乙女ゲーム
品行方正な悪役令嬢になるために、私がこの世界=乙女ゲームについて思い出すことは不可欠だ。だから、今から思い出してみる。
「乙女ゲームのタイトルは……」
マジカル学園ラブゲーム
〜過去に囚われた運命を変える恋〜
(通称 マジ恋)
舞台は、中世ヨーロッパと現代をミックスしたような魔法の国、ロバーツ王国。
ロバーツ王国には、魔法を使える者が多く存在し、その中でも怪我や病気を治すことの出来る聖属性の魔法を使える女性はとても貴重で、彼女たちのことを“聖女”と呼び特別視している。
乙女ゲームのヒロインである平民の少女“ノルン”が聖女であると判明し、王族や貴族、魔力量の多い者が通うことのできる王立魔法学園高等部に入学してくるところから、物語はスタートする。
学園生活を送る中で、クラスメイトの王子様や貴族のイケメン子息たちと過ごし、彼らに対する好感度をアップさせつつ、彼らの過去のトラウマを癒し、そして愛を育む。
あらゆる困難や悪役令嬢による執拗な嫌がらせにも屈せず、クライマックスには、これまでの悪役令嬢の悪事を暴く断罪イベントで裁きを下し、運命の相手と結ばれる。
というのが、この乙女ゲームの大まかなストーリーだ。
「ヒロインのノルンちゃんは、守ってあげたくなるような、本当に可愛いらしい女の子なのよね。名前も可愛いし」
ノルンちゃんの甘い恋のストーリーを思い出した私は、胸がキュンとしてしまう。
けれど、次の瞬間には私が悪役令嬢であるという現実を思い出し、盛大にため息を吐いてしまった。
「もうっ、それが私の運命なんだから! 潔く腹をくくるしかないんだから!!」
自分に言い聞かせて、私は目を瞑って一呼吸する。
「よし、覚悟を決めたわ。定められた運命なんだから抗いようがない。だったら、その最期が来る時まで、楽しく過ごすのよ! 前世の私ができなかったことも全部やってみせるわ!!」
勢い良くベッドの上に立ち上がり、右手で拳を作って「エイエイオー!」と天に突き伸ばして気合いを入れた。
「あら? そう言えば、前世の私は『やりたいことリスト』というものを作っていたはずよね?」
閃いた! と言わんばかりに、ベッドから飛び下りて、私はノートを一冊用意した。
「どこで書こうかしら?」
部屋の中をキョロキョロと見回すも、私の視線はベッドを捉えて離さない。
「前世の私の癖って、引き継がれるものなのね」
前世の私は、人生のほとんどをベッドの上で過ごしていた。
お行儀が悪いと思いつつも、ベッドの上に寝転がることが好きなのは、きっと前世の影響なのだろう。
そう思ったら、ふふっと笑ってしまった。そのことが無性に嬉しかったから。
前世の私が、今の私の中にも“確実にいる”ということだから。今の私でも、前世の私のようになれる気がしたから。
それならば、むしろ大歓迎! と開き直って、ベッドの上に寝転びながら、頭を振り絞る。
ひとつずつ、ゆっくりと確実に思い出して、ノートに書き出していった。
「誰かに見られたら恥ずかしいから、前世の言葉で書こうかしら」
前世の言葉、日本語も、はっきりと思い出せていた。日本語で書けば、万が一誰かに見られても大丈夫だと思った。
----やりたいことリスト
ひとつ目を書こうとしたところで、ペンを持つ手が止まり、私は顔面蒼白になってしまう。
「嘘っ……まさか、前世の私自らの手で、転生フラグを立てていたなんて。もしや、この願いを叶えるために、前世の記憶を思い出したとか?」
だとしたら……
「ヒロインに転生しなければ、絶対に無理でしょ!!」
私が叫ぶのも無理もない。だって、ひとつ目の願い事が「マジ恋の全ルートを攻略したい」だったから。
私は文句を言いながらも、再びペンを走らせた。
⒈ マジ恋の全ルートを攻略したい
⒉ もふもふしたい
⒊ 学校に通いたい
⒋ 手を繋いでデートしたい
5つ目を書こうとして、ピタリと手が止まる。
目を瞑り、少し逡巡したのち、再びペンを走らせた。
⒌ 華々しく散る!!
書き上がったノートを眺めた私は一人、満足感に浸った。
「素敵! これが終活というものね」
破滅エンドを迎える、と書くのも、死ぬ、と書くのも、なんとなく格好がつかないから、華々しく散る、と書いた。
前世の私が楽しい思い出として記憶していた、綺麗な桜の花のように、私も誰かを喜ばせてから潔く散りたいから。
それが、誰かの楽しい思い出の記憶に残ってくれるのなら、たとえ悪役令嬢でも、この世に生まれて良かったと思えるだろうから。
少しだけしんみりしてしまった気分を入れ替えるように、私は次の記憶を手繰り寄せる。
「さあ、次は一番重要な攻略対象者を思い出すわよ!」
次は、この乙女ゲームの世界で生きていく上で避けては通れない「攻略対象者」たちを書き出していくことにした。
----攻略対象者リスト
① レオナルド・フォン・ロバーツ
ロバーツ王国の第一王子でクラスメイト
〈断罪方法〉不敬罪で斬首刑
② ワイアット・アンドリュー
侯爵家の嫡男でクラスメイト
〈断罪方法〉刺客による暗殺
③ イーサン・シュタイナー
教師
〈断罪方法〉一家没落
④ ルーカス
隣国の王子で留学生
〈断罪方法〉刺殺?
「前世の私は、隠れ攻略対象者のルーカス王子の顔を拝む前に死んでしまったのよね……」
もう少しだったのにね、と思ってしまい、やっぱり少しだけ悲しくなった。
「人生って、何が起きるか分からないわね……」
転生したのもそうだけど、前世の私は主治医の先生に『サファイアは刺されちゃうのよ』とサラッとネタバレされて撃沈した。
けれど、生まれ変わってまさか役に立つことになるとは思うわけがない。
「それにしても、どのルートも最悪だわ。斬首って、本当に無理なんですけど」
悪役令嬢目線で見たら、どのルートを選んでも悲惨極まりなかった。
改めて、私の運命を客観的に見て、その哀れな末路に盛大に肩を落とす。
「私の楽しい終活のためにも、できることならこの攻略対象者たちを何とかしておきたいところね。今の私にできることって、何かしら?」
考えを巡らせていると、ぐうっとお腹が鳴ってしまい、私はちらりと時計に目を向けた。
朝食の準備はもうすでに整っている時間だった。
「大変! 今の私にできることは、美味しいご飯をいただくことじゃない!! ふふ、もちろん文句を言わずにきちんと感謝して、美味しくいただくわ!」
私は、上機嫌で朝食の席に向かうことを決めた。