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隣国からの留学生

「ジェイド、早く!!」


 はやる気持ちを抑えきれず、教室を目指して足早に学園の廊下を歩いている。


「そんなに慌てなくても、時間はたっぷりありますから、落ち着いてください。転んでしまいますよ?」

「だって、今日はチェスター王国から留学生が来るのよ? もしかしたら、もう来ているかもしれないわ。それにジェイドだって早く会いたいでしょ? なら早く!!」


 今日から私たちは、高等部最高学年の三年生になった。


 卒業と断罪イベントへのカウントダウンが、すぐそこまで来ていることを実感……するかと思いきや、実はまだ、そこまでの実感が湧かないというのが本音だ。


 このまま平和に卒業できるのではないか、という錯覚を起こしはじめている。


(これを現実逃避っていうのかしら?)


 三年の新学期と言えば、チェスター王国から留学生がやってくる日。


 乙女ゲームでは、攻略対象者である第二王子のルーカス王子が留学してくるのだけれど、ルーカス王子はジェイドとして、すでに学園に入学している。


 どうなってしまうのかと思っていたけれど、ステファニーちゃんの話だと、第三王子が留学してくることに間違いないという。


 ステファニーちゃんは「ショックを受けないで」と言っていたけれど、ジェイドの弟だもの、格好良いに違いないし、きっと性格もいいはずだ。


 だからこそ、攻略対象者かもしれないけれど、第三王子がどのような人なのか、早く会ってみたい。


 攻略対象者かもしれないのに会ってみたいとか、私の神経は図太いどころか、鋼で出来ているのかもしれない。


 そして、私はジェイドの方を振り返り、早く来るように促しつつ、一気に階段を駆け上った。


「サフィーお嬢様、階段を走られたら危ないです。それに前を向いてください! 危ないっ!!」

「えっ?」


 私はジェイドの言葉で前を向いた。すると、目の前には壁があった。


『ボヨ〜ン』


(どうしてここに壁が!? そして柔らかい!?

そんなことよりも、私、落ちるぅ!!)


「きゃあぁぁ!!」


 なぜか、階段のど真ん中に立ちはだかる、ボヨ〜ンとした柔らかい壁にぶつかってしまったみたいで。


 その壁に跳ね返された私は、階段を見事に踏み外し、階段から落ちる恐怖に耐えかね、思わず目を瞑ってしまった。


 けれど、いつまで経っても痛みを伴う衝撃はなくて。


(……痛く、ない?)


「だから言ったじゃないですか、お怪我はありませんか?」

「ありがとう……」


 痛みの代わりに私を包み込むように、ジェイドが階段から落ちる私を優しく抱きとめてくれていた。


 目を開けると、私の顔を覗き込むように心配するジェイドの顔がすぐそこにあって、私の胸はドキッと高鳴った。


(すごく助かったけれど、この状況はとても恥ずかしいわ。それに腕が……)


 私を抱きとめてくれているジェイドの腕は、見かけ以上にがっしりとしていて、とても筋肉質で、ジェイドが男の人だという事実を、意識せずにはいられなかった。


 去年の夏の終わり頃から、急激にジェイドの身体つきが逞しくなった。それに魔法も抜群に上手くなっている。


 今も、私が階段から落ちる瞬間に、気付かないくらいさり気なく、風魔法で私のことをふわりと浮かせてくれていた。


(やっぱりジェイド(ルーカス王子)が攻略対象者だからなの?)


 隠しルートが始まるこの三年の新学期というタイミングで、ジェイドの男前に磨きがかかっている。タイミングが良すぎだ。


 それから私は、ゆっくりと階段に立たせてもらい、慌てて柔らかい壁に向かって謝罪した。柔らかい壁は正確には人だったから。


「ぶつかってしまい、ごめんなさい。お怪我はありませんでしたか?」

「……大丈夫です、よ!? って、お前、どうして!?」


 その柔らかい壁の人は、ぶつかった私ではなく、ジェイドの方を見て、まるでおばけにでも会ったかのように、冷や汗? を流しながら、目を何度も擦ってはジェイドを見て驚き戸惑っていた。


「ジェイド知り合い?」

「……」


 ジェイドは呆然として、なぜか言葉を失っていた。


「ジェイド? すまん、俺の勘違いだ」


 私がジェイドと呼んだことで、柔らかい壁の人は、ジェイドのことを誰か他の人と勘違いしていると分かったらしい。


 私たちは、その柔らかい壁の人に頭を下げて、その場を立ち去った。


「あの人、階段で何をしてるのかしら? 待ち合わせ?」


 私たちが立ち去った後も、まだ階段をウロウロとしている。はっきり言って、かなり怪しい人オーラが満載だ。


 その階段を通ろうとする生徒たちの殆どが、柔らかい壁の人を早々に見付けては、反転して違う階段を使うほど。


「今の方、とても私の知り合いに似ていらっしゃるんですよ。でも、絶対に勘違いだと思います。きっと他人の空似ですよね? そう思いたい……」


 ジェイドは自分に言い聞かせるように、私に尋ねた。


「世の中には三人そっくりな人がいるという話だから、そうかもしれないわね」



 そして、私たちは教室に入り、朝のホームルームがはじまった。このホームルームでチェスター王国からの留学生が紹介される。


 ただ、想像していたことと大幅に違う事実に、私たちは驚きを隠せなかった。


「チェスター王国第三王子のニイットー・ヴァン・チェスターだ。みなの者、よろしく頼む」


 その人は、今朝、階段でぶつかったボヨ〜ンとした柔らかい壁ーー男子生徒だった。


 隠しルートの攻略対象者かもしれないこの人は、乙女ゲームの王子様というポジションに相応しいとは思えないほどかけ離れた容姿をしていた。


 容姿をとやかく言うのは、人として失礼だと思う。けれど、ここは乙女ゲームの世界だから、悪役令嬢と言われようとも、極悪令嬢と言われようとも、心を鬼にしてあえて言わせてもらいたい。


(これっぽっちも攻略したいとは思えない……)


 ふくよかすぎる体型に、まだ春なのにギラギラと脂が滴る額。メタボという言葉が頭を過る。


(乙女ゲームの世界から、自分の理想の王子様を育てる「王子様ダイエット育成ゲーム」に急きょ変わったのかしら?)


 チェスター王国では王族の体調管理をしなくてもいいねかと要らぬ心配をしてしまうほど、どう見ても、健康に悪そうだ。


(でも、体型云々は別として、よく見ると顔の作り自体は格好良いのに勿体ないわ。ジェイドと血を分けた兄弟だし、格好良いのは当たり前よね)


 そして、始終唖然とした顔のジェイドが呟いた。


「あれは……誰?」

「え? ジェイドの弟でしょ? だからさっき見覚えがあったのよね?」

「え、あ、そうですよね、……はい、そのはずなのですが、半分ですが血のつながりのある弟のはずです。私がこちらに来る前までは、見た目も性格もとても可愛くて、とても仲が良かったのに。でも、まさか、そんな……信じたくない」


 ジェイドはとうとう頭を抱えて項垂れてしまった。


 前途多難が予想される、高等部最後の一年の幕開けとなってしまった。


 これからこの乙女ゲームの世界は、王子様育成ゲームになってしまうだろうか。





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