髪飾りは付けてるか?」
「はい。髪飾りはもちろん毎日付けています!」
髪飾りとは、ラズ兄様がくれたお守りの石が付いた髪飾りのこと。一番のお気に入りで、ずっと身に付けている。
「ならいい。絶対に外すな。そして無理はするな。ただでさえ、激怒してるのに、何かあったら、さらに俺が恨まれる」
それだけ言うと、黒猫ちゃんバージョンのラズ兄様は去っていった。
(もしかして、お仕事の時は黒猫ちゃんになるのかしら?)
「サフィー様のお兄様って、王宮魔導師団で働いているんですか?」
「教えてくれないんだけど、そうなんじゃないかな。ノルンちゃんも今日は魔法は使わない方がいいよ。って、ノルンちゃんが三年前に私に教えてくれたんだから知ってるわね」
初めてノルンちゃんに会ったのも、三年前の体育祭の日。
あれからもう三年、時が経つのは早い。
「私の魔法は、誰かが病気や怪我をしないと威力を発揮できませんから、そもそも出番がないんですよ」
「聖魔法だものね。でも、ノルンちゃんはスカウトなんて必要ないじゃない」
だって、ノルンちゃんはチェスター王国へ行くことになるのだから。この前のデートでも、二人仲良く見つめ合っていたのだから。
「お義姉様!」
チェスター王国のことを考えていたら、タイミングよくステファニーちゃんが遊びに来てくれた。
ジェイドのお母様は見当たらないから、特別来賓席にでもいるのだろう。
「ステファニーちゃんも観に来てくれたのね。でも、私のことはお義姉様じゃなくて、サフィーって呼んでね」
「どうしてですか? お義姉様は、ルーカスお兄様と結婚するんだから……もしかして! ルーカスお兄様がお義姉様を怒らせるようなことをしたんですか!?」
ステファニーちゃんは、すごい勢いでジェイドのことを怒りはじめた。
(きっと、私のために怒ってくれているのよね。こんなに可愛い妹がいたら、きっと幸せだわ)
「ステファニー、後でゆっくり怒られてあげるから、まずはみなさんにご挨拶しなさい。話はそれからだよ」
ジェイドはうまくステファニーちゃんの話題を逸らしてくれた。
ジェイドも、ノルンちゃんの前で私と結婚なんて話をされて、要らぬ誤解をされたくないのだろう。
(時間的にもちょうどいい頃合いだし、私が退散しようかしら)
今日は重要な約束がある。ジェイドに気付かれないように、それとなく脱出を試みる。
「少し食べ過ぎちゃったから、今から食後の散歩にでも行ってくるわね」
そう言いながら席を立とうとした。
「サフィーお嬢様、私も一緒に行きます」
「せっかくステファニーちゃんが来てくれているのだから、ジェイドはゆっくりしてて。それに被り物競争は午後の部の一番最初でしょ? 早く準備しなきゃ!」
「だめです。今日は絶対に一人にはさせません」
「どうして? ここは学園だから絶対に安全よ?」
「どうしてもです。だって、サフィーお嬢様は絶対に、魔術師の方を探そうとするのでしょう? 自ら危険なことに首を突っ込むのはやめてください」
どうして魔術師の方を探そうとしていることを知っているのだろうか。
(こうなったら、開き直るしかない!)
「大丈夫よ。ちょっとだけだから。今日しか魔術師の方に会えるタイミングはないのよ?」
「だめです」
ジェイドは一向に引いてくれない。
「分かったわよ。じゃあ、諦めるわ」
もちろん私は諦めない。どうにかして、ジェイドを撒く方法はないかと、頭をフル回転させる。
ふと、私の目に映ったものを見て、私はいいことを思いついてしまった。
(私って、天才かも!)
そして、午後の種目に向けて、みんなが準備をし始めた。
「ふふ、これでジェイドも私だと分からないはずよ」
私は今、もふもふの着ぐるみの中にいる。
レオナルド王子は、昼食を食べる時は油断して、もふもふを着ていなかった。もふもふを着ていたら、ご飯が食べられないからだ。
それに、レオナルド王子もジェイドと同じ被り物競走に出るから、快く貸してくれた。
レオナルド王子がもふもふの上に、さらに被り物を被る姿も見てみたかったけれど。
「よし! これなら自由に動けるわね。応援するね、とは言ったものの、ジェイドとノルンちゃんのイチャラブイベントなんて見たくないし。今が絶好のチャンスよ!」
私はもふもふの着ぐるみを着て、魔物学教材室がある校舎に向かった。
「レオナルド王子、ここで何をしていらっしゃるのですか? ここは立ち入り禁止ですよ?」
校舎に入ろうとしたところで、呼び止められた。
「イーサン先生! 私ですよ」
「その声は、サファイア嬢? どうしてそんな恰好を?」
「ジェイドが、過保護すぎて魔術師の方を探させてくれないどころか、一人にさせてくれないんです! だから変装してきました。これなら私だって分からないはずです!」
現にイーサン先生も私のことを、レオナルド王子だと思ったみたいだ。
「従者君は私のことを警戒しているんだね。じゃあ、早いほうがいいね。おいで、いいものを見つけたよ」
「もしかして!」
「魔術陣があったんだ。ただ魔術師は見当たらないから、もしかしたら、そこから何処かに転移しているのかもしれないけどね」
「え! 魔術陣ですか? どこですか? 早く見たいです!」
「こっちだよ、とその前に、その着ぐるみは脱いだ方がいいんじゃないのかな?」
「やっぱり、目立ちすぎますよね?」
私は着ぐるみを校舎の入り口で脱いだ。
このもふもふの着ぐるみは、簡単に脱ぎ着できる優れものだ。さすが王族仕様。
魔物学教材室のある校舎は、体育祭中は立ち入り禁止になっているので、周囲には誰もいない。
イーサン先生に案内されたのは、立ち入り禁止の校舎の三階、魔物学教材室の前の廊下だった。
魔物学教材室の前の廊下の床面には、魔術陣が二つ描かれてあった。
「わあ! 本当ですね。魔術陣が二つも描かれているわ! これでどこかにいけないかしら? イーサン先生、先生の力で動かしてみてください! って、冗談ですけど」
私は魔術陣の上に飛び乗って、笑いながらイーサン先生に向かって冗談を言った。
冗談のはずだったのに……
イーサン先生が私の隣に立った瞬間、私の足下に描かれた魔術陣が、パァっと光を放った。
そして、次の瞬間には、全く知らない部屋の中に、私とイーサン先生はいた。
(本当に転移の魔術陣だったなんて……それを発動させるなんて……)
イーサン先生はやっぱり、魔術師の一族の末裔だ。
昼間なのにとても暗い雰囲気で、窓があるのに出入り口のドアは見当たらない。
部屋の中の至る所に魔術陣のような模様が描かれており、薬草と剣や杖などが飾られている。
そこは、とても不思議な雰囲気の部屋。
そして、とても甘い香りがする部屋だった。




