魔物と戦ってみよう!
「魔物って恐ろしいし、絶対に勝てる気がしないわ」
そう呟くと、すかさずジェイドが私を甘やかす。
「大丈夫ですよ。サフィーお嬢様のことは私がお守りしますから」
普通に考えれば、ジェイドは私の従者なのだから、この言葉に甘えてもいいのだろう。けれど……
「高等部に入ったら試験があるのよ? 魔物を倒して、体の中から魔石を取り出すっていう試験が。考えただけでも無理よ!」
中等部も無事に卒業して、間も無く高等部。高等部になると、魔物学の授業の中に、魔物と戦う試験がある。私はそれが不安で堪らない。
百歩譲って、魔法で運良く倒せても、その後に魔物の体を切り裂くことなんて、絶対にできそうにもないから。
「試験では、申請すれば従者の同伴は可能ですから大丈夫ですよ」
貴族は基本的に従者に守ってもらうことがほとんどだ。だから、試験に従者を同伴することも許可されている。
「私の専属従者はジェイドだもの。ジェイドも自分の試験があるじゃない。迷惑はかけられないわ」
「私の方は気にしないでください。サフィーお嬢様のためなら、減点だって赤点だって構いません」
試験中、ジェイドが従者として私の方に来てしまったら、ジェイドは自分の試験時間を無駄にしてしまう。
たしかにジェイドほどの実力があれば、そのくらい気にしない程度のロスかもしれない。
けれど、試験は試験。ジェイドには自分の試験に集中してもらいたい。
「私が嫌なの。ジェイドの足手まといにはなりたくないわ。よし、今度のお母様の魔物意見交換会に同伴させていただくわ。魔境の森で訓練よ!」
******
「お母様、無理を言ってしまってすみません」
「私こそ、ジェイドに別の用事をお願いしちゃってごめんね」
私は今、お母様と一緒に魔境の森へ来ている。
ジェイドはお母様のお願い事により、昨日のうちにコックス村にあるオルティス侯爵家の別邸を出発した。
「正直言うと心細いですが、実際の試験でも状況は同じです! そんなこと言ってられません!」
「ふふふ、頑張り屋さんね。サフィーちゃんもあまり遠くに行っちゃだめよ。何かあったらすぐに笛を鳴らしてね」
お母様から、何かあった時のためにと防犯用の笛を持たされた。この笛を鳴らせば、すぐに駆けつけてくれるみたい。
「はい、お母様。いざとなったらアオもいますから、心配いりませんよ」
アオは、魔物意見交換会の紳士たちに狩られないように、今は遠くで待機してくれている。アオに限って、狩られるようなヘマはしないだろうけれど、念には念を、だ。
お母様と別れた後、さっそく私は魔境の森の中を散策した。
「……魔物に、会わない? どうして?」
全く魔物に会わなかった。そして私は考えた。
(そういえば、ラズ兄様に精霊さんたちのおかげで魔物に会わないって言われたことがあったわ。そんな時って、一体どうすれば良いのかしら?)
私が休憩がてら、横に倒れている木に座って考えていると「ガサガサ」と目の前の草木が揺れる。
「えっ? 何か来る?」
立ち上がり、形ばかりの戦闘態勢に入る。もちろんいつでも助けを呼べるように、笛も準備万端だ。
「あれ? 可愛いらしいお嬢さんが、どうしてこんなところにいるのかな? 迷子になっちゃったの?」
「!?」
草木をかき分けて顔を出したその人を見て、私は自分の目を疑った。
(どうして、ここにいるの!?)
突然現れたその人は、私が絶対に会いたくない人、前世の私がよく知っている人に、とてもよく似ていたから。でも、
(きっと似ているだけ、ただの親戚かもしれないわ)
むしろその可能性の方が高い。だって……
「迷子ではないです。私、高等部に入った時の試験のために、魔物と戦う訓練をと思って母に頼んで連れてきてもらったんです」
「高等部? もしかして魔法学園の生徒? それにオルティス侯爵家の娘さんかい?」
「はい、そうです。四月から一年生です」
「偶然だな。私はそこの魔物学の教師なんだ。魔物意見交換会は、貴重な勉強の場でもあるから、前職の時からずっと参加しているんだよ。それに君のお母様とは同級生なんだ。それにしても、一人で魔境の森は危ないぞ?」
(お母様の同級生? それなら、やっぱり親戚か、ただの他人の空似ってことね。だって、明らかに「年齢」が違うもの)
私が、決して会いたくないと思う人、
攻略対象者 イーサン・シュタイナー
先生は、乙女ゲームの設定上「25歳」のはずだ。
お母様の同級生だとすれば、30代半ばだ。当の本人は永遠のハタチと言っているけれど、それだけは間違いない。
それに、このそっくりさんは眼鏡もかけていない。コンタクトレンズなんてものは、この国にはない。
(ふう、安心したわ。びっくりしちゃったわよ!!)
そっくりさんだと分かった今、私に怖いものなんてない。
「はい、すみません。ただ、私のことを精霊さんたちが守ってくれているみたいで、全然魔物が寄ってこないんです。私は高等部での試験に向けて魔物と戦いたいのに」
「ははは、それなら精霊たちにお願いするといいよ。見えなくても精霊たちには聞こえているからね。試しにスライムと戦いたいってお願いしてみてごらん」
「わかりました。精霊さん弱いスライムと戦いたいです」
ビビリな私は「弱い」と付け足した。ここでいきなり特大スライムなんて出たら泣ける。
----ピョコ
「きゃあっ!!」
すると、一匹のスライムが姿を現した。
ゲームと同じで、ぷよんぷよんとしてて、どことなく可愛い気がする。
(これじゃ、可愛くて逆に戦いづらいわ……)
「私の影に隠れてちゃ、戦えないぞ」
「え? ご、ごめんなさいっ!!」
いきなり出現したスライムに驚いて、咄嗟にそっくりさんの背後に隠れていた。
(私ったら、イーサン先生じゃなくて、そっくりさんだと分かったからって、安心しすぎよ)
気合を入れ直して、戦闘体制に入る。
「よし! じゃあ、水魔法で?」
「残念。このスライムは水属性だから効かないよ。氷のような鋭利なもので刺せば別だけど」
(氷? もしかして、やっとあの形状が役に立つ時が来たってことね!)
「じゃあ、氷魔法で、えいっ!」
----ブスッ
見事にいつもどおりの鋭利な氷が、目の前のスライムに突き刺さった。やっぱり私の出す氷は、立派な凶器だったことが証明された。
「氷魔法も使えるのか! よくやったな」
そっくりさんは、まるで子供を褒めるかのような優しい笑顔で私の頭を優しく撫でてくれた。言うまでもなく、私の顔は真っ赤に染まる。
だって、まさか頭を撫でられるなんて思わなかったから。
それに、このそっくりさんもさすが乙女ゲームの中の攻略対象者に似てるだけあって、美形だったから。
レオナルド王子やワイアット様とはまた違う大人の雰囲気が新鮮で、余計に私の胸が高鳴ってしまう。
「あぁ、ごめん。いきなり女の子に失礼だよね。つい癖で妹や弟たちと同じようにやってしまったよ」
「いえ、私の兄もよく頭を撫でてくれますから。それに、褒められるのは嬉しいです!」
けれど、恥ずかしさは隠せない。
「今のを見る限り、試験は大丈夫だろう。ここだけの話、試験で戦う魔物は毎年一角兎だからね。その後は捌いてみんなで食べるんだよ。ただ殺しただけじゃ魔物に申し訳無いからね。毎年恒例のバーベキュー大会だ」
一角兎とはその名の通り、ツノの生えた兎だ。可愛い見た目とは裏腹に、いきなり襲いかかってくるという凶暴な魔物。
「あの解体もしなければいけないんですよね? 魔石を取るまでが試験だって聞きました」
「ああ、たしかに女の子には解体は辛いよな。ん? フェンリル!?」
目を細めて私の後ろの方を見た、と思ったら、アオの姿が見えたのだろう。咄嗟に私を背中側に庇ってくれる。その仕草はとても紳士だ。
「もしかして! アオおいで〜」
私が呼ぶと、アオは私の隣に駆け寄ってきてくれた。
『ワウッ』(心配だから来ちゃったよ)
「ふふ、アオも過保護なんだから!」
「従魔か?」
そっくりさんは驚きながらも、アオをマジマジと観察する。魔物学の教師だけあって、フェンリルのアオに興味津々のようだ。
「お友達なんです」
「フェンリルがお友達か、精霊だけでなく魔物にも好かれるのか。それはすごいな。そうだ、試験は従魔に手伝ってもらってもいいんだぞ?」
「本当ですか?」
「ああ、従魔だって従者と同じだ」
それを聞いて、私は安心した。アオが一緒に試験を受けてくれれば受かったも同然だから。
「アオ、お願いできる?」
『ワウッ』(うん、サフィーのためなら頑張るよ)
「解体ができなくても、体の中から魔石を取り出せば試験終了だ。その後はこっちで捌くから」
「はい! それを聞いて安心しました。色々とありがとうございました」
「私もフェンリルを見れて感動だよ。私が昔住んでいた場所にも、フェンリルが暮らしていたんだ」
「とても寒い地域に住んでいたのですね」
「ああ、懐かしいな。あっ、そろそろ時間だぞ。あんまり無茶して、親に心配させるなよ。じゃあ、高等部で待ってるよ」
「はい、よろしくお願いします」
そっくりさんは、私をみんなのところまで送っくれると言ってくれたけれど、私は「アオの背中に乗って帰るので大丈夫です」と断った。
すると、そっくりさんは「羨ましい」と呟いて笑っていた。
その方が早いし、下手に紳士たちの前に行って、挨拶とかしなければいけないのは、ちょっと疲れるから。
私は、アオの背中に乗り、別邸に向かった。
「あ、そっくりさんの名前を聞くのを忘れてしまったわ」
『名前?』
「うん、でも高等部に入れば会えるだろうし。アオ、試験の時はよろしくね!」
『任せてよ! 最近サフィーはジェイドばっかり構っているから、ボク寂しかったんだからね! もっとボクとも遊んでね』
「ふふ、アオ〜!! 大好きよぉ!!」
私はもふもふを堪能した。
(ジェイドもアオくらい可愛いこと言ってくれてもいいんじゃないの!? 今もきっと、私と離れられて、思う存分リフレッシュしているんだわ)
そう思うと、やっぱり少しだけ寂しくて、アオをいっぱいもふもふした。