【SIDE】 チェスター王国第三王子
ついに、この日が来た。
俺が、マジカル学園ラブゲームという乙女ゲームの世界に参加する日。
俺はいわゆる転生者(前世の記憶持ち)という特別な存在だ。
前世の俺は、日本という国に生まれ、マジカル学園ラブゲームという乙女ゲームが大好きな自室警備員だったらしい。
乙女ゲームが好きだということについて「男なのに?」と周りから言われなかったのか? と気になるところだが、一度も言われたことはなかったようだ。
なぜなら、部屋から出ることのない前世の俺は、誰かと会うこと自体がないからだ。
特に対人恐怖症や人嫌いというわけではないらしい。ただ純粋に、好きなことだけをして生きていきたいという、自分の気持ちや欲望に素直な純粋な男だった。
今の俺は、チェスター王国の第三王子。しかも正室の子ではなく側室の子。だから俺は、小さい頃からずっと周りの目を気にしながら過ごしてきた。
王になるべくして生まれた優秀な第一王子に、誰にでも分け隔てなく優しく何事にも一生懸命な第二王子、妖精のように可愛らしい第一王女。
みんな正室の子だ。
側室の子である俺は劣等感の塊だった。
それなのに、正室の子だとか側室の子だとか関係なく俺のことを可愛がってくれていたことが、余計に辛く惨めだった。
そんな自分の存在意義について葛藤する中で、俺は前世の記憶を思い出してしまった。
前世の記憶を思い出した瞬間、なりふり構わず自由に振る舞う前世の俺が、とても羨ましかった。俺の心は、前世の俺を崇拝した。
「前世の俺のような生き方がしたい」
そして、俺の想いをさらに加速させたのは、前世の俺が恋した女の子の存在だった。
前世の俺が乙女ゲームを好きになった理由、マジ恋というこの乙女ゲームのヒロインの女の子。前世の俺は彼女に一目惚れをしてしていた。
前世の記憶の話なのに、今の俺にもはっきりと感じる。ヒロインのノルンを一目見た瞬間、脳天に雷が直撃したような、あの衝動を。
そして、前世の俺はノルンの内に秘めたる魅力を脳内変換しながら、このゲームを楽しんでいたようだ。
それは、俺の周りの女性誰一人として、今の俺にそのような態度をとる者はいない。だからこそ、その脳内変換されたノルンの全てが、俺の心の中を支配した。
前世の俺はこの乙女ゲームを全ルート攻略した。隠しルートも全てだ。
しかしある時、自室警備中に熱中症を患い、前世の俺は死んでしまったらしい。美人薄命という言葉のとおりだったのだろう……
前世の俺の命は、眠るように儚く消えた。
前世の記憶を思い出した時には、すでに俺は10歳になっていた。
直ぐに俺は、この乙女ゲームでの俺の役割を思い出し、深く絶望した。
第二王子ルーカスの過去のトラウマ、隣国との会議に出席した弟が、魔物に襲われて死んでしまったこと。
『可愛がっていた同い年の弟が、10歳の時に魔物に襲われて死んでしまった。俺が魔法を使えないが故に、俺の代わりに隣国との会議に出席したからだ。俺が魔法さえ使えていたら、弟は会議に出席することなく死なずに済んだのに。全て俺のせいだ』
その死ぬ運命の弟が、俺だった。
そして、その隣国との会議に向け、俺が出発する日が、すでに明日に迫っていたのだ。
「ふざけるな! せっかく前世の俺が愛したノルンを、今の俺の心をも捉えて離さないノルンを俺の女にできるかもしれないというのに!!」
俺は決意した。魔物意見交換会という会議は、ドタキャンしてやる、と。
そんなつまらない会議のために、俺の命を差し出すなんてバカバカしい。
「俺は、前世の俺のように自分の気持ちに素直になって、欲望のままに自由に生きてやる! 俺はノルンとウハウハ薔薇色生活を送るんだ!!」
そしたら、なんという運命の悪戯か。
俺がドタキャンした代わりに、ルーカスがその会議に出席することになった。
「“弟が死んだのは全て俺のせいだ”と思うくらいなら、いっそ俺の代わりに死んでくれ」
きっと本望だろう。罪悪感はないのかと問われたら、はっきり言って、ある。けれど、王族における後継者争いに命の奪い合いは常だ。
それに魔法が使えない出来損ないのルーカスよりも、転生者という特別な存在である俺が生き残ることを、神様も望んでいるに違いない。
だからこそ、俺はこのタイミングで前世の記憶を思い出したのだろう。
ルーカスへの餞として、俺はルーカスの分もノルンを愛し、人生を自由に楽しく生きてやると誓った。
そして隣国の会議へ出発したルーカスは、俺の前世の記憶のとおりになった。
ルーカスが乗った馬車が魔物に襲われたとの一報が王宮に入った。俺はその一報を聞いて、その場から泣きながら立ち去った。
もちろん嘘泣きだ。
少しでも同情を引いた方が、今後生きやすくなるに違いないから。
乙女ゲームの物語、俺の前世の記憶と違う点は、俺ではなくルーカスが襲われたということ。
チェスター王国では、表向きにはルーカスは、すでに留学していることになっていること。
もちろん俺は留学だなんて嘘は信じていない。それはきっと、俺を悲しませないために気を遣っている“嘘”だと思っている。
ルーカスが生きているわけがない。
俺は乙女ゲームの参加券を手に入れた。
「今すぐ会いに行くからな。待ってろよ、俺の愛しきノルン!!」