歓迎会
ニイットー王子の歓迎会の日がやってきた。
「わあ、すごい! 全部美味しそう!!」
ニナちゃんがテーブルの上に並べられた料理を見て、感嘆の声を上げてくれた。
今日は立食形式で、好きなものを好きなだけ食べられるようになっている。
「料理人さんの腕前は抜群だから、本当に美味しいの。だからいっぱい食べてね」
「本当にいつ見ても、オルティス侯爵家の料理は珍しいものばかりで、どれも美味いよな。どこからその食の知識が生まれるんだ?」
「オルティス侯爵家の秘密ですよ! 気に入った料理があれば、サンデー料理長にレシピをお渡ししますね」
最近、サンデー料理長に、また料理教室を開いて欲しいと懇願されている。
なんでも隣国にその知識が伝わる前に教えてほしいそうだ。隣国に伝わることはないと思うけれど、レシピ本は残しておこうかなと考えている。
そして、気になる今日の歓迎会の参加メンバーは、主役のニイットー王子、レオナルド王子、イーサン先生、ワイアット様、ニナちゃん、ノルンちゃん、ジェイドだ。
突っ込みどころ満載のこのメンバーが集まるこの会は、歓迎会という名のマジ恋オールスター感謝祭!
残念ながら、ラズ兄様はお仕事で不参加だ。
「サフィー様、私、とても感激です! まさか、本当にお米が食べられる日が来るなんて!!」
ノルンちゃんが、目を輝かせながら喜んでくれているのを見て、私も嬉しくなった。
だって、私も初めて食料庫でお米や味噌を見つけた時は、懐かしさがこみ上げるほど感動したのだから。
「お母様が、お土産用のお米も用意してくれたの。醤油や味噌もあるから、まとめてノルンちゃんのお家に届けるわね」
「嬉しいです! とても綺麗なお母様にどうぞよろしくお伝えしてください。……ちょっとそこの豚! お肉ばっかり食べていないで野菜も食べなさいよ」
「ぶひっ」
ぽっちゃり王子は、とうとう豚扱いになってしまった。けれど、尻尾を振って喜んでいる。
今日の料理は、ダイエットの邪魔になりすぎないように、可能な限りヘルシーに仕上げてもらっている。
カレーは油不使用の野菜たっぷりカレーにしたり、豚カツのお肉はこっそり豆腐を薄切り肉で巻いたものだったりする。意外と分からないし、美味しくできた。
「サファイア嬢、これ……」
「はい! お母様にお話ししたら、ご用意できたんです! このお料理でいいんですよね?」
イーサン先生がリクエストしたボルシチューは、前世でいうボルシチみたいな煮込み料理に、たくさんの薬草を入れて作る料理だった。
「ああ、間違いなくこれだよ。しかもこの味……俺が子供の頃に食べた味と全く一緒だよ……」
イーサン先生は、少しだけ瞳が潤んでいるようだった。私もその姿を見て泣きそうになったけれど、イーサン先生の涙には気付いていない振りをして、話を続けた。
「実は薬草も本邸の方で作っているんです!」
アルカ先生の管理する薬草園には、本当にたくさんの薬草が栽培されている。おそらく、国で一番の薬草園だと思う。
「薬草も栽培しているのか? ボルシチューに入れる薬草は、毒にも薬にもなる薬草ばかりだから、栽培するのはとても難しいはずだぞ?」
「毒にも薬にも?」
確かに、毒と薬は表裏一体で、毒の中から薬が生まれるって話は良く聞く。
きっと私には、全く見分けがつかないだろうけれど。
「ああ、幻覚作用を起こすものや、食べ方を間違えると毒素が身体中に周り、死に至るものもある。私も昔、生で薬草を食べて死にそうになったり、燻した香りを吸ってヘロヘロになって怒られたよ。身体に害のあるくせに甘くていい香りなんだよな」
「ふふ、イーサン先生は随分とやんちゃだったんですね」
「そのかわり、きちんと理解して使うと、痛みを抑える作用があったり、毒消しの効果があったり、万能薬にだってなる。よく母が薬草茶を作ってくれたよ。苦かったけれど、時々、無性に飲みたくなるんだ」
「それも思い出の味なんですね」
「ああ、もしよかったら、ボルシチューに使った薬草も分けてくれないか? 家に帰っても作って食べたいんだ」
「はい、すぐにお母様に頼んできますね。たぶんお庭にいるはずですから」
お母様は、歓迎会の会場には入ってこないで、歓迎会の会場から見える庭園で優雅にお茶を飲んでいる。イーサン先生に気付いてもらえるように、わざとだろう。
だって、お母様は悪女だから。
「あら! お母様のワンちゃんが来ているわ」
窓から庭園にいるお母様の方を見ると、お母様の足元にワンちゃんがいるのが見えた。
「ワンちゃん? どれどれ?」
魔物が好きなイーサン先生はやっぱり動物も好きみたい。
「あのワンちゃん、消えるようにすぐにいなくなっちゃって、実は私、まだきちんと会ったことがないんです」
イーサン先生はお母様のワンちゃんを見て、なぜかとても驚いていた。
「……そりゃそうさ、あの方はとても珍しい方だから」
「あの方?」
イーサン先生は、ワンちゃんに対して、とても珍しい呼び方をしていたことに、少しだけ不思議に感じた。
「じゃあ、王妃様のワンちゃんも珍しいんですね。お母様のワンちゃんがスーちゃんで、王妃様のワンちゃんがベロちゃんってお名前なんです! とってもそっくりなワンちゃんなんですよ。私、さっそく行ってきますね!」
私はイーサン先生に断って、足早にお母様のところへと向かった。
「ワンちゃん、じゃなくて『召喚獣様』だよ。それも、高等な魔術師しか召喚できないくらい神聖なお方だ。そうか、やはり君のお母様だったのか……それなら、奪われたものはどんな方法を使ってでも、返してもらわなきゃいけないね……」
そのイーサン先生の呟きは、私には聞こえなかった。
「お母様、何かご用ですか? さっきまでワンちゃんがいたはずなのに、また会えなかった……」
今日こそは会えると思っていた私は、がっくりと肩を落とした
「ふふふ、残念ね。サフィーちゃん、イーサン先生のご様子はどう?」
(やっぱり、イーサン先生のことが気になるのね。お父様を泣かせたら許さないですからね!!)
キッと睨んでも、お母様は澄ました表情だ。悪女はこれくらい堂々としていないと、悪役という役割を果たせないのかもしれない。
「……イーサン先生、故郷の味と同じだと言って、すごく喜んでくれていました。薬草も手に入らないのに凄いねって。お家でもボルシチューを作りたいから、できれば薬草を貰いたいって言っていました」
「そう、それならよかったわ。いっぱい食べてもらってね。作った方も喜んでいるわ。でも、故郷の味を食べれば、少しは思い直してくれるかなとも思ったけれど、彼の意思は固いのね。しかも彼の勘違いの原因がワンちゃんだったなんて……」
(ワンちゃんが原因の勘違い?)
前世でも、ペットを巡る男女間のトラブルの話を聞いたことがある。別れ際にどちらが引き取るかで揉めるのだとか。
「……お母様、イーサン先生に何かお伝えしますか?」
「大丈夫よ。もうこれ以上、彼を刺激したくないわ」
お母様のその言葉に、思わずじとりとした視線を送ってしまう。
きっと、お母様がここにいることが一番の刺激に違いない。だって、イーサン先生はずっとお母様のことを見ているのだから。
お母様に、自分の部屋に戻るように促してから、歓迎会の会場に戻り、みんなで楽しいひとときを過ごした。
「少し早いけど、私は先に帰らせていただくね」
「今日は来てくださってありがとうございました。ずっと去年の宿泊合宿のお礼がしたかったんです。少しはイーサン先生のお役に立てたのなら嬉しいです。これ、よろしかったらお持ちください」
ボルシチューとお母様に用意してもらった薬草をイーサン先生にお渡しした。
すぐに用意できるあたり、薬草も渡そうと準備していたのだろう。
「ありがとう。今日は本当にここに来て良かったよ。ようやく決心がついた。……サファイア嬢、もしよかったら、体育祭の日に少しだけ時間を貰えないかな?」
「体育祭の日、ですか? あ! もしかして、魔法無効化の結界を張る魔術師の方を捜すんですか? ぜひ、ご一緒したいです!」
「はは、やっぱり君もやんちゃだな。当日はできれば、サファイア嬢一人で来てくれると嬉しいな。従者君には、もちろん内緒で」
「はい! 楽しみにしてます」
「今日は本当にありがとう。ごちそうさまでした」
私はイーサン先生を見送ると、歓迎会の会場に戻った。
そして、戻ってすぐに、私は見たくもない光景を目の当たりにしてしまった。
ノルンちゃんとジェイドが部屋の隅で、二人だけで寄り添うように、こそこそと話しをしている光景を。
私が部屋に戻っていることに気付いていなかったのか、ジェイドは私に気が付くと、ほんの一瞬だけ、ビクッと反応した。
それを見逃すことなどできなかった。
(私に聞かれたくないような内緒の話なの? そんな話、今しないでよ……)
そう思わずにはいられなかった。けれど、ジェイドには幸せになってもらわなきゃいけない。
(二人を応援するって決めたのに、こんなことくらいで動揺してちゃだめじゃない!)
気合を入れ直すために、自分の頬を両手でペチンと叩いたところ、ノルンちゃんが私に気が付いた。
「あ! サフィー様。イーサン先生のお見送りは終わったんですか?」
「うん、楽しかったって喜んでくれてたわ」
「お家に招待して、お見送りの時に二人きりで内緒話。まるで、イーサン先生ルートのイチャラブシーンのようですね」
「……内緒話なんてしてないから。内緒話をしていたのはノルンちゃんとジェイドじゃない? もしかして、これがルーカス王子ルートのイチャラブなの?」
「ルーカス王子ルートのイチャラブは、もっと命懸けでいて、とても甘いです! 私たちの内緒話は、そのイチャラブのために必要なくらい重要な内緒話ですから、サフィー様には秘密です! 邪魔しないでくださいね」
ノルンちゃんはジェイドにぴたりと身体を寄せて私を牽制した。
(そうよ、私は二人にとって、ただの邪魔者なんだから。二人の幸せのためにはいない方がいいんだわ)
唇をキュッと噛み締めて、私は自分の素直な気持ちを押し込める。
「はいはい、邪魔者は向こうに行くね。あ! ニナちゃん!!」
私は、わざとらしくニナちゃんの名前を出して、二人の前を立ち去ろうとした。
「サフィーお嬢様!」
聞こえているのに、ジェイドが私を呼ぶその声を無視してしまった。今の私の顔はとても見せられたものじゃないから……
私は二人から少し離れると、心を落ち着かせるために、テーブルの上のジュースを一口飲んだ。
ふぅっと一息ついたところで、タイミングよくニナちゃんと目があった。
「あ! サフィーちゃん、聞いて欲しいことがあるの」
「どうしたの?」
ニナちゃんは隣に立つワイアット様を見上げて、見つめあいながら照れ笑いをし、そして、こっそりと教えてくれた。
「まだ内緒なんだけど、私たちね、婚約することが決まったの。今度、正式に手続きをするの。その時は改めてご報告するね。これも全てサフィーちゃんたちのおかげだよ。本当にありがとう」
頬を真っ赤に染めながら、とても嬉しそうに話してくれた。
それを聞いた私は、自分の事のように嬉しくなって、思わずニナちゃんに抱きついた。
「本当におめでとう! 良かったわね!!」
自分には叶わないことだから、大好きなニナちゃんが、私の代わりに幸せになってくれることが嬉しかった。
「私ね、諦めることしか考えてなかったのに、サフィーちゃんから諦めちゃいけないってことを教えてもらったの。もし、あの時、あのまま冒険者になっていたら、きっと私は死んでいたかもしれないもの」
「何言ってるの! もしも冒険者になっていたとしても、ニナちゃんなら伝説の冒険者だって夢じゃないわ!」
「ふふ、それはさすがに無理だよ。でも、伝説の冒険者って女性の人たちなんだって! 格好良いよね!」
「そうなの?」
「とっても綺麗な人で、スタイルも抜群にいいって話だよ。そしてびっくりするほど強いんだって!」
「あら、格好良いわね! 私も冒険者になろうかしら」
冒険者になって、断罪イベントなんて力業で回避してしまえるくらい強くなりたい。
「サファイア嬢には無理だろう。一角兎も捌けなかったんだもからな」
私とニナちゃんの話を隣で聞いていたワイアット様は、呆れ果てて苦笑いだった。
「……ですよね」
私が冒険者になったら、きっと断罪イベントを迎える前に死亡エンド確定だろう。