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“彼”という存在

「ボケっとしてないで、さっさと帰るぞ。騒ぎになったら色々とまずいからな。このことは誰にも言うなよ。それに詳しい話は部屋に戻ってからにしろ」


 巨大なクラーケンとの戦いを終えた、真紅色の瞳をしたラズ兄様が、いつの間にか私たちの前に来ていた。


 一言ぶっきら棒に告げると、また黒猫の姿になったと思ったら、私たちの前から一瞬にして姿を消した。


 それから、私とジェイドは、一言も言葉を交わすことのないまま、肝試しのスタート地点に戻った。きっと先生たちが心配しているだろうから……


 

「遅かったな? どうしたんだ? 何かあったのか? サファイア嬢の顔が真っ青だぞ?」


 案の定、イーサン先生がずっと一人で待っていてくれた。あまりにも私たちが遅いので、人を集めて見つけに行こうか迷っていたみたい。


「心配をおかけして、申し訳ありません。体調を崩してしまったようで、少しだけ休んでいました」


 ラズ兄様に忠告されたからか「アンデッドと戦っていた」とは言わずに、ジェイドがそれらしい言い訳を、イーサン先生に伝えてくれた。


「あぁ、女の子は時々、怖くて倒れる子もいるからな。ゆっくり休みなさい。きちんと様子を見てやれよ。そして何かあったらすぐに報告しろ」

「はい、了解いたしました」


 イーサン先生と別れると、ジェイドが私を宿泊施設まで送ってくれた。その間も、私たちに会話はない。ひたすら気まずい雰囲気で覆われていた。


 私たちが帰ってくるのがどうして分かったのだろうか? ノルンちゃんが宿泊施設の外で、私たちを待っていてくれた。


「遅い!」


 ノルンちゃんが、たった一言だけ文句を吐いた。


(ノルンちゃん、もしかして、私たちのことを心配してくれていたの?)


「ノルン様……」

「だいたい察しはついたわ。ここからは男子禁制よ。あなたも部屋に戻りなさい。人のことを心配してる場合では無いほど、あなたの顔色も悪いわよ」


 ジェイドが説明するのを遮って、ノルンちゃんは、奪い取るように私を引き受けてくれた。


「よろしくお願いします」


 ジェイドはノルンちゃんに一礼をし、私とノルンちゃんが宿泊施設に入るのを見届けてから、自分の宿泊施設に戻っていった。


 ノルンちゃんは私を支えるようにして、部屋まで連れて行ってくれた。


「ノルンちゃん……」

「気付いちゃったのね、彼がルーカス王子だってこと」

「うん」


 思い出しただけで、涙が零れそうになった。


(泣いちゃだめ、ノルンちゃんに、これ以上心配を掛けてはいけないわ)


「これは、私たちにはどうにもできない事実よ。あとは、あなたが受け入れるかどうか。ただし、あなたが受け入れなくても、彼がルーカス王子であるという事実は変わらない」

「うん……」


 ノルンちゃんはゆっくりと私に突きつけられた現実を説明してくれた。強要するでもなく、突き放すわけでもなく、優しく諭すように……


「ゆっくり考えなさい。ジェイドだとかルーカスだとかを抜きにして、あなたにとって、彼自身がどういう存在なのか」

「私にとって、の存在?」


 ジェイドは従者で、ルーカス王子は私を破滅エンドに導く攻略対象者。けれど、それらを抜きにした時、私にとって、一体彼はどういう存在なのか。


「今日はきちんと眠りなさい。そんな青白い顔していたら、おばけがびっくりして逆に逃げるわよ?」

「うん……」

「一人で眠れる?」

「アオがいるから……」


 アオもずっと私の近くにいてくれている。


(アオも、気付いていたんだね)


 シュンとした表情をして、ずっとそばにいてくれている。


「そう、何かあったらすぐに呼んでいいからね」

「! ノルンちゃん、ありがとう」

「私にお礼はいらないわよ。あなたのおかげで好感度は上がっているだろうしね。それにライバルに塩を送るのは今日だけよ。明日からは容赦しないんだから!」


(こんな状況なのに、好感度って、さすがノルンちゃんだわ。それに、私がノルンちゃんのライバル? 悪役って、敵じゃないのかしら? それにしても今の言い方だと……)


「ふふ、どっちが悪役令嬢か分からないね」

「笑えるならもう大丈夫ね、おやすみ」

「おやすみなさい」


 そう言って、ノルンちゃんは自分の部屋に戻っていった。


(何かあったら、すぐに呼んでもいいだなんて、前世の私に、お医者さんも看護師さんも、みんなが言ってくれたわね)


 その言葉が、いつも守ってもらえている気がして、そばにいてくれている気がして、とても心強かった。


『サフィー……』


 ずっと黙って私の近くにいてくれたアオは、申し訳なさそうな表情で、私の名を呼ぶ。


「アオ、さっきは助けてくれてありがとう」


 アオに今できる精一杯の笑顔を見せた。


 きっと、全然可愛くない、歪んだ笑顔になっている。でも、少しでもアオに安心して欲しいから。


『うん、でも、サフィー、ごめんね』

「どうしてアオが謝るの?」

『だって、ボクも気付いていたから。何となくだけど』

「ラズ兄様も知っていたみたいだし、きっとお母様も。知らなかったのは、私だけなのね」

『サフィー……』

「大丈夫よ。でも、今日は私も疲れたから寝るわね。もふもふしながら寝てもいい?」

『うん、もちろんだよ。いくらでももふもふして』

「ありがとう、アオ」


 今はもう何も考えたくない。私はアオの優しい温もりに包まれて、そのまま目を閉じた。






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