魔物討伐試験の後は……
魔物討伐試験の後は、戦った一角兎を最後まできちんといただくということで、バーベキュー大会が行われる。
ただ闇雲に命を奪うだけでなく、その命に感謝と敬意を払うことが大切だから。
(やっぱり、この試験が一番重要としていることは「心」と「命の大切さ」なのね)
バーベキューの準備をするために、フロー村の孤児院の子供たちが手伝いに来てくれていた。もちろん、私がお願いしたわけではない。
イーサン先生が教師になってから、毎年この試験が行われていて、その度に孤児院の子供たちが手伝いに来ているという。手伝いの対価として、余った魔物の肉などが貰えるからだ。
「こんにちは! 私にも手伝えることはあるかしら?」
「あー、サフィーお姉ちゃんだ! こんにちは、サフィーお姉ちゃんはお肉の味付けってできますか? 同じ味ばかりで飽きちゃうんです」
「ふふ、今日はね、ミリーにお願いして、とっても良いものを持ってきてもらう約束になってるんだけど……」
そろそろミリーが来てくれる時間だと思い、きょろきょろと周りを見渡した。すると、小走りで駆けてくるミリーの姿が見えた。
「サフィーお嬢様! 遅くなって申し訳ありません。お約束のものを持ってきました!」
ミリーは息を切らしながら、液体の入った袋を渡してくれた。これはバーベキューに欠かせない、私の秘密兵器だ。
「サフィーお姉ちゃん、それは何ですか?」
「これはね“焼肉のたれサフィースペシャル”よ! これにお肉を漬ければ、臭みも取れるし、焼くだけで、とても美味しくなるんだよ」
バーベキューは外で行うので、瓶ではなく袋に入れて持ってきてもらった。袋の方味も均等に馴染みやすくなるし、扱いやすいから。
私は孤児院の子供たちと一緒になって、わいわいとバーベキューの準備をしていた。
そこへ全ての試験が終わったイーサン先生が、バーベキューの準備の進み具合を確認しにやってきた。
「すごいな。サファイア嬢は、料理も出来るんだな」
「イーサン先生! 試験は終わったんですか?」
「ああ、他の生徒たちは向こうで休んでるぞ。それなのに、サファイア嬢は元気だな」
魔法学園に通う生徒の殆どが、貴族の子供たちだ。だから、バーベキューの手伝いをする生徒は滅多にいないみたい。
「全部アオがやってくれて、私は何もやらなかったから、全く疲れてません。少しは何かに貢献しなきゃいけませんから!」
私が今日の試験でやったこと。それはアオの名前を呼んだだけ。あとはアオが全部やってくれた。疲れているわけがない。
だからといって、魔境の森でスライムを倒したことを、無駄だったとは思いたくない。何か意味があったのだと思いたい。
「ははは、そんなことはないよ。はい、これはバーベキューの準備をしてくれているご褒美だ。口を開けてごらん」
「え? あ、はい?」
言われるがまま口を開けると、イーサン先生は、手に持っていた甘いお菓子を食べさせてくれた。
「甘い物を食べると、一気に疲れがとれるだろ?」
そう言うイーサン先生は、少しだけ悪戯っぽい顔をして、目を細めて笑った。
そんな優しい笑顔で言われたら、私は黙って頷くことしかできない。攻略対象者かもしれなかっただけあって、その笑顔は反則だ。
(だめ、だめ!! 勘違いしてはいけないわ! 食べさせてくれたのは、私の両手が塞がっていたからよね? 決して好感度が高いからではないわよね?)
すると、再びジェイドが私たちの間に割って入ってきた。
「捌き終わりました」
ジェイドの手には、何故か短剣が握られている。
「ジェイド、ありがとう。大変だったでしょ? それにもう短剣はしまって大丈夫よ。もう捌くものはないから」
「あまりサファイア嬢に構っていると、私が捌かれそうだな」
そう言いながら、イーサン先生は近くにいる孤児院の子供たちにも、私にしたのと全く同じようにお菓子をあげていった。
(こうやって見ると、親鳥が雛鳥に餌をあげているみたいね。やっぱり深い意図はなさそうだわ)
「ジェイドはどうしたの? ジェイドもお菓子が食べたかったの?」
ジェイドに問いかけると、ジトリとした目で私を見てきた。
「はあ、本当にタチが悪いですよね。また餌付けされてるし」
「え? どうして? 何か悪いことした? 今日のジェイド、ちょっと変よ、ね、ミリー?」
ミリーの同意を得ようとしたところ、逆にミリーが私に尋ねてきた。
「サフィーお嬢様、今の方って?」
「今の? イーサン先生のこと? 私たちの担任の先生よ。ミリーは会うの初めてだものね」
ぽーっと、イーサン先生を見つめているミリーは、少しだけ頬が赤い。イーサン先生も攻略対象者かもしれなかった人だけあって、やっぱりとても格好良いからだろう。
「……そうなんですか? やっぱり格好良いですね! 思っていた以上です! だから、サフィーお嬢様も好きになっちゃうんじゃないかって、きっとジェイドさんも心配してるんですよ」
頬を染めながら、ミリーは悪戯に言う。
「な、何を言ってるのよ、確かにジェイドは過保護だからそう思うかもしれないけれど、そんな心配はいらないわよ」
「はい、そうでしたね。サフィーお嬢様の目は、肥えてらっしゃいますものね!」
そう言うと、ミリーもバーベキューの準備を手伝ってくれた。早めに準備も整い、バーベキューが始まった。
一角兎の他にも、他のお肉やお野菜も用意してくれていて、盛りだくさんのメニューだった。
「美味しい!! アオもおいで〜、アオがいっぱい頑張ってくれたのだから、私の分のお肉も食べてね」
私は優しいふりをしているけれど、実はあんなに可愛い一角兎を見てしまったから、このお肉が食べ辛いだけ。だから、私の代わりにアオにしっかりと食べてもらう。
食べ物をいただくということが、どんな意味を持つことなのか。それは命をいただくということ。そう考えると、昔の私がどれだけ愚かだったのか、改めて思い知らされた。
「この可愛いもふもふっとしたのは、サフィー様の従魔なんですか?」
隣でお肉を食べていたノルンちゃんが、負けじとお肉を食べているアオを見ながら聞いてきた。
もふもふのアオは可愛すぎるから、気になるのは当たり前だ。
「アオって名前なの。可愛いでしょ!」
「アオ?」
「青い毛並みが綺麗だから、アオって付けたの。でも、実はもう一つ由来があって、ノルンちゃんには前世繋がりで特別に教えてあげるわ。私の前世の名前なの。私ね、“あおい”って名前だったの」
「やっぱり……」
「え? やっぱり?」
ノルンちゃんの言葉に、私はこてりと首を傾げた。
「青いからアオだなんて、考えることが安直すぎるな、って思ったんですよ!」
「もう! ノルンちゃんの意地悪!! それにしても、ノルンちゃんはどうしてあんなに、捌くのが上手なの? 怖くないの?」
「前世でも、似たようなことを仕事でやったことがあるんです。だからですかね? 何をやっていたかは秘密ですよ!」
ノルンちゃんのその言葉に、私は口を尖らせて文句を言った。
「ノルンちゃんは秘密ばっかりね。もうさすがに慣れてきたけど。でも、今回ばかりは分かったわ。ずばり! 料理人しかないでしょ!!」
「やっぱり、サフィー様は安直ですね……」
はあっ、とため息をついたノルンちゃんは、私の自信満々な答えを一蹴した。
「じゃあ、猟師? 仕留めるのも上手かったし。ねえ、ノルンちゃん、教えてよ!!」
もちろんノルンちゃんが教えてくれるはずもなく、美味しいバーベキュー大会は無事に幕を閉じた。