【SIDE】 ノルン:差出人不明のラブレター
『放課後、一人で教室に残っていてください。お話ししたいことがあります』
「何これ?」
私の元に、差出人不明の一通の手紙が届いていた。これがラブレターなら嬉しい。でも、非常に胡散臭い。
なぜなら、切り抜いた文字で作られた手紙だったから……
けれど、私はその誘いに応じることにした。
(だって、気になるし、売られた喧嘩は買うべきでしょ?)
そして、放課後……
「あなたが、ノルンちゃん?」
私の背後から突然聞こえてきた声に、私は反射的に振り返ることしかできなかった。
(全く気配を感じなかった……そんなことってあり得るの?)
これが乙女ゲームではなく冒険ファンタジーの世界なら、おそらく私はゲームオーバーだ。
この声の主は、余裕の笑みを浮かべながらも、全く隙が見当たらない。
(恐ろしい人……)
でも、この方が誰なのか、私には分かる。
私はその方に向き直り、ありったけの営業用の笑顔を繰り出した。
「はい。何か私に御用でしょうか? サファイア様のお母様……スフェーン・オルティス様」
(まさか、スフェーン様から私に会いにきてくださるなんて、私に運が向いてきたようね)
ただし油断してはいけない。むしろ好感度を上げておくべきだ。
「ふふふ、正解。さすが二人が切れ者だというだけあるわね!! ねえ、転生者のノルンちゃん。あなた……サフィーちゃんの敵? 味方?」
私は、スフェーン様の言葉に耳を疑った。
(どうして、私が転生者って知ってるの? あの子が言った? ううん、あの子は軽々しく言いふらすような子ではないわ。ここは嘘をつくべきかしら?)
私には分からなかった。スフェーン様の笑顔の裏が全く読めなかった。
時間にしてほんの僅か逡巡したのち、スフェーン様に告げた。
「敵、ではないです。でも、今の段階では私のライバルはサファイア様です」
「ふふふ、随分と素直ね」
(何? この余裕たっぷりな感じ? けれど、やっぱり間違いないわ)
私は、あることを確信した。
「私も、一つ質問してもいいですか?」
「あら、なあに? どうぞ?」
即断、即決。
(全く隠す気がないってことね)
「なぜ、あなたは断罪されていないのですか? あなたも転生者だから、ですよね?」
スフェーン・オルティス。
紛れもなく、マジ恋の前身の乙女ゲームであるマジDEATHの悪役令嬢。
もれなく全ルート死亡エンド。
それなのにこの方は生きている。ということは、回避できる能力、知識を持っているということ。
即ち、この方も転生者!
「ねえ、もしかして、ノルンちゃんはマジDEATHもやってるの?」
「あの糞ゲー」「もちろん神ゲーですから!」
「「……」」
私たちの間に、相容れない何かがあったらしい。しばしの沈黙が私たちを襲った。
「そうよ、お察しの通り、私はマジDEATHの悪役令嬢。そして、あなたたちと同じ転生者よ。ただ、人生の途中で前世の記憶を思い出したあなたたちとは違うわ。それに神様が私のお願い事を聞いてくれて、チート能力も与えてくれたの」
「チート能力って、ずるい……」
たしかに、ラノベではいろんな転生パターンがあるから、おそらくそういうことなのだろう。
「ふふふ、転生者第一号の出血大サービスだって!」
(チート能力か。一体どんな能力を与えてもらったっていうの? 普通に考えたら乙女ゲームに必要なくない? それに、お願いをするなら「ヒロインに転生させてくれ」って願うわよね? 変わってる、絶対この人変わってるわ)
もちろん口に出すことなどできるはずがない。この方だけは、絶対に敵に回してはいけないから。
「でも、マジDEATHもやっているのなら話は早いわ。もう気が付いているわね、イーサン先生は私の方の乙女ゲームのイーサン先生よ。だから、少しだけ厄介なのよ。まあ、私のせいでもあるんだけどね。サフィーちゃんったら、全然気付かないんだもの」
(私のせい? 過去に何かがあった、ということね)
「サファイア様はマジDEATHのゲームはR15指定だからやってなかったみたいです」
「まあ! サフィーちゃんったら、真面目なんだから。それに、イーサン先生もそうだけど、ジェイドも不思議に思ったでしょ? ちなみにジェイドは転生者ではないわよ。そのかわり、少なくとももう一人、あなたたちと同じ転生者がいるわ。まあ、その子はあまり気にしなくても平気そうだけど……」
「もう一人?」
正直言って、めんどくさいと思ってしまった。
だって、主要メンバーはもう出てきてる。きっと、モブに転生したということだ。
そう考えると、ヒロインポジというだけで、私は恵まれてるのかもしれない。
「そう、ジェイド……ルーカス王子が明らかに乙女ゲームのストーリーから脱線した原因を作った人」
「それは、あなたの策略じゃなかったんですか?」
てっきり、オルティス侯爵家で囲っているのだと思っていた。サフィー様の婚約者にするために。
「違うわよ! 私だって個人の意思は尊重するつもりだし、大切なお友達のご子息を危険に晒すなんてしないわよ。まあ、結果として、私の希望通りに話が進んでくれたけどね」
「希望通り、ですか?」
「ええ、そうよ。それにもう少しサフィーちゃんがルーカス王子のことを見つけるのが遅かったら、ルーカス王子は死んでいたわ。魔物に喰いちぎられてね。そう考えると、やっぱりサフィーちゃんとルーカス王子は運命よね。ノルンちゃん邪魔しないでよね。ルーカス王子を狙っているんでしょ?」
じろりと見る視線は、この私が震えるほど怖かった。
(本当に、この方は何者なの?)
けれど、これからのためにも、怯んではいけない。
「どうでしょうね? 私はお母様とも、ぜひ末永く仲良くさせていただきたいと思っているんですよ?」
どう考えても、この方を味方につけないと勝ち目はないから。
「ふふふ、まあ、いいわ。サフィーちゃんはちょっと前世の記憶に囚われすぎているわ。私みたいに全ての枠からはみ出るくらい、自由に生きればいいのに」
(おそらく、あなたは自由に生きすぎてるでしょ。だって、その姿……)
「って、せっかく話してるのに邪魔者が来るわ」
----ガラッ
その瞬間、教室のドアが勢いよく開いた。
「母様、どうしてこんなところにいるんですか? しかも、何ですか、その服!? サフィーの制服を着てくるなんて信じられない!! それ、今朝サフィーが必死で探していたんですよ?」
「だって、学園には制服で来なきゃ! それに、可愛いんだもの。とっても似合うでしょ?」
「もうババアなんだから、年を考えてくださいよ」
「ば、ババアですって!! ラズ!! お仕置きよ。じゃあね、ノルンちゃん」
そう言いながら、スフェーン様は私の前から去って行った。
「想像以上だわ……」
思わず本音が口から溢れた。
******
今朝のこと
「ミリー、私の制服知らない?」
朝から必死に探しても、私の制服がどこにもなかった。
「昨日のうちにご用意しときましたけど、ありませんか?」
「ないのよ。どうして? もう今日は予備ので良いわ」
「はい、今すぐご用意いたしますね、残念でしたね、昨日……」
とても残念そうに、ミリーが私に言う。
「残念じゃないわよ、ジェイドのことなんて待ってないわ!」
「ジェイドさん、サフィーお嬢様とのお約束よりも優先させる、ラズライト様との重要な男同士のお話って一体なんなんでしょうね? しかも朝までずっと……」
「……まさかね」
「「……」」
私たちの間に、変な沈黙が流れた。決して、変な想像はしていないと思う。