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魔物学の先生

「今日の当番者、魔物学科の教材室までこの教材を返しておいてくれ」


 授業も終わり、人気もまばらになったころ、先生の口からそう告げられた。


「当番者って、私だわ。せっかくノルンちゃんと一緒にお話しようねって約束してたのに。仕方がない、ジェイド行ってくるわね」


 ノルンちゃんの突然のカミングアウトから、ノルンちゃん呼びが定着するくらい、仲良くなってきている。


(だって、前世のことを話せたりするって、嬉しいんだもの)


 ジェイドには「掌の上で転がされている気がします」とか言われてしまった。たしかに、その可能性も否めなくはない。


 けれど、ノルンちゃんの持つ乙女ゲームについての知識は、正直貴重だと思う。


「私が代わりに返却しておきますから、サフィーお嬢様は、ノルン様のところにお行きください」


 ジェイドの優しい言葉に心が揺れる。ジェイドの甘やかしは私をだめにする。


 今日はノルンちゃんとカフェテリアで少し話そうと約束していた。待たせるわけにはいかない。


「当番の仕事までジェイドに押し付けられないわ。そのかわり、ノルンちゃんのところへ行って、断りの連絡を入れてもらえると助かるんだけれど、お願いできる?」


 ジェイドは従者でもあるけれど、学園ではできるだけ対等でいたい。だから、雑用でも何でも、自分のことは自分でやりたい。


「……はい、承知しました。ノルン様にお伝え致しましたら、直ぐに教室に戻って、サフィーお嬢様をお待ちしておりますね。サフィーお嬢様も、くれぐれも油断しないようにしてください」

「ありがとう、よろしくね。では、行ってきます」


 どうしてなのか、ジェイドはノルンちゃんに対して警戒心を抱いている。誰にでも優しいジェイドにしては珍しい。


 それに、私は魔物学科の教材室に行くだけだ。油断するも何もない。


(本当に心配性なんだから)


 私は教材を両手に持ち、教室を出発した。魔物学科の教材室は、別棟の三階の一番奥の部屋だ。地味に遠い。


「それにしても、一体ここはどこかしら?」


 きょろきょろと周りを見ても、魔物学科の教材室らしき教室は見当たらない。


 どこかへ行く時は、いつも必ずジェイドが一緒にいて教えてくれていた。だから迷うことなく目的地に行けた。


「油断するなって、きっとこのことね。さすがジェイド、本当に私のことがよく分かっているわ」


 ジェイドがいないと何もできない自分がいることに気付き、愕然とする。そんな時に、天の助けが目に入った。


(あそこに見えるのは……!?)


「ラズ兄様!」

「あれ? サフィー、こんなところでどうした? 迷ったのか?」

「今日の当番なんです。だから、魔物学科の教材室にコレを運んでいたんです」


 私の言葉を聞いたラズ兄様は、少し顔を顰めた。そしてすぐに、くすくすと笑いだした。


「魔物学科は、隣の棟だよ」


 ラズ兄様はそう言うと同時に、さりげなく私の手から教材を奪っていく。


「俺の可愛い妹に、こんな重いものを持たせるなんて許せないな」

「ふふ、ありがとうございます」


 そんなことを言いながら、魔物学科の教材室の前まで案内してくれた。


「ここが魔物学科の教材室だよ」

「ありがとうございます。結局ずっと運んでもらっちゃいましたね。重かったでしょう?」

「このくらい軽いもんだよ、それよりも一人で大丈夫か?」

「もう、子供じゃないんですから!」


 ぷうっと頬を膨らませると、ラズ兄様は「ごめんごめん」と言って、帰って行った。


(やっぱりラズ兄様は、見た目も中身も超絶イケメンね)


「ここが、魔物学科の教材室か」


 トントンと、私はドアをノックした。けれど、返事はない。


「1年S組のサファイア・オルティスです。当番で教材を運んで参りました」


 やっぱり返事はない。私はおそるおそるドアを開けてみた。誰もいない。


「失礼します」


 中に入って、目の前の空いている机に教材を置いた。教材室の中を見回しても、やっぱり誰も見当たらなかった。


 そのかわり、初めて見るものや、本でしか見たことのなかったものがいっぱいあって、とても興味がそそられた。


 壁に掛けられた魔物の標本や毛皮のようなもの、そして円や模様、文字などが書かれた紙が目に付いた。


「え、これって……?」

「魔術陣だよ」


 背後から聞こえてきた声に、鼓動が跳ねる。同時に、慌てて振り返った。


「あ、先日はどうもありがとうございました」


 その声の主は、そっくりさんであり、図書室で私を抱きとめてくれた先生だった。


 先生の顔を見た瞬間、図書室で起きた出来事を思い出してしまい、一気に心臓が高鳴るのが分かった。


「今日はあの彼氏くんと一緒じゃないのかい? あの後、怒られなかった?」

「ジェイドのことですか? 彼氏じゃなくて私の従者です! どうしてか少し不機嫌だったけど、優しいので大丈夫です」

「ははは、本人が気付いてないんじゃ大変だな。ところで、サファイア嬢は、魔術に興味があるのかい?」


 先生は、魔術陣の描かれた紙を指差しながら、私に尋ねてきた。


「この前、似たようなのを見かけたことがあって、何かな? って思ったんです」

「これはね、生徒が授業中にいたずらで書いたものなんだ。一応没収したんだよ。それにね、魔術師になりたいって生徒にはきちんと現状を伝えるのが先生の役目だからね。サファイア嬢は、この国で魔術師がどういう扱いを受けているか知っているかい?」

「少しだけは聞きました。王族と契約して監視下に置かれるって」


 アルカ先生に聞いたことを私は話した。すると、先生は魔術師について少しだけ教えてくれた。


「そのとおり。王宮勤めと言えば聞こえはいいけれど、監視され続けることになる。その道を進むには、それ相応の覚悟が必要になるんだよ。サファイア嬢はよく分かってるんだね。もしかして、魔術師になろうと思ったことがあるのかい?」

「魔術師になりたいというか、転移の魔術陣が使えたらいいなって思いました」

「たしかにあれは便利だからね。身近なところで、魔術陣が発動される日があるのは知っているかい? 私の楽しみな日でもあるんだよ」

「体育祭ですね! 去年、私も見にきました」

 

 私の答えに、先生も笑ってくれる。


「そう! 私は三年に一度の体育祭が楽しみでね。あの一丸となって戦うって、青春だよな」

「ふふ、そうですね。私も自分の体育祭が楽しみです。そうだ、先生、今更ながら先生のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「ああ、一年の生徒とは会う機会がないからな。主に二年の魔物学の授業を担当している、イーサン・シュタイナーだ。だから、ラズライト君からは、可愛い妹君がいることは聞いていたよ」

「ラズ兄様ってば、もうっ!」


 そこで、ハッと気付く。


(……えっ、今、何て言ったの? 名前?)


 おそるおそる私は先生に尋ねる。


「イーサン先生? イーサン・シュタイナー先生?」


 確認するように、私は先生の名前を呼んだ。


「ああ、そうだ」


 先生は笑顔で答えてくれた。その瞬間、全身に衝撃が走る。


(まさか、この先生が? どうして? ゲームと違いすぎない?)


 乙女ゲームのイーサン先生と現実のイーサン先生は、全く年齢が違う。そしてもう一つ、乙女ゲームと違う点がある。


 乙女ゲームのイーサン先生は、魔術学の先生だった。この国では魔術が禁忌な上に、魔術学という教科がない。少し考えればおかしいと気付くことだったのに、全く頭になさすぎた。


 イーサン先生の過去のトラウマも、もう過去のことだから私には何もできないと、深く考えていなかった。


(先生のご家族はもう……そう言えば、)


「あの、先生って魔術師の一族の末裔、ですよね?」


 気付けば、何も考えずに頭に浮かんだ疑問を発していた。


 もし仮に、このイーサン先生が乙女ゲームのイーサン先生と同じ、魔術師の一族の末裔であるならば、そのことを隠して生きているということは、明らかなのに。


 私の心臓は、今もずっと早鐘を打っている。答えを聞くのが怖い。


「ははは、そんなはずないだろう。この国は魔術を禁忌としてるんだよ? もしそうだとしたら、私はここで先生なんてやれてないよ? でもそうだなぁ、もし私が魔術師だったら、たくさんの魔物たちを呼んで、魔物たちの楽園を作りたいな」


 イーサン先生は、予想外にも笑顔で答えてくれた。


(違う、ってこと? じゃあ、私の記憶違い? ううん、さすがにそれはない。乙女ゲームのイーサン先生が、魔術師の一族の末裔だってことは絶対に間違いない)


 だとすると、考えられるのは「乙女ゲームではあるはずの魔術学がこの国には存在しない」「イーサン先生の年齢が全く違う」ように「イーサン先生の過去も何らかの理由で変わっている」のかもしれない。


(もしかして、「イーサン先生は攻略対象者じゃない」という可能性もあり得るかも! 都合の良い解釈かもしれないけれど、一番しっくりくる気がするわ)


「ふふ、魔物たちの楽園って、私のお父様みたいです」


 自分の解釈に安心しきって、私は笑っていた。


「お父様って、そうか、サファイア嬢から見たら私なんて、もうおじさんだよな」

「いえ、そう言うつもりじゃないです。先生はすごく若く見えます! それに、お父様と同じくらい格好良いし!」

「サファイア嬢のお父様と同じくらい格好良いんじゃ、私もまだまだイケるな!」


 イーサン先生は、お母様と同級生だからお父様のことも知っている。むしろ、所帯をまだ持っていないせいか、お父様よりも若々しく見えた。


(でも、もしかしたら、もう所帯持ちの可能性もあるわよね? もしそうなら、完璧に攻略対象者から外れるわね!)


「先生はご結婚されてるのですか?」

「残念ながら、まだなんだ。募集中だから、サファイア嬢みたいに可愛い女の子なら、いつでも大歓迎だよ」

「もう、先生ったら冗談がうまいんだから! あ、私そろそろ行かなきゃ。先生、これからもよろしくお願いします」


 教室でジェイドが待っていることを思い出した私は、先生に別れを告げた。

 

「ちょっと待ちなさい。はい、教材を持ってきてくれたご褒美だ。他の生徒には秘密だぞ。いっぱい食べて大きくなりなさい」


 先生はそう言いながら、お菓子をくれた。


「わあ! ありがとうございます。では、失礼します」


 お礼を言い、私は魔物学の教材室を後にした。


(とても良い先生だったわ。もしかしたら、攻略対象者じゃないって希望もできたし!)


「ジェイドお待たせ!」

「お帰りなさいませ、サフィーお嬢様。何かいいことでもあったのですか?」

「どうして?」

「すごく嬉しそうな顔をしていらっしゃいますよ?」


 ジェイドはすごい。私を見ただけで、私に何が起こったのかを当てるのだから。


「あのね、さっき、攻略対象者だと思っていたイーサン先生に会ったの」

「えっ!? 何もありませんでしたか?」


 ジェイドは一気に表情を曇らせた。もしかすると、優秀なジェイドのことだから、あの先生がイーサン先生だって、すでに気付いていたのかもしれない。


「それがね……」


 私は、魔物学教室であったことを、全てジェイドに話した。


「でも、本当にそうなのでしょうか?」

「何が?」

「ゲームと明らかに違うのは、何か理由があってのことで、安易に気を許さないで、まだ様子を見た方がいいと思います。だから、サフィーお嬢様は安易にイーサン先生に近寄らないように。ただでさえ、隙だらけなんですから」

「うーん、ジェイドの心配しすぎだと思うわ。でも、そうなるとやっぱりノルンちゃんときちんとお話しした方がよさそうね」






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