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ジェイドの決意

 ジェイドが隠しルートの攻略対象者、チェスター王国の第二王子、ルーカス王子だということが判明した。


 そのことについては、意外にも、宿泊合宿から別邸に帰ってきてすぐに、全てを打ち明けてくれた。


 それは、私がサロンでお茶を飲みながら、秋に開催される文化祭で着る衣装を考えていた時のこと。ジェイドが真剣な表情で私の前に立った。


「サフィーお嬢様、今から少しだけお時間をいただけませんか?」

「どうしたの? 急に改まって? この衣装じゃ嫌なの? ジェイドに任せていたら、またあのシーツおばけにするでしょう? あれはさすがに恥ずかしいと思うわ」 


 文化祭のクラスの出し物として、喫茶店をやることに決まった。しかも、コスプレ喫茶。

 特に決まりもなく、思い思いの衣装を着ていいことになっている。


「いえ、そのことではありません。それにあのシーツおばけは、スーフェ様が用意してくれたものですから。えっと、もしサフィーお嬢様が平気でしたら、これから私がサフィーお嬢様に秘密にしていた“私のこと”を、お話ししたいのですが?」


 突然の申し出に、私の胸の鼓動が跳ねた。言いたくなったら言ってね、とは約束していたものの、こんなにすぐに話してくれるとは思わなかったから。


「そんなに急がなくても大丈夫よ? でもいいの?」


 せっかくジェイドが勇気を振り絞って打ち明けようとしてくれている。私もそれに応えたい、けれど、無理強いはしたくない。


「はい! サフィーお嬢様に隠し事なんてしたくありませんし、それに余計な心配もさせたくありません」


 ジェイドには本当に隠したいことなんてないのだろう。今だったら、身長体重スリーサイズまで、全部包み隠さず教えてくれそうな勢いだ。


「じゃあ、サロンで話すと、また誰かが盗み聞きしそうだから、場所を変える? どこかいいところはないかしら?」

「外は暑いですからね。これ以上、日に焼けるのは避けたいですよね」


 今は夏真っ盛り、ただでさえ海で焼けた肌が、さらに真っ黒になるのは避けたい。しかも、今日は特に暑い。


「私の部屋はどうかしら? 二人で話すのにはちょうどいいと思うわ!」

「それはちょっと、いや、かなり問題が、色々と……」


 ジェイドが渋ったので、結局サロンで話をすることになった。


「でも、サロンで本当に平気? 誰に聞かれているか分からないのよ? 誰に、というかお母様に、だけど」

「はい。特に隠すようなことはないですから、大丈夫です。それに、たぶんどこで話をしようが、結果は同じ気がします」

「たしかに……」


 それから、ジェイドは本当にたくさんの話をしてくれた。


 チェスター王国の家族の話や昔話、魔物に襲われた経緯、ジェイドの持つ短剣について。そして、毎年執り行われる追悼式についても。


 毎年、私のもとを離れて、リフレッシュしていたわけではなかった。私のとんだ思い込みには本当に猛省している。


「……以上、私がルーカスとして歩んできた人生です」


 ジェイドは、ふうっと大きく息をはいた。その表情は、とてもすっきりとしているようだった。


「話してくれてありがとう。ルーカス王子ルートの過去のトラウマも回避できたってことよね? ノルンちゃんに聞いたのは『魔法が使えない自分の代わりに第三王子が隣国との会議に出席した時、乗っている馬車が魔物に襲われて亡くなってしまった』ってことだから……」


 第三王子の代わりに魔物意見交換会に出席したジェイドは今、生きている。そして魔法も使えている。


「はい。第三王子ではなく、私になってしまいましたが、この通り、サフィーお嬢様とアオ様のおかげで私は無事ですし、魔法も使えるようになりました」

「私がきちんと隠しルートまで攻略していたら、馬車が襲われる前に助けられたかもしれなかったのに、ごめんなさい……」


 もし私がルーカス王子ルートをやっていたのなら、馬車が襲われること自体を防げたのかもしれない。


 終わってしまったことだから、今さらどうしようもできないことだけど、防げるものは防ぎたかったと、どうしても考えてしまう。


「サフィーお嬢様がそのように思われる必要はありません。それを言うなら、私がもっとしっかりしていれば良かったんです。魔物が出るって会議で聞いておきながら、きちんと対策を取っていなかったんですから……」


 ジェイド自身も、あの時のことは悔いが残っているようだった。それは、当たり前というか、仕方のないことだと思う。


 だって、大切な護衛騎士の方々を亡くしてしまったのだから。おそらく私の比ではないくらい、悔やんだはずだ。


「トラウマになっちゃった?」


 私はおそるおそるジェイドに尋ねた。


 そのトラウマを、私は癒すことができるかどうかは分からない。けれど、トラウマになっているのなら、少しでも軽くなって欲しい。


「トラウマとは少し違いますけれど、はじめの頃は、私だけが生きていていいのだろうか、とか、幸せになってもいいのだろうか、と自問自答する日もありました」


(そんなことを思っていたのね。全然知らなかったわ……)


「でも、サフィーお嬢様やオルティス侯爵家のみなさま、学園のみんなに会い、すごく楽しい日々を送る中で、いつからか、今があるのは、私を守ってくれた護衛騎士たちのおかげなんだなって思いはじめたんです。そしたら、後ろ向きなままでは、逆に彼らに申し訳ないと思ったんです」

「ジェイド……」


 ジェイドは、ふっと優しく微笑み言葉を続けた。


「彼らの分まで、幸せにならなきゃいけない、絶対に、彼らに恥じる生き方はしてはならない、と思うようになりました。命をかけて守ってくれたのだから、それに応えられるようになろうって」「ええ、きっとみなさん、ジェイドのその姿を見て喜んでくれてるわ」

「はい。それに、追悼式の時も、誰も私を責めることがなかったんです。『生きていてくれてよかった』って、そう言ってくれて……」


 たとえ嘘だとしても救われた、と涙をその瞳に溜めながら、ジェイドは話してくれた。


「だからなおさら、この命を大切に生きなければいけないと思いました。毎年、私に起きた出来事をみんなに報告してるんですよ。サフィーお嬢様の話もきちんとしておきましたからね」

「な、何て!?」


 まさか、ここで私の話が出てくるとは思わなかった。


(一体、どんな話を……?)


「私が仕えているお嬢様は凄く可愛いんですって。きっと今頃、彼らは羨ましがっているでしょうね」

「もうっ!! じゃ、今度私もご挨拶にお伺いしなきゃね。ジェイドを、ルーカス王子を守ってくれてありがとうございますって」

「きっと喜んでくれると思います」


 お互いに言っていて、少し恥ずかしくなったのはなぜだろうか? 夏の暑さのせいなのか?

 顔が火照っている気がして、必死で手で顔を仰ぐ。


「そういえばさ、第三王子は今どうしているの?」


 忘れそうになるけれど、乙女ゲームの中では死んでいるはずの第三王子は、この現実の世界では生きている。

 となると、彼の人生は今、全てがイレギュラーな状態で、誰にも予測不可能なはずだ。


「それが、母様もあまり話したがらないんですよね。私に気を遣っているわけではないと思うのですが……」

「仲が悪かったの?」

「いえ、むしろとっても仲が良くて、私には妹もいるのですが、三人で遊んだりもしていました。もしかして、私の一方的な思い込みだったのでしょうか?」


 一気に哀愁を漂わせるジェイドは、とても第三王子のことが大切だったのだろう。


 私もラズ兄様のことが好きだし、仲が良いと思っているけど、それが一方的な思い込みだったらと思うと泣ける。


「そんなことないわよ、きっと何か事情があるはずよ」

「ただ、もしかしたら学園に留学してくるかもしれないと言っていました。というか、留学したいって騒いでいるらしく……」

「どうしてかしらね? ルーカス王子がジェイドとして入学しているから、その代役? ゲームの強制力でも働いているのかしら? そうだったら、ジェイドはやっぱり攻略対象者じゃないってことよね?」


 私はの言葉を否定するように、ジェイドは頭を左右に振った。


「ノルン様には、その可能性は低いって言われました。十中八九、攻略対象者は私で間違いないだろうって」

「ノルンちゃんか、やっぱりもう一度ルーカス王子ルートについて聞かなきゃいけないわね。……と、その前に、今から質問をするけれど、私に気を遣わずに本心を言っていいからね」

「はい、分かりました」


 ジェイドが強く頷いてくれたのを確認して、私は質問をはじめた。


「ジェイドは、攻略対象者として乙女ゲームに参加したい?」

「それだけは、絶対にお断りします」


 ジェイドははっきりと拒否の構えを示してくれた。それだけでも嬉しいと思ってしまう。

 けれど、乙女ゲームは一筋縄ではいかないと思っている。


「ゲームの強制力が働いても?」

「万が一、ゲームに参加することになったとしても、決してサフィーお嬢様を裏切る真似だけは致しません。サフィーお嬢様に絶対に幸せになってもらいますから!」

「ありがとう。私もジェイドがルーカス王子であっても、絶対に裏切らないって信じてるし、ジェイドにも幸せになってもらいたいわ」


 話し合いが良い感じに終わりを告げようとしていた時に、ソレはやってきた。


「何ですって!?」


 例に漏れず、サロンのドアの方から、あの方の声が聞こえてきた。私とジェイドは思わず「やっぱりか」と声を重ね、盛大に肩を落とした。


「ジェイドがルーカス王子ですって? それは大変だわ。すぐにチェスター王国に知らせないと!」


 案の定、その声の主はお母様だった。そしてなぜか、茶番劇が始まってしまった。きっともう誰にも止められないだろう。


(もうっ、ジェイドがルーカス王子だって、知っていたくせに!!)


「いやぁ、まさかジェイドがルーカス王子だとは。俺も態度を改めないといけませんね。不敬だって言われてしまいます」

「ラズ兄様まで……」


 白々しいを通り越して、いっそこの後の展開が気になってしまう。


 私とジェイドに残された道は、この茶番劇の行方を見守ることしかない。

 どうか、自分に火の粉が降りかからないように、と祈りながら。


「そうね、まさかルーカス王子を、チェスター王国の第二王子を、こんな侯爵家に留めておけないわ。ましてや従者扱いだなんて信じられないわ。誰が最初にそんなことを許したのかしら?」

「スーフェ様、です」

「あら? そうだったかしら? じゃあ、私が責任をとって良い方法を考えなきゃいけないわね。どうしようかしら? あ、そうよ! こうなったら、このまま結婚しちゃえばいいのよ!」

「「「け、けっこん!?」」」

「母様、待ってください。それは絶対にいけません」


 ちょっと待った! をかけてくれたのはラズ兄様だ。


 今の私とジェイドに、発言権なんてものはないに等しい。むしろ何を言ってもきっと無意味だ。黙っていた方が得策だと思う。


「どうして? サフィーちゃんに婚約者はいないわよ?」


 たしかに私に婚約者はいない。それはラズ兄様も同じことだ。


 一度だけ、レオナルド王子が私のことを婚約者候補と言ってきたことはあったけれど、それもその時だけ。貴族としてはとても珍しいことだと思う。


「母様、そういう問題じゃないです」

「そう? じゃあ、やっぱりジェイドには国に帰ってもらうのが一番かしら?」

「「えっ?」」


 今度は私とジェイドがその提案に驚いた。


 だって、お母様は今までジェイドの正体を知った上で従者にしたのだから、本当に今更な話だ。


(お母様は、一体何を考えているの?)


 何を考えているにしても、これだけは阻止しなければ。


「お母様、考え直してください!」

「あら? サフィーちゃん、考え直すって結婚を? 国に帰ることを?」

「え、え、あ、あの……」


 お母様の問いかけに、答えるどころか、顔を赤くするしかできなかった。そこで、ジェイドがとうとう声を上げてしまった。


「スーフェ様、私にできることなら何でもします。せめて、卒業の日まではここにいさせてください」

「ばかっ、ジェイド、それは命取り……」


 先ほど態度を改めなくては不敬になるとまで言っていたのも忘れて、ジェイドに「ばか」と言ってしまっているラズ兄様の言葉を遮って、お母様がにやりと笑った。


 まるで、ジェイドのその言葉を待っていたかのように……


「あら? 本当に? 何でもするのね。ジェイドのその決意を汲んで、このままでいられるように話をつけておくわね。何でもするのよね? 二言はないわね?」


 お母様の言葉、というか、迫力に、もはや誰も異議を唱えるものはいなかった。


 私とラズ兄様の、居た堪れないものを見るような視線がジェイドに集中する。


「は、い……」


 どうやら悪魔に魂を売ってしまったようだ。


「悪魔に魂を売る、とはまさにこういうことなんですね」

「悪魔じゃない、魔王でもない、魔王以上だ。だから魂をとられるぞ」


 私が耳打ちすると、ラズ兄様は合掌をしながら言葉を返してくれた。


(怖っ!! 魂をとられたら、どうなっちゃうの?)


「そこの二人がうるさいけれど、まあいいわ。よし! そうと決まれば、サフィーちゃん、ちょっとジェイドを借りるわね。あーよかった。猫の手も借りたいっていうけれど、猫の手だけでは足りなかったのよね。嬉しいわ〜!」


 ジェイドは、声高らかに笑いながら歩くお母様の後に付いて、意気消沈した様子でサロンを出て行った。


 その姿は、紛れもなくルーカス王子として、ではなく、今までのジェイドとして扱われている姿で間違いなかった。


「……ジェイド、頑張れ!」





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