もう一つの乙女ゲーム
「ノルンちゃん、昨日はごめんなさい」
さっそくノルンちゃんと話し合いの場を設け、昨日の約束をドタキャンしたことを謝罪した。
「大丈夫ですよ。おかげでたくさんジェイドさんとお話しすることができましたから。サフィー様は魔物学科に行かなければいけなかったんですね。大変でしたね」
(ジェイドとたくさん話したですって!? そんなことジェイドは一言も言っていなかったわ。気になる、気になるけれど、今はそのことよりも)
「ノルンちゃん、それでね……」
「全く別人でしたよね」
「!?」
ノルンちゃんは、にこりと微笑みながら、私が言うよりも早く、私が確認しようとしたことへの答えをくれた。
(まだ最後まで言ってないのに、やっぱりノルンちゃんはデキル女だわ!)
「ノルンちゃんも、気付いてたの?」
「はい、もちろんです。入学初日に気付きました。ちなみにサフィー様が気になっている、イーサン先生との出逢いのイベントは発生しませんでしたよ」
(気になっているだなんて、バレバレなの? それともやっぱりデキル女だから分かるのかしら?)
けれど、私はノルンちゃんの話を聞いて一安心した。
(てっきり、逆ハーのオプションにジェイドだとばかり思っていたわ。いや、ジェイドが本命のオプションに逆ハーだったかしら?)
「てっきり、逆ハーでも狙うと思いました? あのイーサン先生じゃ無理ですよ! もし入学前に見かけても、そっくりな親戚だと思っちゃいますよ」
ノルンちゃんの言葉に同感しかない。私も高等部に入学する前に会って、お話ししたにも関わらず、そっくりさんだと思っていたのだから。
「もちろん、図書室でのイベントも起きてませんよ」
(そう、そう! イーサン先生との図書室のイベントも素敵なのよね)
参考書を探しに行ったノルンちゃんが、本棚の上の方にある参考書を取ろうとして、バランスを崩して踏み台から落ちそうになったところ、イーサン先生がヒーローのように現れて助けてくれる。しかも、お姫様抱っこで。
(お姫様抱っこで?)
そこで、ふと思う。
最近、図書室でイーサン先生にお姫様抱っこをされたな、と。
入学前にイーサン先生に会い、魔境の森で迷子になっていると思われたな、と。
一瞬にして、全身の血の気が引いた。
(うん、非常にだめな予感がするわ)
藁にもすがる思いで、ノルンちゃんには確認をする。
「あの、ノルンちゃん、イーサン先生の好感度が高くなると、どんなことが起きるんだっけ?」
乙女ゲームでは、好感度が高くなると攻略対象者の会話や態度などにも少しだけ変化が現れる。
レオナルド王子やワイアット様だと、カフェテリアで一緒にランチをするようになったり、一緒に勉強しようと誘われたりする。
実際に、図書室でレオナルド王子がノルンちゃんを勉強に誘っていた。それは、ワイアット様よりも、レオナルド王子の方が好感度が高いということ。
そして、イーサン先生の場合は……
「魔物学教室で会う機会が増えたり、こっそりお菓子を貰ったり、二人だけの秘密を持ったりするはずですよ?」
(魔物学科の教材室で会ったわ。お菓子も貰ったわ。「他の生徒には秘密だよ」とまで言われたわ!)
「……」
「どうしましたか? サフィー様?」
「……」
私の様子が明らかにおかしかったのだろう。ノルンちゃんが私に核心を迫ってきた。
「サフィー様、まさか!?」
ノルンちゃんが思いっきり疑惑の眼差しを私に向けてきた。ノルンちゃんが言いたいことは私にも痛いほどよく分かった。
そんな私も、もしかしてデキル女なのかもしれない。でも、デキル女はここで答えてはいけない。
「な、何のことかしら?」
「思いっきり顔に書いてありますよ『私、イーサン先生のルートに乗ってるわ』って」
「えっ! バレてる!? あ……」
(あぁ、私って一体。隠し事の一つもできないなんて。結局私はデキナイ女だったってことね)
「冗談で言ったのに、本当なんですか!?」
「ええ、入学前にも偶然お会いしたし、図書室でも偶然お姫様抱っこをされたわ。昨日は教材室でお菓子を貰ったの。他の生徒には秘密だぞって……」
「サフィー様、見事な手腕ですね。悪役令嬢なのに、ちゃっかり攻略しようとするなんて」
「攻略しようとなんてしてないもの!!」
「はいはい。ところで、サフィー様はあの乙女ゲームもやりましたか?」
ノルンちゃんの言葉に、私はキョトンとしてしまった。
「え? あの乙女ゲーム? マジ恋じゃなくて?」
ノルンちゃんの問いかけに、疑問しか浮かばなかった。どうしてマジ恋の乙女ゲームの世界なのに、違う乙女ゲームの話をするのだろうか、と。
「やっぱりそうなんですね。マジ恋が発売される前に出されたマジ恋の前身のゲーム『マジDEATH』のことですよ」
「まじです?」
その瞬間、ノルンちゃんから凍てつくほどの冷たい視線が私を突き刺した。間違いなくそれは、私の氷魔法よりも、凶器の眼差だった。
「です、じゃなくてDEATH!! どうしてやってないんですか!!」
「あ! もしかしてR15指定の乙女ゲームのことかしら? そう言えば、まだ年齢が足りてなくてやらせてもらえなかった乙女ゲームがあるの」
その乙女ゲームは残酷な描写が多すぎるらしく、R15指定だった乙女ゲームだ。
マジ恋の前身の乙女ゲームだと言われ、マジ恋と同じ世界観で、過去の話になっているのだとか。
(マジDEATHとか名前からしてヤバすぎるわ)
どうしてか、ノルンちゃんの顔が般若の顔になっていた。
「ある意味、転生して今が一番ショックです。あり得ない……」
あり得ないと言われても不可抗力だ。前世の私は病気で早く死んでしまったのだから仕方がない。
「どんな内容だったの? それがイーサン先生と何か関係があるの?」
「関係大ありですよ! イーサン先生が出てくるんだから」
ノルンちゃんが私のために説明をしてくれた。
マジカル学園DEATHゲーム
〜命がけの恋、しませんか?〜
内容は、ヒロインと攻略対象者がありとあらゆる困難を乗り越えて恋を育む恋愛シミュレーション型のゲームで、舞台もこのロバーツ王立魔法学園。
悪役令嬢はもれなく全ルート死亡エンド。
しかも、死に方が相当エグい。
イーサン先生もとい、イーサン少年のマジDEATHでの役割は、ヒロインの同級生で、入学して初めてできた友達であり、攻略対象者の一人。
ヒロインとイーサン少年はお互いに特待生ということで仲良くなる。
イーサン少年は普通の生徒として生活をしているのだけれど、実は魔術師の一族の末裔だった。
そのことは周囲にも隠していた。
イーサン少年ルートでは、悪役令嬢の罠にはめられたイーサン少年は、ヒロインが一族壊滅の原因だと思い込まされ、悪役令嬢に唆され、悪役令嬢を生贄に禁忌の魔術を使ってしまう。
なんと、悪役令嬢はここで死んでしまう。
(断罪イベントよりも前に死ぬとか、斬新すぎて、本当にあり得ないから!!)
しかし、ヒロインの命がけの訴えにより、それが勘違いだと判明して、お互いへの想いを再認識する。その時に、イーサン少年も死にそうになるが、ヒロインの聖女の力で助けられる。
後日、ようやく魔術の力が認められ、ロバーツ王国は魔術に対する認識を見直すことになり、イーサン少年はロバーツ王国の王宮魔術師としての地位を得ることになる。
他の攻略対象者のルートでも、ヒロインの良き相談相手として出てきて、時に魔術を使いサポートをする。
その功績が認められ、ロバーツ王国では魔術が禁忌ではなくなる。
だから、マジ恋の物語ではロバーツ王国に魔術学があったり、イーサン先生が魔術師の末裔だということは、有名な話なのだ。
「それでね、そのマジDEATHのヒロインだと思われる方がこの国の王妃様、ベロニカ様なんです」
「王妃様が? 王妃様はお母様と同級生って言っていたから、たしかにイーサン先生も同級生だわ」
(ということは、ベロニカ様が王妃様だから、もちろん攻略対象者は国王陛下ってことよね? 乙女ゲームでいう、王道ルート。その場合、悪役令嬢の断罪って一番ハードなやつよね?)
私は一瞬にして震え上がった。
「何が言いたいかと言うと、私はこの世界はマジ恋の世界でありながらも、根本はマジDEATHの世界だと思っているんです」
「マジDEATHの世界?」
「はい。ポイントは、イーサン先生の年齢です。この世界は現実だから、イーサン先生が二人いるのはおかしくなってしまいます。しかも、マジ恋のイーサン先生は25歳設定です。マジDEATHのイーサン少年がある日突然25歳になるわけにはいかないから、イーサン先生だけが歳をとっているのではないかと考えているんです」
たしかに、それならマジ恋では25歳設定のイーサン先生がこの世界では35歳くらいなのは納得ができる。さすがにゲームの強制力では、年齢までは変えられないのだろう。
イーサン先生は、マジDEATHで人気があったので、マジ恋にも出演させることになったけれど、さすがに20歳の年齢差は開きすぎるということで、マジ恋では25歳設定に変更になったそうだ。
(こんな裏設定をノルンちゃんはよく知ってるわね? やっぱり相当やり込んでるに違いないわ。にわかファンの私が敵うわけないじゃない)
「それじゃ、マジ恋としてのイーサン先生はいないのよね? 攻略対象者じゃないってことよね?」
(やっぱり、私が思ったとおり、イーサン先生は攻略対象者じゃないってことね。私の勘って冴えてる!!)
「それはまだ分からないですよ。実際にイーサン先生として魔術学ではないものの教師をしているし、どういうわけか、悪役令嬢のサフィー様が出逢いのイベントも、図書室でのイベントも、見事果たしたとなると、絶対に攻略対象者じゃないとは言い切れないんです。それにルーカス王子も……」
「あ! 私、ルーカス王子ルートだけやってないの。ルーカス王子ルートのことも教えて欲しいわ」
(これが一番聞きたいかも。何が起きるかわからないなんて、一番怖いもの)
「やっぱり……でも今はまだ教えてあげませんよ。留学生が来るのは三年生の時なんだから、急がなくてもいいですよね?」
「意地悪!! せめて過去のトラウマだけでも! もし、まだ間に合うなら助けてあげたいもの」
「そうやって、レオナルド王子やワイアット様の過去のトラウマも回避していったんですね?」
じとりとしたノルンちゃんの視線が、私に浴びせられる。
「えへへ、バレちゃった?」
「まぁ、それくらいならいいですよ。でも、もう過ぎてますよ? 10歳くらいの時に、同い年の弟の第三王子を亡くしたことが、過去のトラウマの原因です。弟と言っても妾腹の子なんですけどね。魔法が使えない自分の代わりに、弟が隣国へ出掛け、その弟が乗った馬車が魔物に襲われてしまったんです。自分に魔法が使えていたら、隣国に行っていたのは自分だ。そしたら弟は死ななかったのにって悔やんでしまって、トラウマになるんです。ご遺体は森の中で魔物に食いちぎられて、見るも無残な状態だったとか」
あまりにも悲惨だった。
「可哀想……」
「まぁ、それも含めて、いろいろとマジ恋のゲームとは違う状況がたくさんありますからね。今後どうなるか分からないので油断はしない方がいいですよ」
本当は悪役令嬢が誰で、その後どうなったのかも知りたかったけれど、王道ルートの破滅エンドなんて怖すぎて、悪役令嬢の話は聞けなかった。
(明日は我が身だもの……私は悪役令嬢の方のご冥福をお祈りしましょう)