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【SIDE】 ジェイド:ノルンとの密会

 サフィーお嬢様のご様子が明らかにおかしい。

 全ては、ニイットーと話をしてからだ。


 サフィーお嬢様は、口では「俺とノルン様が結ばれればいい」と言ってはいるものの、その言葉とは裏腹に、その表情は「本当は嫌だ、結ばれて欲しくない」と告げているようだった。


 そのことについては、正直言って俺はすごく嬉しかった。

 ようやく、俺のことを一人の男として意識してくれるようになったということなのだから。


 思い返せば、ここまでの道のりは長かった……


 ノルン様との仲を疑うのは、サフィーお嬢様の前世の記憶の中にある、乙女ゲームのせいだから仕方のないことかもしれない。


 だとしても、途中「ラズライト様と……」と勘違いされた時は、どうしてそういう発想になるのだろうかと、サフィーお嬢様の思考回路が全くわからず、泣きそうになった。


 しかも、なぜか積極的に応援してくれていたし……


 今となっては笑い話だが、今回のサフィーお嬢様のご様子は、笑い話で済むような簡単なことではなさそうだ。


 どうしてなのか、サフィーお嬢様は、乙女ゲームの物語に囚われすぎている。乙女ゲームのサフィーお嬢様の役割は、悪役令嬢で断罪されて、最悪……


「運命」という言葉を繰り返すサフィーお嬢様は、まるで、破滅エンドとやらを受け入れているとしか思えないような思い詰めた様子だった。


「ああ、これも全てニイットーのせいだ。あいつが余計なことを言ったから」


 運命なんて、今までサフィーお嬢様が幾度となく変えてきたのに。俺の呪われた運命だって、サフィーお嬢様が変えてくれた。


 魔法が使えない出来損ない、という運命を。

 魔物に襲われて死ぬ、という運命を。


 それなのに、どうしてサフィーお嬢様は「運命」というものはおろか、「死」というものにまで囚われてしまっているのだろうか?


 俺はもう、この方に縋るしかなかった。



「ノルン様に、お願いがあります」


 サフィーお嬢様が囚われている「運命」という呪いから解くために、ニイットーの歓迎会の最中、ノルン様に頭を下げた。


「無理よ」

「まだ、何も言っていませんが……」

「サフィーちゃんを、乙女ゲームの世界から解放させてあげたいんでしょ?」

「よく分かりましたね」


 本当に、このお方は周りのことをよく見ている。


「でも、それはできないわ」

「どうしてですか? 乙女ゲームを全て攻略されたあなたなら可能でしょう?」


 俺の願いは一蹴された。もちろん納得などできるわけがない。


「だって、サフィーちゃんたちが、ルーカス王子ルートを攻略することを望んでいるんだから、邪魔はできないわ」

「それがおかしいんです。目を覚ますように言ってください。乙女ゲームの世界と同じなんて、絶対にあり得ないでしょう?」

「私も同感よ。この世界がマジ恋の物語と全く同じだなんて思いたくないわ。運命は自分で切り開くものよ」

「それなら、どうして?」


 俺はノルン様の言葉に納得がいかず、感情のまま言葉を放った瞬間、サフィーお嬢様の気配に気付き、思わずビクッと身体が反応してしまった。


(絶対に、怪しまれた……)


「サフィーちゃんのいないところで、また改めて話しましょう」


 ノルン様は小声で話し、後日、外で会う約束をした。


 サフィーお嬢様に内緒でノルン様と外で会う。万が一、サフィーお嬢様に見られたら、きっとまた、盛大に誤解をされてしまうだろう。


 けれど、今日はミリーも他の用事でいないから、サフィーお嬢様は屋敷から出ないはずだ。俺はその日を狙って、ノルン様と王都の街で会った。


 指定された場所は、冒険者ギルドの近くにある広場だった。ここには武器屋や防具屋、鍛冶屋などしかなく、冒険者以外の女性が来るようなお店はなく、俺にも都合が良かった。


 万が一、サフィーお嬢様が外出されても、こっちの方には来ないだろうから。


「それで、どうしてノルン様は乙女ゲームの通り、演じ続けるのですか?」

「本当に、サフィーちゃんのことになるとせっかちね」


 俺はノルン様を睨み付けた。俺に冗談を言っている余裕はない。


「怖いわね。さっさと済ませたいってことね。えっと、そうそう、ルーカス王子ルートを攻略することだけは、あなたにも邪魔させないわって話よね。だってそれは、サフィーちゃんの願いでもあるけど、あおいちゃんの願いでもあるからよ」


 随分とあっさり答えてくれたことに驚きつつも、それ以上に「あおいちゃん」という名前が出てきたことに、俺は驚きを隠せなかった。


「あおいちゃんって、もしかして前世のサフィーお嬢様のことですか?」


「あおいちゃん」と言う名前を出した瞬間、ノルン様は、ゆっくりと優しい笑みを浮かべた。それは、オルティス侯爵家のみなさんがサフィーお嬢様を見る時のような優しい眼差しで。


「前世の私の後悔は、あおいちゃんの願いを叶えることができなかったことなの。私は前世の記憶を思い出した時、マジ恋の乙女ゲームに対する思いと、そのあおいちゃんっていう女の子に対する想いが鮮明で、思わず涙が零れたわ」


(前世のノルン様が、そこまで前世のサフィーお嬢様のことを思う? 一体、前世のお二人にはどういうご関係が?)


「それなら、なおさらどうしてですか? このままではサフィーお嬢様は乙女ゲームに囚われすぎてしまい、最悪……」


 俺は言いかけたところで口を噤んだ。その言葉を口にしてしまったら、本当に起こりそうで怖くて、どうしても言いたくなかった。


「サフィーちゃんが、どうして自分が断罪される運命、破滅エンドさえもあれほどまで、受け入れることができるのか分かる? 普通なら回避することを選ぶでしょ?」

「はい、今の私だったら、逃げてでも生き残る道を探ると思います」

「普通はそうだと思うわ。けれどね、サフィーちゃんの前世の記憶、あおいちゃんの記憶が『死は受け入れなければいけないもの』『死ぬ運命は、抗うことのできない仕方のないもの』だと悟ってしまっているの」

「確かに、以前打ち明けてくれた時も、運命には抗えないと仰っていました」


 その考え方自体が、サフィーお嬢様の思い込みだと言うのに。


「それはね、前世の私が、あおいちゃんに余命宣告をしたからよ」

「余命、宣告?」

「仕方のないことだけれど『10歳までしか生きられない』と、あおいちゃんの命に期限をつけたの。まるで『卒業式の日の断罪イベントまでしか生きられない』というサフィーちゃんと同じよね。その日から、あおいちゃんの人生には常に『死』が纏わり付いていた。死を意識しながら歩む人生が、彼女の『普通』なの。それに、没落の道を選ばないのは、家族に迷惑をかけたくないからだと思うわ」


 それは、ノルン様が今までに見せたことのないような、深い悲しみを感じさせる言葉だった。


「やっぱりあなたは、サフィーお嬢様の前世のお医者様なんですね?」

「いつから気付いてた?」


 ノルン様は、ふっと笑いながら俺に尋ねた。


「魔物討伐試験のバーベキューの時です。サフィーお嬢様が前世の名前を口にされた時にノルン様が『やっぱり』と仰られていましたから」

「あぁ、そんな些細なことを覚えていたの。そうね、少しだけ私の前世の話をしましょうか? あおいちゃんは前世の私の患者さんよ。娘ほど年齢が離れていたけれど、本当の妹のように可愛がっていたみたいね」

「すごく優しくしてくれて、マジ恋のゲームも貸してくれたって感謝もしていました」


 前世のサフィーお嬢様の、とても大切な人だった。


「それよ! マジDEATHをやってからのマジ恋は当たり前のルートだから、てっきり貸してるとばかり思っていたのに、R15だからって貸していなかっただなんて! きっと柄にもなく真面目な保護者ぶっていたのね。それに気が付いた時には、本当にショックだったわ」

「仰っている意味がよく分かりませんが、大変だったんですね……」


 俺はなぜかノルン様にジトリとした目で見られ、ため息まで吐かれた。


「保護者と言ってもいいくらい、前世の私にとって、あおいちゃんは家族同然の存在だったってこと。そのあおいちゃんの記憶を持つサフィーちゃんに会って、あのノートを見た時に、前世の私の代わりに、あおいちゃんの夢を叶えてあげようと心に決めたの。前世の記憶を思い出した時に聖女の力にも目覚めることができた。私を変えてくれたのは、前世の私のおかげでもあるから」

「それなら、どうして乙女ゲームを続けるのですか?」


 分からない。誰しもが、この乙女ゲームを少なからず疎んでいる点があるというのに。ニイットーは例外として。


「だから、あおいちゃんもサフィーちゃんも、ルーカス王子ルートを攻略することを望んでいるからよ。そのために私はあの子の前で、乙女ゲーム通りのぶりっ子を演じているんだから」

「やっぱりこちらが素なんですね。まさか、ニイットーに対する扱いも素で……」


 俺はノルン様にすごい剣幕で睨まれた。間違いなく図星だろう。


「あなたもサフィーちゃんのやりたいことが書かれたノートを見たんでしょ? 約束したのなら最後までサフィーちゃんの願いを叶えてあげなさいよ」


 俺はサフィーお嬢様と約束をした。必ず、サフィーお嬢様の願いを叶えると。


 けれど、一つだけ叶えたくないものがあった。


 華々しく散る、という願い。


「私もサフィーちゃんの願いを叶えてあげてもいいと思ってるわ。そして、----- 」


 ノルン様の言葉に、俺は「はい」と、返事をした。

 例え、サフィーお嬢様に「裏切った」と思われたとしても、ノルン様のこの言葉を信じると決めたから。


「私にその身を捧げる覚悟があるってことでいいのね?」

「ええ、ノルン様の望まれるがままに」


 俺は、ノルン様の目をしっかりと捉えて言葉を放った。ノルン様は、不敵な笑みを浮かべてこう言った。


「ルーカス王子ルートの断罪イベントのスチルシーンの通り、サフィーちゃんにはチェスター王国の紋章入りのナイフで刺されてもらわなきゃいけないわ。だから、あなたの持っているナイフを私に渡しなさい」


 その時、一気に色めき立つ悲鳴があがった。何事かと驚いた俺は、周りの人たちの視線の先を見た。


「サフィーお嬢様!?」


 ラズライト様にお姫様抱っこをされたサフィーお嬢様だった。


(俺とノルン様が一緒にいるところを見られた!?)


 俺は動揺した。


「邪魔者は、早く片付けるべきね」


 ノルン様が呟いた一言さえ、聞き逃してしまうほどに。





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