宣戦布告!
「ノルンちゃん! ルーカス王子ルートを詳しく教えて!!」
ルーカス王子ルートの詳細を聞くために、ノルンちゃんに詰め寄った。
「仕方がないですね〜、と言っても、ルーカス王子ルートって、呆れるほどがっかりしますよ?」
乙女ゲームでがっかりするって、一体どういうことなのだろうか? 胸キュンするような甘いシーンが少ないということなのか?
「まずは、留学初日にルーカス王子が階段から落ちそうになったヒロインを偶然助けてあげることから始まります。これが出逢いのイベントスチルです!」
「それって……」
そのエピソードを私は聞いたことがある。聞いてはいけない気がするけれど、そんな私に構うことなく、ノルンちゃんは教えてくれる。
「はい、ご察しの通り、私は見事にルーカス王子との出逢いのイベントを果たしました!」
「嘘っ、信じられない!!」
ルーカス王子がジェイドだとか、三年に留学してくるはずのルーカス王子が入学式からいるとか、そんなイレギュラーなことさえも一切関係なく、見事に出逢いのイベントを果たしていた事実に驚愕する。
「次の図書室でのイベントは、まだ留学して間もないルーカス王子に、試験について、それはそれは優しく教えてあげるんです。ルーカス王子の背後から、物凄く密着して」
「それって……」
そのエピソードも私は聞いたことがある、というかこの目で見た気がする。やっぱり嫌な予感がする。というか、嫌な予感しかしない。
「はい、なんとなく、わざと似たような感じに再現してみました!」
(あぁ、やっぱり…… 無駄に距離が近いってイラッとしたけれど、あれがイベントスチルだったのね!!)
高等部での初めての試験のために、図書室でみんなで勉強した時の出来事に間違いなかった。
「それよりも“わざと”ってどういうこと?」
「だって、せっかくだから、いろんなスチルシーンを再現したくなるじゃないですか! 聖地巡礼的な感じで」
一瞬にして、私は引いた。
(えっ、ノルンちゃんって、薄々気付いてはいたけれど、ガチ勢だわ……)
確かに前世でもマジ恋の熱狂的ファンが散見された。学園の制服を作ってコスプレしたり、推しメンのお誕生日を祝ったり。まさかノルンちゃんがその一人だったなんて。
でも、私もこのままノルンちゃんに負けてはいられない。
「あの、過去のトラウマは……」
ノルンちゃんがジロリと私を睨んできた。
「それはサフィー様が一番よく知っているじゃないですか。私に出る幕はありませんよ!! 誰かさんが見事に回避しちゃったんですもの!」
「ふふ、ですよね!」
もちろん知ってて聞いた。少しでも私の精神的ダメージを回復したかったから。それなのに、さらに私の精神が追い込まれることになる。
「けれど、過去のトラウマを回避した後のイチャラブシーンは、これからできる可能性はありますよ!」
「い、イチャラブ!?」
要は、レオナルド王子ルートで言う、王妃様の故郷の教会でのスチルシーンのことだろう。
それこそ、絶対に回避しなきゃいけない。絶対に潰してみせる。
「そのイチャラブシーンって?」
「秘密です! 絶対に邪魔する気でしょ? それに、サフィー様が一番知りたいのは、断罪イベントのことですよね?」
「邪魔って、やっぱり再現するつもりなのね? ま、良いわ」
……全く良くはないけれど。
「そうよ、私には断罪イベントのスチルシーンが一番重要なんだもの」
と強がりつつも、内心はもちろん違う。
(知りたい、絶対にイチャラブシーンの詳細が知りたい!! 絶対に邪魔してやるんだから!!)
もちろんノルンちゃんが易々と教えてくれるわけがなかった。それよりもさらに耳を疑う言葉を聞かされる。
「ルーカス王子ルートの断罪イベントは、通称“わちゃわちゃ断罪”です!」
「は? “わちゃわちゃ断罪”って、どうして面白可笑しくふざけた名前が付いてるの? 私の命がかかってるのよ!?」
「だって、仕方がないじゃないですか。実際そうなんですから。でも、私的には“モヤモヤ断罪”ですね」
ふざけた名前のせいで、私の頭の中から見事にイチャラブのことは消え去った。
ノルンちゃんの教えてくれたルーカス王子ルートの断罪イベントはこうだ。
卒業式の後、断罪イベントの会場である庭園に生徒がたくさん集まってきた。
その大勢の生徒たちに祝福されるように、ヒロインのノルンちゃんとルーカス王子が幸せそうに隣に並んでいる。
そこに、二人を祝福するためにサファイアも駆けつけた。
「ちょっと待って? どうしてサファイアも祝福してるのよ? これから断罪イベントだし、悪役令嬢よね?」
「だって、ルーカス王子ルートのサファイアは、ルーカス王子に一目惚れしたことで、彼に嫌われることはしたくないと心を入れ替えて、三年からはヒロインのことを苛めなくなるんです。むしろ、このルートでは女の友情が見られるんですよ!」
「女の友情って、だから海の宿泊合宿の時に、めちゃくちゃ私に優しかったの? それにヒロインを虐めない悪役令嬢なんて、乙女ゲームとして成り立つの?」
ヒロインを虐めないとか、もはや悪役令嬢ではない。まさに品行方正な悪役令嬢だ。
(……って、まさに今の私じゃないの!!)
品行方正な悪役令嬢を目指した結果、見事に乙女ゲーム通りになってしまった。
これがゲームの強制力というものなのかと、私はがっくりと肩を落とした。
「だから言ったじゃないですか、がっかりするって。ストーリーは、過去のトラウマ回避イベントを除いたら、ただただ甘いだけのルートだったんですよ」
「それなら、どうしてサファイアは断罪されるの? 刺される理由がないわよね?」
乙女ゲームの断罪は、今まで悪事を働いてきた悪役令嬢に下してこそ、“ざまぁ”の意味がある。
品行方正な悪役令嬢を断罪して、果たして“ざまぁ”になるのだろうか?
「はい! そこで登場するのが“わちゃわちゃ断罪”です!」
「出たわ、わちゃわちゃ断罪……」
「ルーカス王子が人気者すぎて、庭園に生徒が集まり過ぎてしまうんです。その生徒たちが騒ぎ出し、わちゃわちゃと収集がつかなくなってしまいます。そして、いつの間にか……」
ノルンちゃんが無駄に溜めを作るから、不覚にも私は息を呑んでしまう。
「サファイアの胸にナイフが刺さってしまうんです。ナイフを抜いたサファイアの胸部は真っ赤な血の赤で染まっていた、というのが、わちゃわちゃ断罪の詳細です!」
「……実は刺されてないとか?」
「ふふ、ばっちり刺されちゃいます! というのも、犯人が持つナイフの柄の部分しか見えなくなるほど、サファイアの胸にナイフが深く刺さっているので、きっと心臓を見事にぶっ刺していますよね!」
終わった。まさかの即死パターンだった。
即死では、ノルンちゃんの聖属性魔法も意味がない。死人を生き返らせることなんてできないから。
あまりに悲惨な末路に、頭が真っ白になって言葉も出ない。それなのに、ノルンちゃんは意気揚々と話を続けてくれる。
「ただ、このわちゃわちゃ断罪には“謎”が隠されているんです。ストーリーよりも、その考察が面白いんですよね」
「謎?」
「実は、画像を拡大してよく見ると、サファイアが刺されたナイフの柄の部分には、チェスター王国の紋章が入っていたんです。だから、誰がやったのか? どうして刺したのか? という白熱した論争が起きたんです! 真相は続編か?」
「続編?」
「あ、大丈夫ですよ! 続編って言っても、サファイアは死んでるんだから、出てきませんから! 全く気にしなくていいと思います」
「続編もやってるなんて、すごいとしか言いようがないわね」
確かに、死ぬ運命の私には続編なんて関係ない。今は続編よりもルーカス王子ルートの方が重要だ。
「えっと、チェスター王国の紋章?」
「あ、そうです。だから普通に考えたら、ルーカス王子かルーカス王子の手の者が刺したって説が一番有力なんですけど、ワイアット様ルートのことを踏まえると、暗殺者=ラズライト様という線も拭えないと。そして一番盛り上がった予想が……」
やっぱりノルンちゃんは無駄に盛大な溜めを作る。いい加減やめて欲しいのに、やっぱり私も息を呑んで続く言葉を待ってしまう。
「私です!」
ノルンちゃんは右手を高く挙げ、満面の笑みを浮かべた。
「え?」
「ヒロインが、ルーカス王子のナイフを拝借して刺したのではないか、という意見があったんですよ! 腹黒なヒロインとか斬新で面白くないですか?」
「面白くない、全然面白くない!!」
腹黒ヒロインなんてあり得ない。と言いたいところだけれど、今まさに目の前にいるから否定もできない。
「でも、ヒロインって意見には、きちんとした理由もあったんですよ? 例えば『ルーカス王子が来るまでの間に、散々サファイアに虐められた恨みがあった』とか『ルーカス王子に色目を使っていたサファイアに実は嫉妬をしていた』とか。虐めなくなったサファイアは、控えめに言っても容姿端麗だし、家柄的にも良いし、言わば令嬢として申し分ない完璧なご令嬢様ですから『サファイアの方がルーカス王子の結婚相手に相応しすぎて邪魔になった』とか……」
その時、ノルンちゃんは私を見て、不敵な笑みを浮かべた。全身に悪寒が走る。
「でも安心してください。私はそんな浅はかなことはしませんから! 万が一にでもやろうと思った時には、決して自分の手は汚しませんからね!」
どう考えてもノルンちゃんが一番怪しい。けれど、どう転んでも勝てる気もしない。絶対に敵には回したくない。
「そ、そういえばさ、ノルンちゃんもジェイドがルーカス王子だって知っていたのよね? どうしてそんな重要なことを、私に教えてくれなかったの?」
「それは、……嫌われることはしたくなかったんです。サフィー様に隠しているってことは、そうしたい理由があるってことですよね? 私はその意を汲んだだけです。だから、サフィー様ごめんなさい」
ノルンちゃんがしおらしく謝ってくれる。もちろん私には怒ることなんてできない。
「ノルンちゃんが謝る必要はないわ。だって、す、好きな人を攻略するためだもの」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「!?」
否定しなかった。今、私はあえて「好きな人を攻略するため」と言ったのに、ノルンちゃんは全く否定しなかった。
ノルンちゃんの「感謝していること」って、ジェイドを、ルーカス王子を魔物から助けたことなのかもしれない。
ノルンちゃんはずっと「私に感謝してる」と言っていた。確かに命を救ったのだから、感謝するだろう。
「実は私、私の最大のライバルはサフィー様だって分かっていたんです。サフィー様のために、自分の人生を犠牲にする姿を目の当たりにしたから」
それはきっと、ジェイドが王子としての身分を捨ててまで、私の従者になってくれたことだろう。
「その時に、まずはサフィー様と仲良くならなければ話にならないと思いました。サフィー様が遠慮しないでって言ってくれるのなら、私も心置きなく攻略してみせます」
「宣戦布告!?」
「ふふ、だって、前世ではどんなに頑張っても自分の思うようにはいかなかったんですもの。もうストーリーは決まっていたから。でも今は、自分の手で切り開けるんですよ! 未知の恋愛を楽しめるなんて、素晴らしいですよね!!」
ただただ甘いルーカス王子ルートの物語では物足りないということなのか、ノルンちゃんがジェイドとどんな恋愛をしようと思っているのか、私には想像すらできなかった。