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ニイットー王子の正体

 波乱の幕開けとなった高等部最高学年。


 自己紹介も終わり、席についたニイットー王子は、あからさまにノルンちゃんに熱い視線を送っている。


(もしかして、ニイットー王子はノルンちゃんに一目惚れしたのかしら? さすがヒロインだわ!)


 そんなことを思っていると、今度はニイットー王子の視線が私の方に向いた。


 その視線は、先ほどまでノルンちゃんに向けていた熱い眼差しとは対照的に、突き刺すように冷たい視線。


(もしかして、さっきぶつかってしまったから怒っているのかしら? でも、ジェイドのことも睨んでいるわ。自分のお兄ちゃんなのにどうしてかしら?)


 ニイットー王子はジェイドのことも、得体の知れないものを見るような目で睨んでいる。


 休み時間になると、さっそくニイットー王子はノルンちゃんにアプローチをし始めた。


(ノルンちゃんったら、すごく嫌そうね)


 ノルンちゃんの顔が明らかに引き攣っていた。ノルンちゃんの様子を見り限り、やはりニイットー王子が攻略対象者である確率は遥かに低いことが窺える。


 少なくとも、ニイットー王子ルートには乗らないと断言できるほど。明らかに、ノルンちゃんが乗り気じゃなかったから。


 きっと、出逢いのイベントを果たすどころか、階段にいるニイットー王子を見て、反転して引き返しただろうことまで、容易に想像がついた。


(もしかして、ニイットー王子が階段をうろうろとしていた理由って、出逢いのイベントのため?)


 もしそうなら、いつまでも階段をうろうろとしていたことに納得ができた。ゲームの強制力でうろうろとせざる終えなかったのかもしれない。


 そんなことを考えながらも、いつもどおり私がレオナルド王子やワイアット様と仲良く話をしていると、ニイットー王子の蔑むような視線をひしひしと感じた。


「なあ、ニイットー王子のサファイア嬢に向かう視線が、なんだか冷たくないか?」

「レオナルド王子も感じましたか? 私も思っていました。彼と何かトラブルでもあったのか? 相談に乗るよ?」

「ご心配をおかけして申し訳ありません。特にトラブルというわけではないのですが、今朝、階段でニイットー王子にぶつかってしまって……」


 私はレオナルド王子とワイアット様に今朝の出来事を説明した。


「確かに今朝、階段に大きな動く樽が現れたと騒いでいたな。新種の魔物かもしれないって、イーサン先生が調査しに行ったって聞いたぞ」

「私は、階段に新種の大きなスライムが現れたって聞きました。だから、イーサン先生が階段に捕獲しに行ったみたいですよ」


 おそらく、イーサン先生が担任だから、ニイットー王子のことを探しに行ったのだろう。


「ニイットー王子には、再度改めて謝罪してみます。きっと悪い人ではないと思うので」


 もしかしたら、ぶつかったこと以外のことが原因で、怒っているのかもしれないと思ったから。


(お兄ちゃんを従者として働かせていることを、怒っているのかもしれないわ)


 大好きなお兄ちゃん、王族という高貴な身分の方を従者として従えていることに怒っているのかもしれない。



 そして放課後……


「サファイア様、お話したいことがあるのですが、お時間よろしいでしょうか?」


 ニイットー王子が突然、私に話があると言ってきた。今朝のような偉そうな態度ではなく、わざとらしく遜ったような物言いに、私は不信感を募らせた。


(でも、無下にはできないわね。それに私も一度、きちんとお話ししたいと思っていたし)


「えぇ、なんでしょうか?」


 私はできる限り、笑顔で対応した。


「ここではお話できないので、あちらへ」


 そう言うと、ニイットー王子は私を中庭に連れ出した。ジェイドは今、少し離れたところで私のことを見守ってくれている。


 中庭に着くなり、ニイットー王子から、予想だにしなかった言葉を投げかけられた。


「サファイア、お前、転生者だよな?」

「え?」


(何、この人? いきなり女性を呼び捨てにするなんて、すごく失礼だわ。それに「転生者だよな」って、それってつまり……)


「何で分かったのかって? そりゃ、レオナルド王子やワイアットを侍らせてるんだ、それしかないだろ?」


 ニイットー王子は、ハンっと鼻で嘲笑うかのように言い放った。


「もしかして、ニイットー王子殿下も……?」


 警戒をしながらも、私のその問いかけは、ほぼ確信に近いものだった。


「今さらか? 普通すぐ気付くだろ? それにサファイア、お前はただでさえ意地悪な顔をしてるんだから、少しは笑って、愛嬌を振りまいてみろ」


 笑えない。失礼すぎる上に、ニイットー王子の顔のパーツだけは、ジェイドの面影がある。だから、余計に笑えない。


「俺はこの乙女ゲームに参加できることが、唯一の楽しみだったんだ。だからこそ、第三王子に転生したと分かった時には、心底落胆したよ。だって、魔物に襲われて死ぬ運命だって知っていたんだから。でも、マジ恋の物語を知っていたおかげで、俺はこうして生きて参加権を手に入れた」


 ニイットー王子はマジ恋の乙女ゲームの物語を知っている。知った上で、自分だけは回避して、代わりにジェイド(ルーカス王子)を乗せた馬車が魔物に襲われた……


「まさか! 魔物に襲われることが分かっていて、ルーカス王子をわざと会議に向かわせたの!?」

「あれは不運な事故、俺は『会議に行きたくない』と、我儘な子供を演じただけさ。誰も俺を咎めることなんてできないさ」


 身体中から、怒りが沸沸とこみ上げてきた。


 この人のせいで、ジェイドが死にはぐった。もう少し遅ければ、アオがいなければ、ジェイドは死んでいたかもしれない。


 それに、物語を知っていて、馬車が魔物に襲われると知っているのなら、誰も死なないように、死ぬ運命を回避できる方法を考るべきなのに、見殺しにするなんて。


「……人の命をなんだと思っているの?」


 私は自分では信じられないほど、怒りを滲ませた声でその言葉を放っていた。


「自分が生き残るためには仕方のないことだ。サファイア、お前はもうすぐ断罪されて死ぬんだから、もっと自分の運命を考えた方がいいんじゃないのか?」

「!?」

「俺ならお前を救うことができる。もちろんタダで、とは言わないけどな。そうだなあ、俺の側室になるって言うのなら、考えてやってもいいぞ」

「ばかにしないでよっ! 例え死んだとしても誰があなたの側室になんてなるもんですか!!」


 確かに、私は自分の運命を本当の意味で受け入れなければならない時が来ている。現実逃避をしている場合ではない。


 自分のためではなく、周りの人のためにも、そろそろきちんと、私が身の振り方を変える必要がある。


(そんなこと、私が一番分かってるわよ!! でも、冗談でもこの人の側室とか、絶対に無理!!)


「ふんっ、お前は意外とばかなんだな。他の攻略対象者と良好な関係を築いているようだから、頭のいい女だと思っていたけれど、違うみたいだな」


 ニイットー王子は、じりじりと私に近付きながら話を続けた。


「それに比べて、俺のノルンは優秀だよ。ヒロインになるだけのことはある。俺の本妻になることを仄めかしたら、見事に手をあげたよ。どうする? お前も命乞いをして、その身を俺に捧げるか?」


 私の目の前まで近付いて来たところで、突然、ニイットー王子は私の顎を持ち上げて、キスをしようとしてきた。


 想像すらしていなかった突然の出来事に、抵抗するどころか声を出すこともできず、顔を背けるので精一杯だった。


「サフィーお嬢様!」


 直ぐにジェイドが駆けつけてくれ、ニイットー王子の手を払い除け、私のことを自分の背に隠すように守ってくれた。


「ジェイド……」

「ちっ、やっぱりサファイアは見掛け倒しなんだよな。それに、なんだよお前、従者のくせに。俺は王子だぞ? 不敬だからな!! それにあいつと同じ顔しやがって、気持ち悪い」


 その言葉を聞いた私とジェイドは、思わず顔を見合わせてしまった。


「何だよ? 何か言いたいのかよ?」

「もしかして、気付かれてない?」


 あり得ない。普通ならすぐに気付くと思う。


「何が?」

「ジェイドは、ルーカス王子ですよ?」


 ジェイドは初めて会った時と比べると、すごく大人っぽくなって格好良くなってはいるけれど、兄弟ならすぐに気付くと思う。ステファニーちゃんだって、直ぐに気が付いていた。


「は? だって死んだはずじゃ?」


 ニイットー王子は、ジェイドをマジマジと見るも、まだ信じていないようだった。


「俺が留学してるって、母様に聞かなかったのか?」

「だって、あれは嘘じゃないのか?」

「ニイットーにそんな嘘をついてどうするんだよ?」

「それは俺に責任を感じさせないために……」


 そんな中、颯爽とノルンちゃんが現れた、と思ったら、ニイットー王子に飛び蹴りを喰らわせた。



----ぼよんぼよーん



 見事に吹っ飛んで転がったニイットー王子をバシッと指差し、ノルンちゃんは、はっきりと物申した。


「はっきり言うわ、あなたは攻略対象者なんかじゃないわ。モブよ、モブ以下よ。背景にさえ入ってこないで。それに何なの!? その我儘過ぎてどうしようもない身体は? どう見てもメタボよ。生活習慣病よ! その脂ギッシュな汗も気持ち悪い。自分は王子だから偉いと思っているところも含めて、あなたは最低のクズだわ。その根性を叩き直してやるから!」


 目の前にいるノルンちゃんは、いつもの守ってあげたくなるようなノルンちゃんではなかった。


「ノルンちゃんが怖いわ……」


 そして、不敬どころか王子暗殺未遂の罪に問われてもおかしくないことを、今まさに目の前で行っていた。王子に飛び蹴りって……


 私はノルンちゃんの迫力に圧倒され、思わずジェイドの影に隠れた。


「いい、やっぱりノルンはいい女だ。その蔑んだ目、俺をゴミと同等に扱うその物言い。前世の俺の脳内変換通りのいい女になってくれているとは!」

「えっ?」


 なんだかニイットー王子が鳥肌が立つような意味不明な言葉を並べ始めた。


「この世界は何て俺に都合のいい世界なんだ! 世界は俺を中心に回っている! ああ、ノルン、そのギャップが堪らないよ。さっきのビンタも良かったけれど、今回の飛び蹴りも最高だ。でも蹴られるだけじゃ物足りない。いっそ俺のことを踏みつけてくれ! さあ、早く!!」


 ニイットー王子が、恍惚とした表情で全く可愛くないお強請りをしている。当然、私は悪寒と震えが止まらなかった。そして、私は気付いてしまった。


(もしかして「正妻を仄かしたら、手をあげた」って「立候補する方の手を挙げる」ではなくて「暴力を振るう方の手を上げる」ってこと?)


 それを喜んでいるということは、ニイットー王子にはそういう癖があるということで。


「うぅっ、違う意味で怖いよ、ジェイド……」


 私はジェイドに助けを求めた。


「これは夢だ、きっと悪い夢を見てるんだ……サフィーお嬢様、これから私は起きて『全て夢だったのか』と言いますから……」


 ジェイドは現実逃避をしたいのだろう。しきりに自分の頬を抓っている。真っ赤になるほど思いっきり。


「ジェイド、残念だけど、これは現実よ。夢じゃないわ。だから、夢オチでは終われないわ」


 こうして、ノルンちゃんの「お前はモブだ」宣告と、ニイットー王子の真実の姿が曝け出されたことにより、攻略対象者は、99%の確率でジェイド(ルーカス王子)だと確定してしまった。


 果たして、残り1%の大どんでん返しはあるのだろうか!? ……ないな。





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