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お母様は悪女!?

「俺のノルン、今日は何をすればいいんだい?」


 ニイットー王子は、ノルンちゃんの鬼のような扱きにも耐え、むしろ喜びを感じながら、学園生活を満喫していたところ、柔らかい壁から、ぽっちゃり王子に見事に変身を遂げた。


 要は、ノルンちゃん指導の下、体質改善、ダイエットに励んでいる。


 聖女様の本能なのか、不健康な人を目の前にして、いてもたってもいられなくなったみたい。


 これでは、本当に理想の王子様育成ゲームだ。


「生活習慣病を改善するために、適度な運動はしてきたけれど、やっぱり食事制限がうまくいかないわね。健康的で美味しい食生活と言えば、日本食が一番だけど、まず、お米なんて手に入らないものね」


 ノルンちゃんとニイットー王子は「お米が食べたい、日本食が恋しい」と連呼していた。


「お米なら、うちにあるわよ?」


 偶々近くを通りがかった時に、二人の会話が聞こえてしまった私は、思わずそう告げていた。


 私がもたらした朗報に、二人は驚きと歓喜が入り混じる声を上げる。


「「えっ!!」」


 ノルンちゃんとニイットー王子は、二人揃ってグイッと私の方へ身を寄せてきた。


 ニイットー王子は、最初こそは性格が悪い最低な人だと思っていたけれど、あれは相手から罵倒されるのを望んでわざと言っていることだった。

 はっきり言って、とても面倒な人だ。


「ノルンちゃんに言ってなかったかしら? お母様がどこからか手に入れてるの。海苔もあるし、味噌や醤油もあるわ。食べたいものを言ってくれれば、きっとお母様なら何とかしてくれるはずよ」


 オルティス侯爵家の食料庫は、相変わらず品揃えが抜群だ。


「「食べたい!!」」


 やはり前世日本人としては、日本食が恋しいようだ。私もそうだったから、その気持ちは痛いほどよく分かる。


「それなら、ニイットー王子もダイエットを頑張っていらっしゃるし、たまには息抜きとして、日本食でお食事会でもどうかしら? ニイットー王子の歓迎会も兼ねて!」

「サファイア、意地悪そうな顔のくせに、意外といいやつなんだな。やっぱり俺の側室になりたいのか?」


 これさえなくなれば、もっと素敵な王子様になれるかもしれないと切実に思う。でも、どうしてか、これがなくなったニイットー王子を想像できない。


 ニイットー王子は私たちの前では、もうすでに裏表なく言いたい放題だ。それはそれでいっそ清々しい。


「サフィーお嬢様に変な口の聞き方をしないでください。いくら王子と言えど、王子という立場だからこそ、失礼すぎます。その口がいけないんですかね!?」


 ジェイドがニイットー王子の両頬を両手で挟んだ。まだ頬のお肉がたぷんたぷんのニイットー王子は、頬のお肉で顔が潰されて、とても面白い顔になっていた。そこで気付く。


(はっ! 前に私もジェイドに頬を挟まれたわ! やだ、あんな変な顔になってたの!?)


 ジェイドの前で不細工な顔になっていたことを知り、ショックを隠せなかった。


「ルーカス、ちょっと顔がいいからって、調子に乗ってるんじゃねーぞ」


 変な顔のまま文句を吐くニイットー王子とジェイドは、兄弟で戯れあっているようにも見える。それを言ったらジェイドに怒られたけれど。


「サフィーお嬢様、ニイットーのことは甘やかさなくていいですからね。ノルン様くらい厳しくしてやってください」

「そうですよ! 豚は豚小屋に帰れ、くらい言ってあげてください」

「ぶひひ」

「ノルンちゃんのその言葉を聞いて、ニイットー王子は喜んでるわ。逆効果よ。それに私も日本食をぜひみんなにも食べてもらいたいもの。好きなものは好きな人たちと共有したいわ」

「なんだ、サファイアは、やっぱり俺のことが好きなのか?」

「……ニイットー王子って、すごいポジティブですよね。それじゃ、何か食べたいものはありますか?」


 二人は私の言葉に目を輝かせながら、次々に食べたいものを言いはじめた。


「肉じゃが! 天ぷら! 豚カツ! カレー!」

「ちょっと、そこの豚! カロリーの高いものばかり頼むんじゃないわよ! お寿司、豆腐、お味噌汁!」

「ボルシチュー」


(ん? ボルシチュー?)


 私の後ろから聞こえるこの声の主は……


「イーサン先生!」


 私たちのクラスの担任のイーサン先生だった。


「ボルシチューってなんですか?」

「ボルシチューは私の故郷の料理なんだ。もう何年も食べていなくてね。薬草を使って作るんだけど、薬草自体が手に入らないんだ」

「薬草を使った料理ですか? 初めて聞いた料理です。私でも作れるのかしら?」


 イーサン先生には、去年の宿泊合宿でお世話になったままお礼ができていない。


 もしボルシチューが私にも作れる料理なら、あの時のお礼代わりに作ってあげたい。故郷の思い出の料理なら、なおさらだ。


「真剣に考えなくていいよ、私も言ってみただけだから。それに、オスシもミソシルも知らない料理だから私も食べてみたいな」

「それなら、イーサン先生も歓迎会にいらっしゃいませんか?」


 ということで、王都のオルティス侯爵家別邸でニイットー王子の歓迎会が開催されることになった。



「お母様、ご相談があるのですが、お時間をいただいてもいいですか?」

「あら? どうしたの?」

「今度、学園のみんなでお食事会をやりたいのですが、お母様はボルシチューって料理をご存知ですか?」

「ボルシチュー? 聞いたことないわね? どんな料理なの? 美味しいの?」


 お母様は以前はフードアナリストみたいな仕事をしていた、らしい。だから、知らない料理には興味津々のようだ。


「学園のイーサン先生の故郷の料理みたいなんです。あ! お母様も覚えていらっしゃるんじゃないですか? イーサン先生は、お母様の同級生って仰ってましたよ?」

「もちろん、イーサン先生のことはよく知ってるわ。そのお食事会にイーサン先生もいらっしゃるの?」

「はい! 前にイーサン先生に相談に乗ってもらったお礼がしたかったので、お誘いしました」

「あら? サフィーちゃんに相談するような悩み事があったってこと? 私に相談してくれたらよかったのに」


 実に返答に困る。お母様に相談したら大ごとになりそうで、恐怖でしかない。


「すみません、去年の宿泊合宿の時に成り行きで」

「そう。それで、イーサン先生はどんなアドバイスをしてくれたの?」

「えっと、秘密を打ち明けられる人がいるということは幸せなことだ、とか、秘密を誰にも言えずに悩む人もいるんだよ、と仰ってました。だから私はすごく幸せなんだな、恵まれてるなって再認識したんです!」


 ジェイドのことで悩んでいたなんて、口が裂けても言えない。


 むしろ、お母様がいち早くジェイドがルーカス王子だと気付いて、色々と対処できたのか、そちらの方が聞きたかった。けれど、変に勘繰られたら暴走しそうなのでやめた。


 申し訳ないけれど、私にはお母様の期待には応えられないから。


「秘密で悩む、ね。それって、やっぱり私のせいよね。けれど、彼の生活を壊すことなんてできないもの……」

「お母様?」


 私はお母様の言葉に、声も出せぬほど驚いた。


(今、私のせいって言った?)


 その言葉をもとに、ある推測が私の頭を駆け巡る。



 私のせいで、彼の生活を壊せない。


 それは、お母様とイーサン先生が昔お付き合いしていたということ。


 だから、イーサン先生のことを“よく”知っているのだろう。


 けれど、お母様は幼馴染みのお父様との大恋愛の末の結婚だ。だから、イーサン先生とは、あろうことか二股で、お母様の秘密の恋人だった。


 そして、その時のことを、イーサン先生は今も悩んでいるのかもしれない。


 しかも、魔物意見交換会で、お母様とイーサン先生は毎年顔を合わせていた事実。一年に一回の逢瀬は、まるで織姫様と彦星様みたいだ。


 それらを全て総合すると、とんでもない推測が成り立った。


 イーサン先生は、今もなお、お母様のことを想っている。そして、お母様の娘だから、私にとても優しいということ。


 イーサン先生のルートに乗っているとか勘違いしていたけれど、全然違った。


 イーサン先生は、今もお母様のことが忘れられなくて、私にお母様の面影を重ねている。



(嘘!? お母様って、めちゃくちゃ「悪女」じゃないの!!)


「ふふふ、サフィーちゃん、考えてることがダダ漏れよ。かなり勘違いしちゃってるみたいね。ま、いいわ。イーサン先生の故郷の味ね。それならすぐに分かるわ。用意してもらうわね」

「あ、ありがとうございます!」


 イーサン先生の故郷の味まで知っているなんて。ただならぬ関係ではないっていう証拠だ。


(気になる、お母様とイーサン先生の関係……)





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