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理由と解決策

 海が見える高台のベンチに座って、一人でぼーっと海を眺めている。海で遊ぶ気になんてなれなかった。


 ジェイドがルーカス王子だと知った今、私の頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいかずっと答えは出せないままでいる。


 それに、あの時、魔術陣が光って、アンデッドが現れた。魔術師と聞いて一番最初に思い浮かぶのは、イーサン先生だ。


(イーサン先生が、何のためにアンデッドを?)


「もう、何にも分からないわ……」


 私は俯き、項垂れた。考えることの全てを放棄したい。それくらい、私の思考はぐちゃぐちゃだ。


「どうしたんだ? サファイア嬢は海で遊ばないのかい? もしかして、まだ体調が良くならないのか?」

「!?」


 私の肩がびくりと震える。突然聞こえてきたその声に驚き、思わず顔を上げた。

 顔を上げた私の前に立っていたのは……


「……イーサン先生」


(もしかしたら、イーサン先生がアンデッドを……)


 思い出した途端、私の身体が小刻みに震えはじめた。 ……が、次の瞬間、


「泣いていたのか?」

「え?」

「まずは泣きたいだけ泣け。落ち着いたら俺が何でも聞いてやるから」


 優しく抱きしめられ、同時に優しい言葉が、私の頭上から降って来た。


 自分でも気付かないうちに、私は泣いていたみたい。

 自分が泣いていることを自覚したら、その涙は止まらなくなり、イーサン先生の胸の中でただひたすら泣いた。


 温もりに包まれて、ドクドクと、聞こえてくる胸の鼓動に、落ち着きを取り戻しつつある私の頭の中から「イーサン先生がアンデッドを召喚したかもしれない」なんていう思考は、どこかへと消えていった。


 仮に、イーサン先生が魔術師だったとしても、人の命、魔物の命をも大切に思うイーサン先生が、闇雲にその大切な命を脅かすような魔術を使うはずがない。そう信じたかった。

 

 一頻り泣いた後、イーサン先生の腕の中にすっぽりと包まれた私の耳に聞こえてくるのは、相変わらず一定のリズムを刻むイーサン先生の胸の鼓動だけ。


 その一定のリズムが、私のぐちゃぐちゃだった思考を少しずつ整えてくれる気がした。

 思考が整ってくると、今の自分が置かれている状況を理解しはじめる。


(私、今、イーサン先生に抱きしめられてる!?)


 普通ならあり得ない状況に、盛大に焦る。


「先生っ、ありがとうございます、もう大丈夫です」

「そうか、もう少し、こうしていてもよかったのにな」

「もう! 先生ったら、冗談が上手いんだから」


 イーサン先生の言葉に、少しだけ笑顔を取り戻した私は、イーサン先生の腕の中からゆっくりと解き放たれた。


「それで? 何があったんだ? 俺で良ければ何でも聞くよ?」

「……」

「君の大切な従者君のことかな?」


 イーサン先生の言葉に、大きく目を見開いた。


「正解ってとこかな? おおよそ、その優秀な従者君が身分を偽っていた、とか?」

「ど、どうしてそれを?」


(まさか、イーサン先生まで乙女ゲームを知っているの?)


「担任だから、知っていて当たり前だろ? と言いたいところだけれど、実は過去に一度だけ、王子としての彼と会っているんだ。あれは何年前だったかな? 俺が魔物意見交換会に出席しているのは知っているだろ?」

「はい、前に魔境の森で会った時に仰っていました」


 イーサン先生が魔物意見交換会に参加しているからこそ、入学前に魔境の森でイーサン先生に会った。その時に、イーサン先生は魔物意見交換会に毎年出席していると言っていた。


(乙女ゲームに関係なく、ジェイドがルーカス王子だと知っていたってことね。びっくりしたわ)


「その魔物意見交換会にジェイド君、いや、ルーカス王子が、チェスター王国の代表として出席していたんだ。そこで自己紹介をしていたから、顔を覚えていたんだよ。羨ましいくらい美少年だったからな。けれど、どうしてそれを悩んでいるんだい?」


 もちろんイーサン先生に乙女ゲームの話なんてできるはずがない。私が乙女ゲームについて話せるのは、同じ転生者のノルンちゃんと、ジェイドだけ。


 全部は話せないけれど、少しでも聞いて欲しかった。聞いてもらえるだけで心が軽くなるということを、私は身を持って知っていたから。


「私たちの間に、隠し事はないと思っていたんです。何でも話せるって、秘密なんかあるはずないって、それなのに……」

「それなのに、隠されていたことに対して、戸惑っているんだね」

「はい。許せないとか裏切られたって気持ちとは違うんです。ただ、私は秘密なんてないほどジェイドのことを信頼していたから、ジェイドも同じだと思っていたんです」

「じゃあ、どうして彼は君にそのことを隠していたのかは考えてみたかい?」

「隠す理由?」


(どうしてだろう?)


 私とジェイドが初めて会った時には、もうすでに記憶喪失だと言って隠していた。


 私が乙女ゲームについて話したのは、ジェイドが従者になって少し経ってからだ。

 だからきっと、乙女ゲームは関係ない。


「でも、途中からでも、言ってくれてもよかったのに、黙っているなんて」

「黙っているというか、言い出せなかったのかもしれないよ?」


(言い出せなかった、理由?)


 それはきっと、ジェイドが乙女ゲームの攻略対象者だから。それは間違いない。


 ジェイドは私から乙女ゲームの話を聞いて、自分が私を断罪する側だと知った。知ってもなお、私の近くにいてくれて、破滅エンドを回避しようと考えてくれた。


 もし、乙女ゲームの話を打ち明けた時に、ジェイドが私に「自分がルーカス王子」だと打ち明けられていたら、私はどうしたのだろうか。


(ジェイドを拒絶した?)


『……その時はきっと、サフィーお嬢様に拒絶されてしまいます……』


 昨日のジェイドの言葉が、私の頭を過った。


(ジェイドは、私に拒絶されると思っていた。拒絶されたくなかったから、言えなかった?)


 いつまでも答えを出せないままでいた私に、イーサン先生が声を上げた。


「じゃあ、俺が全てを解決できる、とっておきの方法を教えてあげるよ」

「そんな方法があるんですか?」


 私は期待するような目で、イーサン先生の顔を見た。


 イーサン先生は、いつもの優しい笑顔とは全く異なる、貼り付けたような笑みを浮かべ、抑揚のない平坦な口調で教えてくれた。


「ああ、殺せばいい、ジェイド君を」






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