宿泊合宿!
「海だわー!!」
青い空、白い雲、どこまでも続く広い海!! ずーっと楽しみにしていた、海での宿泊合宿だ。
全学年合同で現地集合だから、ラズ兄様とジェイドと一緒に、宿泊合宿が開催されるマーリンの街に、今まさに着いたところだ。
「サフィーお嬢様は、海は初めてですか?」
「うん、ずっと楽しみにしてたの。ジェイドは?」
「たぶん、初めてだと思います」
ジェイドには、昔の記憶がないから本当のことは分からない。そうなると、もしかしたら、私も海に来たことがあったのかもしれない。
(ラズ兄様に聞いてみようかしら?)
ラズ兄様は小さい頃の話をしたくなさそうな感じだから、あまり聞かないようにはしている。けれど、せっかくなので聞いてみたい。
「ラズ兄様、私って、小さい頃に海に来たことはあるんですか?」
「ああ、あるよ。家族旅行で来たんだ。昼間に海を楽しんだ後、夜は花火をしたよ。母様が嫌がるのに、サフィーがどうしてもやりたいって、駄々をこねて大変だったよ」
ラズ兄様が昔を懐かしむように、少しだけ思い出し笑いをしながら教えてくれた。
「そうなんですね。ふふ、お母様が花火を嫌がるとか珍しいですね。率先してやりそうなのに」
「あ、母様には言うなよ。俺が怒られる。それと、サフィーもジェイドも、今日と明日の夜は、森の向こう側の海には近寄るなよ。マリリンが凶暴な魔物が出るって言ってたからな」
(出た! ジェイドの最恐のライバル、マリリンさん)
「ラズ兄様っ、ジェイドの前でマリリンさんの話は禁句です!! それに、今日はもう疲れたし、明日の夜は肝試し大会に行く予定なので、海には行きませんから、ご心配には及びません」
「サフィー、本当に肝試しに行くのか? おばけが出るって噂だぞ?」
「そうやって、ラズ兄様はすぐ驚かせるんだから!」
私たちは到着の報告を済ませると、明日に備え、それぞれ部屋で休むことにした。
私たちの泊まる宿泊施設は、宿泊合宿の間は学園が貸し切りにしている。
しかも、魔物が出ると言っていた、森の向こう側にある海とは別に、プライベートビーチがあるので安心だ。
部屋は男女別の棟になっていて、セキュリティーも万全な対策が取られているので、護衛の心配もない。
それに私にはアオがいてくれる。前もって、部屋に従魔を入れても良いとの許可を得たので、全く寂しくない。
そして次の日。
さっそく私はニナちゃんと一緒に水着に着替え、みんなが待っている浜辺へと向かった。
「サフィーお嬢様、その水着、よくお似合いですね。とても可愛いですよ」
「!?」
ジェイドは私を見るなり、恥ずかしげもなく褒めてくれた。可愛いと言ってもらうことを望んでいた私でも、直球で来るとは思わず、一気に顔が赤くなってしまった。
「ありがとう、王妃様が選んでくれた水着にしたのよ」
王妃様が選んでくれたのは、ホルターネック型の少しだけ大人っぽい水着だ。
「えぇ、その選択をしてくれてよかったです。もし他のを選んでいたら、と考えただけで、もう海どころではありませんから」
本当は可愛らしいフリルの水着が着たかった。けれど、私には似合わなかった。
スクール水着は、夜のお店のコスプレでしかなかっただろう。
お母様のは、いろんな意味でだめだろう。
「ジェイドさーん、私はどうですか? 可愛いですか?」
ノルンちゃんは、私が着たいと思っていたのよりも、さらに甘く可愛らしいデザインの淡いピンク色のフリルのついた水着だった。もちろんとても似合っている。
(ジェイドは優しいから、きっと可愛いって言うのかな?)
「……可愛いな」
予想通りの「可愛い」という声が聞こえてきた。ただ、その声はジェイドが発した声ではなく、私の後ろから聞こえてきた。
「ラズ兄様! 今なんて?」
(まさか、ラズ兄様がノルンちゃんに一目惚れとか?)
「サフィーは何を着ても可愛いな、って言ったんだよ。さて、こちらのお嬢さんは……この前、会った子だね。サフィーの兄のラズライトです。この前はびっくりしたでしょ? ごめんね」
「こ、こんにちは、ラズライト様、ノルンと申します」
ラズ兄様とノルンちゃんが会ったことがあると言う事実に、私は驚いた。
しかも、ノルンちゃんの話し方が、男心を擽るような可愛らしい声じゃなく、少しだけ緊張しているように聞こえる。
(もしかして、乙女ゲームだと、ラズ兄様と私に虐められる設定だから、無意識に拒否反応が起きているのかしら?)
それに、ノルンちゃんがジェイドに色目を使っているところをラズ兄様が見てしまったら、要らぬ戦いが勃発してしまいそうだ。
(そんなことになってしまったら、ラズ兄様まで破滅エンドまっしぐらになっちゃうわ。どうにかしなきゃ!!)
私は、ラズ兄様のことをたてつつ、ノルンちゃんをうまく牽制する方法を模索した。
(あ! いいこと思いついたわ!)
「ノルンちゃん、ラズ兄様を好きになっちゃだめだからね。もう先約がいるんだから!」
ノルンちゃんのような可愛い女の子に好意を寄せられて、嫌だという男の人はいないと思う。それはきっとラズ兄様も。
同時に、先約=ジェイドがいることをやんわりと仄めかす作戦だ。
「あぁ、俺の人生はサフィーに捧げるって決めているからな」
「ち、違います! ジェイドという大切な存在がいるってことです!!」
ラズ兄様が想定外なことを言い出した。作戦が台無しにされて焦りすぎた私は、思わずオブラートに包むことなく言ってしまった。
「ジェイドさん?」
「ノルン様、サフィーお嬢様の盛大な思い込みですから、気になさらないでください」
「え? 今さらジェイドがノルンちゃんにフォローを入れるの? もしかして、この前のマリリンさんの一件で、ラズ兄様に愛想を尽かしちゃったの?」
「サフィー、おかしなことを言ってないで、俺と一緒に遊ぼう。海で泳ぐか? それとも何か食べるか?」
「まずは泳ぎたいです! 海に来たんだから、思う存分泳がなきゃ!!」
私たちは思いっきり海を満喫した。そして、一休みしていた時に、私はラズ兄様に切り出した。
「ラズ兄様! 私、お願いがあります」
「何となく何が言いたいのか予想がつくのは気のせいか? 数年前のデジャブな予感がするぞ?」
「暑い夏、青い空、広い海、と言ったらかき氷でしょ! 準備はしてきました!」
私は浜辺でかき氷が食べたい。プールとはまた違って、広々とした海を見ながら食べるかき氷は、格別に美味しいに決まっている。
そんな私に、ラズ兄様が少しだけ意地悪を言う。
「俺の氷は、そんなに安売りしないぞ」
「もちろん、私が身体で払います!」
「「えっ!?」」
ラズ兄様とジェイドの驚きの声を無視して、私はさっそく持参したフリルの付いた可愛いエプロンを着て見せた。
(水着に可愛いフリルは諦めたけれど、エプロンくらいはいいわよね?)
「売るのは任せてください! 必ず完売してみせます!」
私は自信満々だ。ラズ兄様の愛情のこもったかき氷が売れないわけがない。
マリリンさんチョイスの水着を着なくても、必ずトップの売り上げを誇ってみせる!
「ジェイド、この恰好はこの恰好で、いけない気がしないか?」
「はい、同感です。でも、可愛いので、俺はありです」
「……ジェイドも言うようになってきたな。アオいるか? 暑いのは少し我慢して、サフィーを変な男共から守れ!」
『おう!!』
予想通り、かき氷はバカ売れだった。盛況すぎて人手が追いつかず、やっぱりフリルのエプロン姿も似合うノルンちゃんとニナちゃんが手伝ってくれた。
どうしてなのか、私の周りには誰も近寄ってこないので、私はとうとう裏方に回った。
「あぁ! 休憩だ!! 俺もかき氷が食べたい」
とうとうラズ兄様がギブアップし、かき氷屋さんは閉店した。
「オルティス侯爵家が、ちまちまと金儲けなんかしてどうするのさ?」
最後のかき氷を買ったレオナルド王子がそう言い放つ。労働は良いものだ。汗をかいて自分たちで稼いだお金で買うと特別な気がする。
それに、私には目的がある!
「このお金で何をするのかは秘密です! 明日の夜のお楽しみです。絶対にレオナルド王子も羨ましがりますよ!」
すると突然、ラズ兄様がレオナルド王子のかき氷を取り上げた。
「おっと、レオ、かき氷を食べはじめるのはまだだ。誰が一番最初にかき氷を食べられるか勝負をしないか? ビリの人は一位の人の言うことを何でも聞かなきゃいけないという罰ゲーム付きだ。初めてかき氷を食べる人にはハンデをやるよ。そうだなぁ、特別に5秒だ。思う存分スタートダッシュを決めてみろ!」
急遽、かき氷早食い競争が開催されることになった。
参加者は、ラズ兄様、ジェイド、レオナルド王子。ジェイドとレオナルド王子はハンデ5秒だ。
ワイアット様とニナちゃんは、二人で浜辺を歩いてくると出掛けていった。相変わらず二人は仲良しで羨ましい。
そして、容易にこの後の展開の予想がつくかき氷早食い対決の幕が開ける。
「用意、スタート!!」
「よーし、スタートダッシュを決めてやる!!」
案の定、レオナルド王子が一気にかき氷を食べ始めた。その様子をジェイドは横目で見ている。
(さすが、ジェイドね。ラズ兄様が安易にハンデをあげるわけがないことを見抜いているわ)
「痛てぇぇぇぇ!!!!」
「やっぱり……」
レオナルド王子の様子を見ていたジェイドが小さく呟いた。予想通り、レオナルド王子は頭を押さえて悶絶しはじめたのだから。
その間に、ラズ兄様はかき氷を食べはじめる。
結局、ラズ兄様が一位、ジェイドが二位、レオナルド王子がビリだった。誰もが予想していた結果だと思う。
「実は、願い事はもうすでにある。レオにしかできないことだ。期待しているぞ」
「俺にしかできないこと? 罰ゲームのはずなのに、頼りにされているようで嬉しいな」
もともと似ているとは思っていたけれど、最近さらに、ラズ兄様がお母様に似てきた気がするのは気のせいだろうか?
「ところで、サフィーは夜の肝試しに本当に参加するのか?」
「はい、もちろんです」
「お化けが怖いのに?」
「うぅ、でも、学校行事にはもれなく参加が目標ですから!!」
はあっと、ため息をついたラズ兄様は、ジェイドに私のお守りを申しつける。
「ジェイド、お前は絶対にサフィーの側から離れるなよ。短剣も必ず持っていけよ。ここら辺にはここ数年、お化けの類が出るんだからな」
何やら、本当に物騒な話をしはじめた。
「俺も城の騎士たちに聞いたぞ。女性の冒険者と黒っぽい猫の幽霊が出るらしいって。冒険者ギルドの依頼かと思ったらしいけど、冒険者ギルドは全く関係していないみたいだ。しかもフッと現れては、すぐに消えちゃうらしい」
「え? じゃあ、その冒険者の方が冒険の途中で死んじゃって、地縛霊になってるってことですか?」
怖い。偽物のおばけじゃなくて、本物のおばけは嫌だ。
「よく分からないけど、いつの間にか、母上の特別案件になったみたいで、真相は闇の中なんだ。だから俺は参加しないぞ? 決して怖いわけじゃないからな」
「まあ、そういうことだ。気を付けろよ。俺は疲れたから帰る、じゃあな」
「それなら、私も涼みたいから帰ります」
ラズ兄様とノルンちゃんは、宿泊施設に帰るようだ。
「じゃあ、私たちも夜に備えて少し休もう」
「はい、サフィーお嬢様」
私とジェイドは、夜の肝試し大会に向け、万全を期すことにした。