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肝試し大会

 とうとう魔法学園恒例の、肝試し大会の集合時間となった。

 魔法学園らしく、森の中の至る所に魔法でおばけの仕掛けがしてあるらしい。


 肝試しのルールは至って簡単。


 森の中に佇む石碑の前に木札が置いてあるので、その木札を持って帰ってくること。

 その木札を持って帰ってくれば、何と! カフェテリアのデザート1ヶ月分が無料になる。


「サフィーお嬢様、やっぱりやめた方がいいんじゃないですか?」


 俄然やる気に満ち溢れた私に、ジェイドが心配そうに囁いてきた。


「もちろん行くわよ。全然怖くなんかないもの」

「先ほどから挙動不審だし、震えてるし、全然大丈夫そうに見えませんけど?」


 そんなことあるはずがない。ただ少しだけ、ジェイドの影に隠れて周囲をきょろきょろと警戒し、おばけが襲ってきてもいいように身構えては、パンチやキックをする練習をしているだけだ。


「大丈夫! いざとなったらジェイドがいるんだもの。ジェイド、私のことを守ってちょうだいね」


 主君らしくビシッとお願いをした私に、ジェイドは優しく笑う。


「そう言われてしまうと、頑張るしかないじゃないですか。分かりました。どんなことがあろうとも、必ずサフィーお嬢様を守ってみせます!」


 ジェイドも私の言葉で覚悟を決めたらしい。もしかしたら、ジェイドもおばけが苦手なのかもしれない。


(ふふ、ジェイドったら、自分が怖いから、私にやめようと言わせる作戦だったのかしら?)


 そして、私たちは肝試しの参加受付を済ませ、順番を決めるくじを引いた。


「サファイア嬢も参加するのか。頑張れよ。従者君がペアじゃ、余裕だな。順番は、やったな、一番最後だ」


 イーサン先生が私たちに笑顔で、悪魔の宣告をしてきた。


「一番最後って、絶対に怖いやつよね……」


 一組目から順番に出発し、意外なことに「楽しかったね、全然怖くなかった」などと言いながら、続々と木札を持って帰ってくる。


「ジェイド、次はとうとう私たちの番よ! ってやっぱりみんな、宿泊施設に帰っちゃうんでしょ!」


 肝試しが終わったペアは、どんどん宿泊施設に帰ってしまう。私たちが肝試しを終える頃には、きっと誰もいない。


(誰もいないって、怖いよね……)


「帰ってきたら誰もいないって、ひどくない? もう、どうして私ったらくじ運が悪いの? きっと……きゃあ!!」


 怖い気持ちを紛らわせるように、わざと大きな声で文句を言いながら歩いていたところ、目の前にいきなり血みどろおばけが現れ、私は思わずジェイドに抱きついてしまった。


「いやぁ! おばけっ無理っ」

「大丈夫ですよ、サフィーお嬢様、可愛いぬいぐるみです。ちょっと血糊がついてますけど」

「へ? ぬ、ぬいぐるみぃ?」


 そんなはずはない、と思いながら、おそるおそる目を開けると、それは可愛い猫のぬいぐるみだった。


 それを知った私は、慌ててジェイドから離れ、誤魔化すように、さらに大きな声で文句を放った。


「何よ! 昼間にレオナルド王子が余計なことを言っていたから、黒猫のおばけかと思っちゃったじゃないの!!」


 そんな私を見て、ジェイドがくすくすと笑いはじめた。そして、私の前に優しく手を差し出してくれる。


「サフィーお嬢様、お手をどうぞ」


(今すぐこの手を掴みたい。けれど、この手を掴んでしまったら、怖いと認めたようで悔しい。でも……)


「別に怖くなんかないわよ? でもジェイドが怖いって言うのなら……」

「はい、とっても怖いです。だから、ここからは手を繋いでくれませんか?」


 にっこりと微笑みながら「怖い」と言うジェイドに甘えて、私は「仕方ないわね」と、ジェイドの手に自分の手を重ねた。


(もう、ジェイドは本当に優しいんだから!)


 けれど、問題が起こってしまった。


 手を繋いで怖くなくなったはずなのに、それと反比例するかのように、私の心臓の鼓動がバクバクと言って鳴り止まない。


 私たちの近くにはもちろん誰もいないし、こういう時に限って、辺りはしんと静まり返っている。


(恥ずかしい!! ジェイドにまで聞こえちゃいそうだわ。何でもいいから話題、話題!!)


「ジェ、ジェイドは怖くないの?」

「はい、全く! サフィーお嬢様とこうして夜の道を歩くのも初めてですし、それにまるで冒険しているようじゃないですか!」


(ジェイド、そこは「怖い」って言わなきゃだめじゃない。さっき「とっても怖い」って言ってたんだから)


 ジェイドの優しさに触れた私は、少しずつ心臓の音も落ち着いてきた気がした。


「ふふ、夜に出掛けることなんて、今までなかったものね。そう思うと楽しくなってくるわね」

「それにサフィーお嬢様、このおばけなんか可愛いじゃないですか!」

「本当ね! お持ち帰りしてもいいくらいね!」

「それはちょっと……」

「だめかな?」


 森の中の至る所で、おばけの役目を担っているぬいぐるみは、誰のセンスなのか、とても可愛らしい。

 それに、道に迷わないように案内板もあり、余計に安心感が増す。


 見方や考え方を変えるだけで、怖いと思っていたものも、なんだか楽しく思えてくるって不思議だ。


「ジェイドは、今、幸せ? い、今って現在じゃないよっ、今の生活がってことよ!!」


 私は盛大に焦った。


 まるで、私と二人で手を繋いで歩いていることが幸せか、と尋ねてしまった気がしたから。


 それに気付いているのか、気付かないフリをしてくれているのか、ジェイドは私と繋いでいる手を握り直した--指を絡めるように、優しく。


(え!? 指っ!!)


「はい、とても幸せです。幸せすぎて、イマがずっと続けばいいのにって思っています」


 ジェイドの言葉が嘘偽りではないと、繋がれた指先を通して私に伝わってきた。心が擽ったくなりながらも、私まで素直になれる気がした。


「うん、私もイマがとても幸せよ。ずっとこの幸せを離したくないわ!」


 お互いに恥ずかしくなったのか、続く会話が出てこない。けれど、不思議とそんなイマも心地よく、その幸せを噛み締めて一緒に歩いた。


 それなのに、素直になればなるほど、後回しにしていた不安が私を襲う。


「……でも、もしも、ジェイドが昔の記憶を思い出したら、私の隣からいなくなっちゃうのよね?」


 今ではジェイドが隣にいるのが当たり前。それはこれからも、断罪イベントの日でさえも、ずっと隣にいてくれるのではないかと、淡い期待を抱いてしまっている。


 でも、ジェイドは記憶がなくて帰るところが分からないから従者になってくれた。

 記憶が戻って、帰る場所を思い出したら、きっと帰りたいと思うのが普通だろう。


(ずっと隣にいて欲しいと思うのは、私の我儘?)


「……その時はきっと、サフィーお嬢様に拒絶されてしまいます」


 その言葉と共に、私の手と繋がれているジェイドの手が、一瞬だけ力が強まった気がした。


「私が拒絶? どうして? 別に、私を差し置いて過去の記憶を思い出してずるい! なんて怒ったりしないわ?」


 ジェイドが記憶を思い出せたら、私は喜んであげたい。喜ぶなって言われても、盛大に喜ぶと思う。

 ジェイドの小さい頃の話も聞きたいし、ご家族にだって会いたいと思うはず。


(記憶を思い出しても、私の隣にいたいって言ってくれたら、私……)


「いえ、変なこと言ってすみません。きっと記憶を思い出しても、俺はサフィーお嬢様の従者を続けたいです。サフィーお嬢様が裏切り者って罵っても、俺はサフィーお嬢様の願いを叶えるためにも、そばにいたいです」

「ふふ、ジェイドが私を裏切るなんてあり得ないわ……って、あれ石碑じゃない? あっという間に着いたわね!」


 ジェイドの言葉がすごく嬉しくて、恥ずかしくて、私はわざと話題を逸らした。


 目的の石碑に辿り着き、浮かれ気分で石碑の前に置いてある最後の一つの木札を、空いている方の手で、手に取った。

 もう少しだけでも、手を繋いでいたかったから。


 木札を手にした瞬間、チクリ、と私の手に何かが刺さった。


「痛っ!」

「サフィーお嬢様、どうされましたか?」

「大丈夫。でも、指に何かが刺さったみたいだわ」

「えっ、指を見せてください」


 ジェイドに指を見せようとしたところ、ぽたり、と私の指から血が流れ、地面に垂れ落ちた。



ーーーーピカァァァァァ



 突然、それは起こった。私たちの足下から眩しいほどの光が放ちはじめたのだ。


「ま、眩しい……」


 その光は次第に収まっていき、円や線、文字などが描かれた光の模様を浮かび上がらせた。

 それはまるで……


「……魔術陣?」


 そう思うのとほぼ同時に、目を疑うような出来事が起こりだした。



ーーーーガタッ、ガタガタッ、ガタガッシャーン



 目の前の石碑が崩れ出し、私たちが立っている地面が盛り上がりはじめた。


「え、何これ? 何が起こってるの?」

「サフィーお嬢様、こちらへ!」


 突然の出来事に、全身が震えて何も出来ずに立ち尽くしていた私の手を引っ張り、石碑から離れた場所まで誘導してくれた。


 私のことを背中側に守るように隠してくれ、ジェイドはその場の様子を窺う。


 全身から嫌な汗が吹き出るほどの凶々しい空気と、まだ見えぬ恐怖が私たちを襲ってきた。


「何、これ……?」


 ゆっくりと地面の下から現れたのは、巨大な黒いドロドロとした凶々しい物体。


(怖い、気持ち悪い……)


 私たちがソレを認識した瞬間、一気に私たちの前に立ちはだかる。


 見たことのない物体、私たちに纏わり付くような凶々しい空気。ソレが一体何なのか……


 ジェイドから伝わる張り詰めた空気が、より一層、ソレが危険なものであることを物語っていた。


「ッ、逃げますよっ」


 ジェイドは、私の手を引いて一目散に逃げ出した。ジェイドでさえも、ソレとは対峙してはいけないと瞬時に判断したのだろう。


 逃げながらも、ジェイドは風魔法で攻撃を試みる。けれど、その全てを呑み込まれてしまい、全く効果がなかった。


「何なの、これ?」

「アンデッドかもしれません」

「アンデッド? 魔法も効かないなんて、どうすればいいの?」

「光魔法なら……」

「そんなの、使えるわけがないじゃない!!」


 森の中を無我夢中で逃げていると、今度は獣型の黒いドロドロとした物体が、あちらこちらから現れ始めた。


「嘘、冗談でしょ?!」


 ソレが、私たちを取り囲もうとジリジリと近寄ってくる。


 死--私の脳裏には、その一文字が過った。


「サフィーお嬢様は、隙を見て逃げてください。私が囮になりますので、さあ、早くっ!」


 繋がれていた手が、解かれた。


(あっ……)


 ジェイドはその手に短剣を構え、獣型の黒いドロドロの方へと、自ら立ち向かっていった。


「だめ、待って……」


 私の声と、繋がれる相手がいなくなった手が、その場に虚しく漂う……


 ジェイドに狙いを定めたのか、ジェイドを目掛け、獣型の黒いドロドロが一斉に襲いかかる。


 私の視界は一瞬にして、真っ黒い闇で覆い尽くされた。私のすぐ目の前で、ジェイドは獣型の黒いドロドロとした物体に呑み込まれてしまった……





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