サロンで作戦会議
今日は学園がお休みなので、王都にある別邸のサロンで、ジェイドと一緒に乙女ゲームのおさらいと作戦会議をすることにした。
「ノルンちゃんが私と同じように前世の記憶を持っているなんてびっくりよね。ジェイドから見たノルンちゃんって、どんなイメージなの?」
本当に聞きたいことは「好きなのか」ということ。その答え次第で、私の身の振り方を決めようと思っている。
(さすがに直球では聞けないわ。どうにかうまく聞き出すのよ!)
「とても頭が切れる方かと……正直言って油断ならない気がします」
「それは私も最初は思ったよ。なのに、どうしてなのか、信じてもいいような気もしちゃうのよね」
ジェイドは未だにノルンちゃんを苦手としているようだ。ここまで警戒心を露わにするジェイドは、初めてかもしれない。
(となると、逆に怪しい気もするわ。だってそれは、すでに今までにない特別な感情ってことだもの)
私はノルンちゃんが敵だとは思えないでいた。
ノルンちゃんは、レオナルド王子やワイアット様との出逢いのイベントを果たしたこと、イーサン先生とは出逢えていないことも、隠さずにきちんと教えてくれた。
だからなのか、秘密にしていることはあるだろうけれど、嘘を言っている気はしなかった。
それに、攻略したい人は別にいるということも教えてくれたから。
(きっと、その攻略したい人は、残るルーカス王子か……ジェイド)
私は、ジェイドをちらりと見た。
「ノルンちゃんは、一体誰を狙っているのかしら? ジェイドはノルンちゃんみたいな可愛い子は好き?」
私は少しだけ攻め込んでジェイドに聞いてみた。もしかしたら「嫌よ嫌よも、好きのうち」というものかもしれないから。
もしも、ジェイドがノルンちゃんのことを可愛い、そして好きというのなら、ジェイドは私の従者だけれど、私の大切な従者だからこそ、ノルンちゃんとの恋を応援しなければならないと思っている。
(愛し合っている二人の恋路を邪魔するなんて、それこそ悪役じゃない!! ジェイドとノルンちゃんが……そんなこと、本当は考えたくはないけれど……)
「ないですね」
(本当! よかったぁ!! ……ん?)
どうしてか、心底安堵してしまった。だから、誤魔化すようにジェイドに尋ねてしまった。
「どうして? 可愛いじゃない?」
「可愛いかもしれませんが、絶対に好きにはなりません」
「可愛いとは、思ってるんだ?」
「……」
少なからずショックだった。少なからずというか、思いっきりショックだった。
(何よ、何よ! 何よ!! 私が水着を着た時は、私が可愛いってほぼ無理やり言わせるまで、可愛いとは言わなかったのに!!)
私の中で、確定してしまった。男の人は、ノルンちゃんのような守ってあげたくなる女の子が好きだということ。それは、ジェイドも例外でないということ。
絶対に好きにはならないというのは、フラグだとしか思えなかった。
大体、そういうことを言っている人が「初めは嫌いだったのに、いつの間にか好きになってたんだ」とか気付くのが王道だ。
「サフィーお嬢様の方こそ、魔物学のイーサン先生と仲が良いみたいじゃないですか?」
突然、ジェイドが秘技、話題転換の術を繰り出した。
私がイーサン先生ルートに乗っているかもしれないことは、ジェイドには話してない。それに、イーサン先生ルートの話は「かもしれない」話だ。
(ここは、知らぬ、存ぜぬよ!)
「な、何でイーサン先生が出てくるのよ! べ、別にな、仲が良いわけじゃないわよ? ちょっと偶然が重なっただけよ。全く、全然、これっぽっちも何もないわ。お菓子なんて貰ってないもの」
一瞬の沈黙が、私たちを包んだ。
「……サフィーお嬢様、残念なくらい分かりやすすぎです。そしてお菓子を貰ったんですね? 餌付けされて、懐柔されるなんて、信じられない」
知られてしまったからには、開き直るしかない。
「餌付けじゃないもの! 何よ! ジェイドこそ、この前ノルンちゃんと二人きりで会ってからおかしいんじゃないの? 二人でこそこそと話したりして」
私は思い出してしまった。ノルンちゃんがジェイドとたっぷりと話したと言っていたことを。
(一体、出逢ったばかりの男女二人が何をたっぷりと話すっていうのよ!)
「ノルン様のことは、何とも思っていませんってば!!」
「嘘よ! さっき可愛いって言ったじゃない!!」
私の言葉に、何かがプチッと切れたような音が聞こえた気がした。ジェイドの顔が、急に真剣な表情になっている。
(嘘、怒ってる? しつこく言い過ぎた?)
「……サフィーお嬢様の方が可愛いです」
「えっ!?」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「だがら、私はサフィーお嬢様の方が可愛いと思っていますし、サフィーお嬢様の方が断然好みです。私はサフィーお嬢様がいいです。もういい加減、気付いてください!!」
「「え!?」」
(ん? 今、声が被ったよね……)
私とジェイドは、もう一つの声がしたサロンのドアの方を見た。そこには、口を塞がれたミリーと……お母様がいた。
「どうして、盗み聞きしてるんですか!!」
真っ赤な顔になりながらも、私は誤魔化すように大声を上げた。
「ふふふ、サフィーお嬢様の方が可愛いと思っていますし、サフィーお嬢様の方が断然好みです。私はサフィーお嬢様がいい、か。私も言われてみたいわ〜、ね、ミリー?」
「はい! サフィーお嬢様とジェイドさんってやっぱりそういう関係だったんですね。私、精一杯応援しますから!」
(そういう関係!?)
次から次へと襲いかかる攻撃に、私の頭の中はすでにパンク寸前だ。
「じゃあ、ミリー、今日の夜はサフィーちゃんのお部屋にジェイドが行ってもいいように、ばっちりサフィーちゃんの支度をお願いね」
「任せてください! サフィーお嬢様、特別に明日の朝はギリギリまで起こしに行きませんからね。それともジェイドさんが起こしてくれるから私は必要ないですかね? 明日の着る制服も今のうちに用意しておきますから、心配しないでくださいね」
「ミリー、何を言ってるのよ!! 勘違いしちゃダメ、お母様の言うことを信じないで、ミリー!!」
それなのに、今までの鬱憤を晴らすかのように、ジェイドが告げる。
「サフィーお嬢様、では今夜、楽しみに待っていてくださいね」
お母様の悪ノリに便乗し始めたジェイドの顔は、変に開き直っているようだった。
「ジェイドまで、何言ってるのよ! 絶対に待ってないからね!!」
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その夜、私はドキドキしながら、アオのもふもふに抱きついていた。
「何なのよ! みんなして私のことを、おもちゃのようにおちょくって!」
----トントン
ドアを叩く音に、私は思わず肩を震わせてしまった。
(嘘? まさかね。いや、でも、ちょっと待って、私の髪って、ボサボサじゃないかしら? アオに抱きついてもふもふしてたから。どうしよう、どうしよう!!)
「サフィーちゃん、もう寝ちゃった?」
ドアの向こうから聞こえてきたお母様の声に、私は一瞬にして、平静を取り戻す。
「何だ、お母様ですか? どうされたんですか?」
「何だとは何よ? サフィーちゃんに借りたいものがあってね。もしかして、誰かさんが来たと勘違いしちゃった?」
お母様のしてやったりのニヤニヤが止まらない。
(悔しい、非常に悔しい)
「し、してませんから!」
「ふふふ、少しは素直にならないと愛想尽かされちゃうわよ? そうそう、残念だけど、ジェイドはラズに捕まっているから来られそうにないわよ。期待させてごめんね、サフィーちゃん」
「期待なんてしてませんし、待ってませんから!! お母様もさっさと寝てください! おやすみなさい!!」
「ふふふ、照れちゃって、可愛いわね」
そして私はアオに抱きついたまま眠りについた。




