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幸せな未来のために

 チェスター王国の第三王子、ニイットー王子がどのような方なのか。


 言葉では言い表せない、言葉にしたくないような癖の持ち主だった。


 ノルンちゃんの裏の顔を見抜くあたり、実はとても優秀なのかもしれない。


 けれど、ニイットー王子の癖を早々に見抜き、その意向を汲んで実行に移すノルンちゃんは、それ以上に凄いと思う。


「サフィーお嬢様、お怪我はありませんでしたか? 身内の恥を晒すようで大変お恥ずかしい限りです……」


 ジェイドがやっと、正気を取り戻したようだ。


「ねえ、ジェイド、もしかしてジェイドもニイットー王子みたいな癖を持っているの?」


 ジェイドに尋ねてみると、ジェイドはものすごい勢いで、頭を左右に振って否定した。


「持ってません! ニイットーも昔はあんな子ではなかったんですよ。それなのに、本当にノルン様に申し訳ないです。女性にあんなことをさせてしまうなんて……」


 王子に辛辣な言葉を使い、飛び蹴りを喰らわす女性、そんな噂が広がってしまわないかと、ジェイドはノルンちゃんのことを心底心配をしている。


(ノルンちゃんの未来が心配よね。でも、ノルンちゃんはこの乙女ゲームのヒロインだから大丈夫よ)


 乙女ゲームのヒロインには幸せな未来が約束されているのだから。


「ジェイドはノルンちゃんへの……恋心? みたいなものが芽生えたり、心境の変化があったりはするの?」


 ジェイドは、ルーカス王子ルートの始まる三年の新学期のタイミングで男前度が上がった。


 もし、ゲームの強制力がそうさせたのなら、ゲームの強制力で、ジェイドの心境にも変化があってもおかしくはない。


 けれど、私の言葉を聞いたジェイドは、明らかに不機嫌になってしまった。


「サフィーお嬢様、それはわざと言っているのでしょうか?」

「だって、ノルンちゃんがルーカス王子ルートを選択しているのは明白でしょ?」

「はあ、もう、どうしてそんなに乙女ゲームに拘るんですか? もしかしてニイットーに言われたことを気にしているんですか?」


 心を見透かされたようで、ドキッとした。


(遠くにいたのに、私たちの会話が聞こえていたのかしら? いや、普通に考えても無理よね?)


 ジェイドが待機してくれていた場所は、普通なら私たちの会話など聞こえるはずのない距離だった。


 けれど、ジェイドが指摘した通り、私がこんなことを言い出したきっかけは、ニイットー王子の言葉だ。



『サファイア、お前はもうすぐ断罪されて死ぬんだから、もっと自分の運命を考えた方がいいんじゃないのか?』



 この言葉が、私の心と記憶に突き刺さった。


 自分以外の人からはっきりと「お前」は断罪されて「死ぬ」と宣告されたこと、それは前世の私が経験した「余命宣告」と似た意味を持つものだったから。


 今まで、ノルンちゃんが私にルーカス王子ルートの説明をしてくれた時は「サフィー」ではなく「サファイア」が刺されると、説明してくれていた。


 だから「私」ではなく「乙女ゲームのサファイア」の話だと、私はきっと無意識に逃げ道を作っていたのかもしれない。


 そして、それは「平和に卒業できるかもしれない」との淡い期待を生んでいた。


 けれど、私と同じ前世の記憶があるニイットー王子に、はっきりと「お前は断罪されて死ぬ」と言われたことで、私は自分の運命と人生の終わりの日を明確に知らしめされた。


 断罪イベントがある卒業式の日までが「私の余命」だということ、乙女ゲームの出来事が現実に起こるということを、本当の意味できちんと受け入れなければならないと思わされた。



「余命は絶対だ。それは、決して抗うことのできない運命だ」



 前世の記憶がそう告げているからこそ、目を背けずに向き合わなければならない。


 だから、その残された限りある「余命」をどう過ごしたらいいのかを考えた時、真っ先に、ジェイドの未来を幸せなものにしたい、と思った。


 それが、私にとって辛いものであっても、それが悪役令嬢としての私の運命なのだから、祝福するべきだと。



「……別に誰かに言われたからじゃないわ。この世界が乙女ゲームの世界と同じだからよ。だから運命も決まっているの。ヒロインと攻略対象者が結ばれることも運命だから」

「運命、運命って、いい加減、気付いてください。運命は変えられるんですよ? サフィーお嬢様は今までだって何度も変えてきたじゃないですか!」

「もしかして、王妃様とニナちゃんのことを言ってるの? でもスチルシーンは現実に起こったのよ? だから、断罪イベントでの私のスチルシーンも必ず起こるの。私、ジェイドにはルーカス王子に戻っても幸せになってもらいたいの。だから、私のことよりも……」


 ノルンちゃんと幸せになることを考えて。


 そう言おうとしたのに、私は言葉を続けることができなかった。


 ヒロインと結ばれて、ハッピーエンドを迎えた二人が幸せにならないわけがない。


 ノルンちゃんはとても面倒見がいいし、人の気持ちをいち早く察してくれる。悪役令嬢の私にも優しくしてくれるのだから。


 ノルンちゃんなら、きっとジェイドを幸せにしてくれる。ジェイドの未来が幸せなものになるためには、二人が結ばれることが一番いい。


 そう思ったのに……


 そう思ったのに、涙が零れ落ちた。

 それをジェイドは、当たり前のように指で拭ってくれる。


「もう、どうして泣くんですか? 私にはサフィーお嬢様以上に大切なものなどありません。先ほどから、サフィーお嬢様がどんな顔でお話しされているのか、自分で気付いていらっしゃいますか?」


(私の、顔?)


 それはもちろん悪役令嬢だから決まっている。


「意地悪な顔……」

「そんなわけないでしょう。ずっと泣き出しそうな顔で話されていましたよ。結局、最後には泣いてしまいましたけど」

「だって……」

「サフィーお嬢様は、乙女ゲームのことを忘れましょう。一度全て忘れてからこれからのことを考えてみてください。その代わり、今度は私がサフィーお嬢様の言う“その運命”を変えてみせますから。サフィーお嬢様の願いは、私が必ず叶えてみせます」


 ジェイドは、私の両頬を優しく包み込むように両手を添えて、私の目をしっかりと見つめながら、そう言ってくれた。


「うん……」


 今の私にはその一言を発するだけで精一杯だった。



 私はその日の夜も、ベッドの上で自分の思いを巡らせた。


「私の願い、か。私の『やりたいことリスト』って、どこまで叶えらたのかしら?」


 私はノートを見直してみた。


 ⒈ マジ恋の全ルート攻略したい

 ⒉ モフモフしたい

 ⒊ 学校に通いたい

 ⒋ 手を繋いでデートしたい

 ⒌ 華々しく散る!!


「全ルート攻略か、前世の私が攻略できなかったのは、ルーカス王子ルートなのよね」


 幸か不幸か、おそらくノルンちゃんは今、ルーカス王子ルートを選択している。やはりジェイドとノルンちゃんがハッピーエンドを迎えることが、一番の大円団ってことだろう。


 私が攻略したことにはならないけれど、悪役令嬢なんだから、そもそもが無理な話だ。


「私、笑顔で応援できるかしら? ううん、笑顔で祝福しなきゃ」


 けれど、やっぱり無理なのは分かっている。


「もふもふは、アオのおかげで思う存分叶えられているし、学校にも通えてるわ。あとは、手を繋いでデートか。手を繋ぐ、手を……」


 私は自分の手を見つめて、胸の前で握り締めた。思い浮かぶのは、肝試しの日の出来事。

 あの日の繋いだ手の感覚が鮮明に脳裏に浮かぶ。


「ジェイドと、手を、繋いだわ……」


 トクンと鼓動が跳ね上がり、私の手に、ジェイドと繋いでいた手の温もりまでもが蘇ってきた。


 とても優しくて温かい……


 握り締めていた手の温もりを噛み締めた。その温もりが私の心まで広がって、そして温かい涙が頬を伝う。


 私には、この想い出があれば大丈夫。

 この温もりだけで、私は幸せだ。


 私は自分の本当の気持ちにこっそりと蓋をした。


 最期の時まで、今を楽しむために。

 ハッピーエンドを迎えるために。




『トントン』


 突然、私の部屋のドアを叩く音がした。


(こんな時間に誰かしら?)


「あら? どうしたの?」


 そこにいたのは、アオだった。


『そろそろサフィーが寂しがってるんじゃないかな? って思ったの』

「もちろん! とても寂しかったわ!! いつもジェイドの方に行ってしまうんだもの。もう毛は刈らないから許してね。今日は一緒に寝てくれるの?」

『うん、もちろんだよ。いっぱいもふもふしていいよ』

「ありがとう!」


 一気に私の気持ちが上がった気がした。もふもふの綺麗な毛並みも無事に復活している。


(やっぱり、私にとっての攻略対象者はきっとアオなんだわ)


 一番辛い時に、そばにいて寄り添ってくれる。昔からずっと、アオは私のことを一番に考えてくれていた。


『ねえサフィー、泣いてたの? 目が赤いよ?』


 アオは心配そうに私の瞳を覗き込んだ。


「ちょっと目にゴミが入っただけよ。もう大丈夫!」

『本当はね、サフィーの様子が変だからって、今日はサフィーと一緒にいてって言われたの……』


 アオは『誰が』とは言わなかったけれど、私にはすぐに見当がついた。私のことを一番に考えてくれる人。


「もう、優しすぎるんだから……」





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