魔物討伐試験
私たちは、二年に進級した。
「断罪イベントは来年だし、留学生が来るのも来年だから、今年は今までどおりで大丈夫ね。ジェイド、今年もよろしくね」
今までどおりで大丈夫、そう思える自分が怖い。いつの間にか、私はこれひどまでに神経が図太くなっていたのだろうか。
「はい、サフィーお嬢様。たくさんの思い出を一緒に作りましょうね」
「うん! 昔の記憶がない分、楽しい思い出をいっぱい作るわよ!!」
不思議なことに、今では昔の自分のことがほとんど気にならない。それは今が楽しすぎるおかげだと思っている。
ふと寂しいと思う時もあるけれど、ジェイドも昔の記憶がないからか、お互いに小さい頃の話はしない。だから、余計に気にならなくなっていた。
(そのかわり、楽しい思い出をいっぱい作ることに全力を注ぐのよ!)
教室に入ると、真っ先にノルンちゃんが私たちの元へとやってくる。
「サフィー様、今年も同じクラスですね。ジェイドさんも同じクラスで、私とっても嬉しいです」
笑顔でそう言いながら、ちゃっかりジェイドの隣に立つノルンちゃん。
(もうっ、距離が無駄に近い! もっと離れなさいよっ!)
ノルンちゃんはジェイドを攻略しようとしているのだろう。
レオナルド王子とワイアット様とは、他のクラスメイトと同じような距離感なのに、ジェイドだけわざと距離が近いのだから。
けれど、ノルンちゃんが近付くたびに、ジェイドがさり気なく距離を取っているのを、私は知っている。
可愛いノルンちゃんが隣に来て、甘い笑顔を向けてくれたら、男女問わず見惚れて喜ぶところだろうけれど、ジェイドは違う。
はじめは「嫌よ嫌よも、好きのうち」だと思っていた。けれど、違った。それについては、私の視野が狭かったのだと痛感させられた。
(ジェイドの本命は、ラズ兄様だったのよ!!)
それを知った時、全てのことがすんなりと腑に落ちた。
ラズ兄様の妹であるからこそ、私のことをすごく大切にしてくれて、すごく優しくしてくれるのだということに気が付いた。
それはきっと、すでに私のことを義妹扱いしてるってこと。だから、私もジェイドのことを優しいお義兄ちゃんだと思うことにした。
(私だけは、二人のことを応援する! ラズ兄様のためにも、ノルンちゃんからジェイドを守るのよ!)
ノルンちゃんの恋心を邪魔するなんて、それこそ悪役かもしれない。けれど、私にとっては、ジェイドとラズ兄様の方が大切だ。
(二人のためなら、喜んで悪役にだってなってみせるわ!!)
「サフィーお嬢様、何となくですが、また変なことを考えていらっしゃいませんか? 嫌な予感しかしないんですけど……?」
「ふふ、そんなことないわ。今年はイベントがいっぱいあるから楽しみだなぁ、って思っていただけよ」
私の言うイベントとは、乙女ゲームのイベントのことではない。悪役令嬢である私にとって、乙女ゲームのイベントが楽しみなわけがない。
私が楽しみなイベントとは、学校行事のこと。
春には魔物討伐試験、夏になれば海へ宿泊合宿、秋には文化祭がある。
だからなのか、私の頭の中は、断罪イベントよりも学校のイベントのことに占領されて、この一年が楽しみで仕方がない。
「サフィー様は、本当は担任の先生が一番嬉しいんじゃないんですか? きっと好感度がかなり高いんですね」
「ちょっと、ノルンちゃん! イーサン先生ルートなんてないから!!」
いきなりノルンちゃんが爆弾を仕掛けてきた。わざとなのか、素なのか。
実は、今年のクラスの担任はイーサン先生。もし、イーサン先生ルートというものがあるのなら、どれだけ私の好感度が高いのだろうか?
たしかに乙女ゲームのイーサン先生は、大人の色気があって、ドキドキしっぱなしだった記憶がある。
でも、それはあくまでマジ恋の乙女ゲームの中のイーサン先生に、だ。
(勘違いするな、私。現実のイーサン先生は、マジDEATHのイーサン先生であって、マジ恋のイーサン先生ではないのだから!!)
******
そして、試験の日がやってきた。
今日の試験はいつもの勉学ではなく、私が事前に特訓もした魔物を倒す試験。
試験はクラスごとに行い、試験を行う場所は王都からフロー村に行く途中の何もない場所。そこに囲いがあり、その中には生徒の数だけ一角兎がいる。
「可愛い、可愛すぎる……」
まるで「小動物と触れ合おう」的なイベントのような光景だ。
(きっとこの試験は、力だけでなく、心をも試す試験なのね)
瞬時に、私には無理だと察した。
「じゃあ、注意事項を守って試験に臨むこと。くれぐれも油断して怪我はするなよ。では試験開始」
イーサン先生からの試験の諸注意も終わり、試験が始まった。
「みんな早いわね。レオナルド王子なんて、鮮やかな剣捌きだわ」
レオナルド王子は、素早く動き回る一角兎を、一発で仕留めている。魔法も上手だけれど、剣の腕前も抜群だ。さすが、次期国王。
「ワイアット様は、温泉作りで磨かれた土魔法で、難なく一角兎を確保したわ。さすがね」
土魔法で落とし穴を作っているから、思わずナイスインと叫んでしまう。今は試験中だから心の中で、だけど。
私がみんなを観察していると、ジェイドが心配そうに、声を掛けに来てくれた。
「サフィーお嬢様、本当に大丈夫でしょうか?」
「もちろん大丈夫だよ。なんてったって、私には秘密兵器がいるんだから!! ジェイドも怪我をしないように頑張ってきてね」
「はい、ではお先に失礼させていただきます」
ジェイドは私のことを気にしてくれながら、囲いの中に入って行った。そして、ジェイドも剣一振りで、ものの見事に一角兎を仕留めていた。
「ジェイドもすごいわね。やっぱり身内の贔屓目を抜きにしても、ジェイドが一番よね!」
無駄のない華麗な剣捌きで、一角兎を仕留める姿は、さすが、ラズ兄様に勝っただけあって、惚れ惚れしてしまう。
そして、私はか弱そうなノルンちゃんに目を向けた。
「ノルンちゃんは、さすがにできないだろうな」
乙女ゲームどおりのノルンちゃんだったら、きっと、怖くてできないはずだ。そして、悔し涙を浮かべているに違いない。
そこに、攻略対象者が颯爽と駆けつけて、攻略対象者にサポートされながら、一角兎を無事に仕留めることができたノルンちゃんは、やったあ、と満面の笑みを浮かべるのだろう。
そこに不意打ちで、攻略対象者に、頭をぽんぽんと撫でられて、ノルンちゃんは頬を赤らめて、胸がきゅんとしてしまう。
……って、そんなのは、私の妄想にすぎなかった。
現実のノルンちゃんは、涼しい顔で、一角兎を仕留めたと思ったら、その場で捌きはじめた。イーサン先生が慌てて止めて、解体所に行くように促していた。
(何なの? ニナちゃんといい、ノルンちゃんといい、この世界の淑女の嗜みは、捌けることなの?)
生きていく上で、必要な技術なのかもしれないけれど、淑女失格でもいい。きっと私は一生やらないと思う。
そんな私も、悠長にみんなの様子を観察してはいられない。とうとう秘密兵器の登場だ。
「アオー!!」
『任せて!』
アオを呼ぶと、颯爽と走ってきたアオは、そのまま一気に囲いの中に入って行った。すると、
「ぎゃあぁぁぁぁ!」
「助けてぇぇぇぇ!」
「死ぬぅぅぅぅぅ!」
囲いの中では、一角兎と生徒が一緒になって逃げ回るという、カオス状態に陥っていた。
『サフィー、ボク、まだ何もしていないのに、みんなが怖がるんだけど?』
いつもは「可愛い可愛い」とモテモテなアオは、猛獣扱いされしょんぼりしていた。そんなアオもとても可愛い。
「ごめんね、アオ、早くここを出よう!」
私の言葉を聞くと、アオは素早く一角兎を捕まえてくれ、そそくさと囲いの外に出た。
そして、わざわざ私の見えないところへ一角兎を連れて行き、魔石を取り出すと、これまた私には見えないように、一角兎を解体所まで運んでくれた。
(ひゃあ!! アオったら、優しすぎるわ! やっぱり一番イケメンなのって、アオに間違いないわ。胸がきゅんきゅんするもの!)
私の攻略対象者はアオだ、という初心を思い出した私は、アオから魔石を受け取って、先生のところへ持って行った。
「おっ! 無事に魔石をとってこれたんだな。合格だ。よくやったな!」
イーサン先生はそう言いながら、満面の笑みで私の頭をポンポンと撫でてくれた。
(え、えぇ〜!! 頭をポンポン!? しかも、そんな笑顔で!? きっと、弟や妹たちと同じ扱いよね? 決して、好感度のせいではないよね?)
「君もよくやったな〜! 偉いぞ!!」
真っ赤になって戸惑っている私の隣で、イーサン先生はアオをわしゃわしゃと、とても嬉しそうに撫でていた。
「本当に魔物がお好きなんですね」
「ああ、もちろんだ」
先生に話しかけていると、そこに突然、ジェイドが私とイーサン先生の間に割って入り、魔石を先生に渡して見せた。
「終わりました」
(あれ? ジェイドがとっても不機嫌なんだけど?)
ジェイドが不機嫌そうだ。私をちらりと見ては、早く向こうに行けと言わんばかりの表情だった。
「ああ、合格だ。試験での剣の扱いも見事だった。流石、サファイア嬢の従者を任されるだけあるな」
「当たり前です! ジェイドは本当になんでも完璧にできる、私の自慢の従者ですもの!」
(ふふ、ジェイドが褒められると、なんだか自分が褒められるよりも嬉しい気がしちゃうわ)
ジェイドが褒められて、鼻高々でとても嬉しかった。
「それじゃ、優秀な従者くん。疲れているところ悪いが、サファイア嬢の分も解体してきてもらってもいいか?」
私は解体のことをすっかり忘れていた。解体はやってくれるとは言われていたものの、やっぱり少しだけ申し訳なく思う。
(ジェイドがやってくれるなら、私もありがたいな)
「お願い、ジェイド。アオが解体所へ持って行ってくれたんだけど、私にはさすがに解体は無理よ……」
「かしこまりました。その代わり、サフィーお嬢様は、孤児院の子供たちの方へ、バーベキューの準備の手伝いに行ってあげてください」
「うん! すぐに行ってくるわ。ジェイドありがとう」
こうして、私の魔物討伐試験は、最強の秘密兵器のおかげで無事に合格できた。
「次は、待ちに待ったバーベキューだわ!!」