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乙女ゲーム遂に開幕

 とうとう乙女ゲーム、マジ恋の物語の幕が開ける。悪役令嬢サファイア・オルティスとして、私は今、その舞台に上がろうとしている。


 あれだけ覚悟をしていたはずなのに、中等部の入学の時以上に、高等部に足を踏み入れるのが怖い。正直言って逃げたい。


(この一歩を踏み出すと、きっと乙女ゲームはスタートしてしまうのね。って、あれ? ちょっと待って。この乙女ゲームの主人公はノルンちゃんよね?)


 私は考えた。ヒロインのノルンちゃんが、高等部の敷地に入った時点で乙女ゲームがスタートするのではないか、と。


(たしか、ノルンちゃんは他の生徒が登校するよりも早くに学園に着いているはず。ということは、もうすでに乙女ゲームは始まってるってことじゃない!!)


 正門前で立ち止まり、そんなことを考えているとは露知らず、優しいジェイドが私の心配をしてくれた。


「サフィーお嬢様、思い切って、一緒に逃げますか?」


(出たわ、甘やかし!)


 ジェイドは相変わらず優しすぎる。でも、私のことを第一に考えて言ってくれたその言葉が嬉しくて、私の余計な考えを全て消し去ってくれる気がした。


 だから私は、いつも以上に心を強く持てる。


「ふふ、私を誰だと思っているの? 悪役令嬢サファイア・オルティスよ。それに見て! 私には、このノートがあるわ!」


 それは、私が前世の記憶を思い出した時に書いたノートだ。困った時はこれを確認すればいい。私の準備は万端だ!


「さあ、行くわよ! お望みどおり品行方正な悪役令嬢を演じてやろうじゃない!!」


 意気揚々と教室に向かった。そして、教室の中に入った途端、思い知る。


「運命ってこんなものよね……」


 ゲームの強制力というものに、恐怖を覚えるどころか呆れてしまった。


 気合を入れて1年S組に入れば、そこには見知った顔の人たちが、当たり前のようにいたのだから。


 隣の席には、いつも以上にキラキラしいレオナルド王子。乙女ゲームがはじまった影響か、眩しすぎて直視できないほど輝きが増している。

 

 前の席には、長身のワイアット様。残念ながら、私がどう足掻いても、板書が見えない。私の成績がさらに危ういことになりそうな予感しかしない。


 新学期に知り合いが同じクラスにいた時ほど心強いことはない。けれど、今回ばかりは違う。彼らは私の破滅エンドに深く関わる人たちだ。


(できることなら、最期の余生(高校生活)くらい心穏やかに過ごさせてよ!!)

 

「サフィーお嬢様、挙動が不振です。落ち着いてください」

「仕方ないじゃない。運命って何でこうなのかしら?」


 唯一の救いは、私の後ろの席がジェイドだということ。もはや何を基準に席を決めたのかさえ不明だ。


 私とジェイドがひそひそと話をしていると、一人の女子生徒が、私の横を通り過ぎたところで立ち止まる。


「あの……」


 ピンクブロンドの髪に、くりっとした大きな瞳、小柄でふわっとした雰囲気の守ってあげたくなるような女の子……


(……って、マジ恋のヒロインのノルンちゃんじゃないの!? どうして、私の斜め後ろで立ち止まるの?)


 私の斜め後ろ、それはジェイドの席の横だ。


「先ほどは、危ないところを助けてくださり、ありがとうございました」


 案の定、ノルンちゃんが声を掛けたのは、ジェイドだった。


(どうしてジェイドのことを知ってるの? ジェイドにお礼を言うなんて、私の知らない間に二人に何があったの?)


 少しだけ、もやもやとしてしまった。そんな私の心中を知らないジェイドは、優しい笑顔でノルンちゃんに返事をする。


「お怪我がなくてよかったですね。クラスメイトとしてよろしくお願いします」


 すると、ノルンちゃんは私の方を見た。


「体育祭の時の! 同じクラスなんですね。よろしくお願いします」

「こ、こちらこそ。あの時はどうもありがとうございました」


 この花の咲いたような愛らしい笑顔は、まさに乙女ゲームのノルンちゃんに相応しいヒロインスマイルだ。


(体育祭の時に感じた印象は、私の気のせいだったのかしら? この笑顔を向けられたら誰だって、惚れてまうやろ!!)


 私とノルンちゃんの会話を聞き、ジェイドはハッとした表情を浮かべた。察したらしい。


(そうよ、彼女がノルンちゃんよ……)


 体育祭の日に、私がノルンちゃんと会ったということは、ジェイドにも話してある。けれど、ジェイドがノルンちゃんに会うのは初めてだ。仕方がないことかもしれない。でも……


(ジェイド、あとで反省会よ!!)


 わざとらしく、少しだけ怒った口調でジェイドに問い質した。


「ジェイドも、彼女とお知り合いだったのね」

「階段から落ちそうになったところを、偶々通りかかってお助けしただけです。サフィーお嬢様がニナ様を見つけて、先に走って行かれた時のことです」


 不可抗力です、偶然です、と私に目で訴えてくる。それくらい分かっている。ジェイドは誰にでも優しいから。


(誰にでも優しい笑顔を向けるから、うっかりノルンちゃんに恋されちゃったらどうするの? 相手は百戦錬磨の乙女ゲームのヒロインよ!?)


 そしたら、この乙女ゲームはどうなるのだろうか、私の破滅エンドはなくなるのかもしれない。


 もしそうなれば、私にとってはその方が良いのかもしれない。

 良いのかも知れないけれど……



「なんだか楽しそうだな。俺も仲間に入れてくれよ」


(どこが楽しそうなのよ!? 全然楽しくないわよ! あんたの目は節穴か!? ……って)


「レオナルド王子!」


(うっ、眩しいほどに目が眩む。きっとノルンちゃんが近くにいるから、レオナルド王子のキラキラ具合も増しているのね)


 それを裏付けるかのように、レオナルド王子は、ノルンちゃんに一直線だ。ゲームの強制力のせいなのか、恐ろしや。

 

「おっ、ノルン嬢、頭に花びらが付いているよ。失礼、これは先ほどの花びらかな?」


 レオナルド王子はノルンちゃんの頭についていた花びらを手に取ると、優しくノルンちゃんに手渡した。

 

(え、先ほど? まさか……)


 嫌な予感がした。嫌な予感しかしなかった。聞かなければいいのに、尋ねてしまう。


「お二人は、すでにお知り合いなのでしょうか?」

「ああ、庭園の花が綺麗に咲いていてな。そこで会ったんだ。綺麗だったよな、ノルン嬢」

「はい、この学園の庭園が綺麗だとお聞きしたので、早めに来て見に行った時にお会いしました。お噂どおり王妃様と同じ名のお花が、とても綺麗に咲いていました」


(わー、さすが乙女ゲームのヒロイン様。入学式前の庭園と言ったら、レオナルド王子とノルンちゃんの出逢いのイベントの場じゃない!)


 乙女ゲームのイベントが既に発生している事実に驚きを隠せない。しかも、レオナルド王子ルート。最悪だ。


(じゃあ、ワイアット様とは初めまして、よね?)


 ワイアット様の方をちらりと見た瞬間、それと同じタイミングでワイアット様がノルンちゃんと目が合い、頭を下げているではないか。


 それに気付いたノルンちゃんも「あっ!」っと満面の笑みをワイアット様に向ける。


(あ、終わった……)


「先ほどは、ありがとうございました」

「なんだ? ワイアット殿もノルン嬢と知り合いなのか?」

「はい、道に迷われていたので校舎まで一緒に。無事に教室に辿り着けたようですね」

「はい、広くて迷っちゃいまして、お恥ずかしい限りです」


(敷地内で迷子になって道案内してくれる。まさしくワイアット様ルートの出逢いのイベント! ノルンちゃんはワイアット様ルートまで!? 一体どちらが本命なの?)


 マジ恋には、攻略対象者全員と恋に落ちる逆ハーレムルートはない。けれど、ラノベではよくある展開だ。


 現にこの短時間ですでにレオナルド王子とワイアット様との出逢いのイベントを果たしているのだから。


(その時は、斬首よりも恐ろしい破滅エンドが私を待っていたりして……)


 想像しただけでも、身体が震えてしまいそうになる。

 

「ところで、サファイア様とジェイド様って、どういうご関係なんですか?」


 唐突に、ノルンちゃんが小首を傾げながら私に聞いてきた。その仕草は控えめに言っても可愛らしい。


「ジェイドと私? ジェイドは私の従者ですが……」


(まさか!? ジェイドが本命!? だめ、絶対にだめ!! それが一番だめ!!)


 ジェイドだけはずっと私の味方でいてほしい。それ以外に深い意味はない。きっと。


「いえ、普通なら従者は執事クラスに入るとお聞きしていたので不思議に思ったんです。他に理由があるのかな? って」


(他に理由? 私が困った時に、ジェイドが助け舟を出すためよね?)


 私がそう答えようとした時に、なぜだか、レオナルド王子が答え始めた。


「ははは、ジェイドは片時もサファイア嬢と離れたくないらしいぞ」

「「何を仰ってるんですか!?」」


 私とジェイドの言葉が揃ってしまい、お互いに顔を見合わせた。そして、すぐに顔を逸らしてしまった。


(だって、今の私の顔は絶対に真っ赤に違いないんだもの!!)


「母上が言っていたぞ? だから諦めなさいって」


(王妃様、あなたって人はなんて適当なことを)


 レオナルド王子のその内容だと「ジェイド(ジェイミーちゃん)を諦める」のか、自意識過剰だれけど「私を諦める」のか、どちらをとっても爆弾発言だ。間違いなく前者だとは思うけれど。


 同時に、レオナルド王子の恋心がそこまで真剣なものだったと知り、胸が痛くなった。


「隠し事なんてないくらい、仲がよろしいんですね。羨ましいです」

「そうね、隠し事なんてないわ。なんでも相談できるもの。ね、ジェイ……」

「さぁ、席についてください。授業を始めますよ」


 ジェイドに同意を求めようとしたのを遮る形で先生が教室に入ってきた。私たちは急いで席に着き、授業が始まった。


 前途多難な乙女ゲームの幕開けに、私の余生は一体どうなってしまうのだろうか。






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