フロランドオープン
「お帰りなさいませ、お母様、ジェイド」
「ただいま、サフィーちゃん! 元気にしてた?」
魔物意見交換会から帰ってきたお母様に、いつもの如く、ぎゅーっと抱きしめられた。
「ぐる、じい、です……」
「ふふふ、あまり私がサフィーちゃんを占領してるとジェイドに怒られちゃうわね」
「「!?」」
お母様は、珍しくさっさと部屋に入って行った。久しぶりのジェイドに会って、私は少しだけ緊張している。
「ジェイド、お帰りなさい。どうだった?」
「本当にスーフェ様に連れて行ってもらえて良かったです」
(何だかとても嬉しそうね。それに清々しい顔つきになってるし、私の気のせいかしら?)
私と離れられたことで、それだけリフレッシュできたってことなのか、私がいなくても何とも思わなかったってことなのか……
少しだけ、胸がずきんと痛んだ。
(何となく、何があったのって、聞きづらいわ。それに、寂しかったなんて、絶対に口が裂けても言わないから!!)
そして私たちは、二年生に進級した。勉強会のおかげか、誰も試験を落とすことなく、今年もみんな同じクラスになれた。
レオナルド王子なんてやる気に満ち溢れて、成績がうなぎ上りらしい。私のレオナルド王子ルート自然消滅計画が泡となって消えてしまった。
そんな中、私たちのもとに吉報が届いた。フロランドのオープン日が決定したのだ。夏に先駆けて、連休の初日にオープンするのだという。
だから、私たちはフロランドに行くことを決めた。
「ねえ、見て見て!! どう? 可愛い? 似合う?」
この前みんなで買いに行った水着を着て、ジェイドに披露した。ジェイドなら、例え嘘でも「可愛い」と言ってくれるはずだから。
(言ってくれたら、リフレッシュの件は、今後は不問にしてあげようかしら)
「な!?」
ジェイドは一言だけ発すると、そっぽを向いてしまった。
「な?」
(な、のつく褒め言葉ってなに? 艶かしい? いや、それはないわね。ナイスバディ? それも何となく嫌だわ)
「……何て恰好をしてるんですか!! これを上から着てください!」
ジェイドは徐に、自分が羽織っている上着を脱いで、私に渡してきた。
「え、何で? ニナちゃんもヒナちゃんもミリーも、みんなが可愛いって言ってくれたのよ?」
(だから、嘘でもいいからジェイドも早く可愛いって言ってよ!!)
「ダメです。早く!!」
一向にジェイドは私を見てくれない。上着を持った手だけを私の方に差し出してくる始末だ。
きっと、少しだけ勇気を出したセパレートタイプの水着が仇となり、風邪を引かないか心配なのだろう。
「もう、別にお腹が見えてるからって風邪引かないわよ? 私は頑丈だし」
「そういう問題じゃありません! でもそういうことにしといて下さい」
「本当のこと言ってよ、似合わない? 可愛くない?」
「似合いますし、可愛すぎます!! ……だから俺以外には見せてはいけませんからね」
「仕方がないわね。そこまで言うなら着るわ」
(やったー! 可愛いって言ってくれたわ!!)
可愛いという言葉が嬉しすぎて、それ以降の言葉は聞き流していた。
「ねぇ、見て見て〜! ぶかぶかだわ。ジェイドったら、いつの間にこんなに背が伸びたの?」
「!!」
「ジェイド、どうしたの? 大丈夫?」
どうしてか、ジェイドは蹲って悶絶していた。
そして、念願のフロランドへ!
「ニナちゃん、フロランドオープンおめでとう!」
「ありがとう。これも全てサフィーちゃんたちのおかげよ」
実は、このフロランドのオープンに先駆けて、高級志向の温泉はすでにオープンさせている。
お客様第一号は……何とお母様たち。スポンサーだから当たり前なのかもしれないけれど、それが意外なことに、お母様の三つ目のお願い事が「一番最初に泊まらせて」だったのだ。
本当に簡単なことだったから、逆に呆気にとられてしまった。
しかも、お母様たちの宣伝効果は絶大だった。
お母様は王妃様とお友達と、高級志向の温泉宿に宿泊した。それが王妃様主催のお茶会で集まった貴族のご婦人たちに広まった。
その後はお察しのとおり。問い合わせと予約が殺到し、予約の取れない温泉宿と噂になり、急遽、高級志向の温泉宿を増やしている。
資金が潤ってきたら、大人数で泊まれる宿も作る予定なんだという。学園の宿泊合宿にも使えるので、そちらも楽しみだ。
「ところでサフィーちゃん、せっかくの可愛い水着なのに上着を着ちゃうの?」
私はこの前みんなで買いに行った水着の上に、上着を一枚羽織っている。ジェイドの上着を。
「風邪ひかないように着てなさいってジェイドが。やっぱり過保護よね?」
「そ、そっか……(てことは、彼シャツ!? ジェイドさんは意外と独占欲が強いのね……)」
ニナちゃんは、ジェイドをちらりと見ていたけれど、ジェイドは目を合わせないよう明後日の方向を向いている。
「サフィーちゃん、今日はジェイドさんと二人でいっぱい楽しんでいってね!」
「うん、ありがとう!」
オープン初日の今日は、温水プールで遊ぶことにした。
(温水プールはいいよね、季節に関係なく遊べるもの)
温水プールも大盛況で、たくさんのお客様で賑わいを見せていた。
「サフィーお姉ちゃん、こんにちは。プランターセットありがとう。元気に育ってるよ」
私に話しかけてくれたのは、孤児院の年長組の子だ。
「こんにちは。本当? 良かったわ。早く育って食べられるようになるといいね。今日はお仕事?」
「はい。今日はみんなで困っている人がいたら、監視員のおじちゃんに連絡したり、ルールを守れない子がいたら、注意する役目を受けているんです」
孤児院の子供たちは、みんなでお揃いの目立つお洋服を着ている。前世でいうプールの監視員の補助の役目を担っているようだ。
大人の監視員の方もいるけれど、目の届かないところを子供たちが補佐する。
もちろん無理にトラブルを解消しようとしないで、すぐに大人に言うようにきちんと約束してある。
「今日はみんなのお仕事がスムーズに行くように、とっても頼りになる人が来てくれたのよ。レオナルド王子よ。もちろん知っているよね?」
「レオナルドだ。みんな、よろしくな」
「えっ!?」「王子様? すごーい!」「かっこいい!!」
孤児院の子供たちは、突然の王子様の登場に、とても興奮しているようだ。
「なんだか、嬉しいな。よーし! 今日は俺がみんなのために王子にしかできない役目を果たしてみせるからな!」
レオナルド王子は、子供たちの声に少し照れながらも嬉しそうだ。
レオナルド王子は私たちがフロランドの話をしているのを聞き「俺も何かやりたい」と申し出てくれた。
それは願ってもないありがたい申し出だった。実はレオナルド王子にしかできないことがある。
それは……
「てめえ、貴族の俺が先に滑るんだ。そこをどけよ」
「ここではルールを守ってください」
絶対に来ると思った、THE 貴族の馬鹿息子。滑り台を滑るために並んでいる列に横入りをしようとしている。
(ふふ、監視を担っている孤児院の子供たちも、さっそく頑張っているようね)
「うるせー、貴族なんだからいいんだよ。平民風情が口答えするのか?」
「でも……」
(そうよね、いくらルールがあるからって、子供たちだけだと強くは言えないのね……)
「早く退けよ、だったら俺より偉いやつでも出せよ。そいつの言うことなら聞いてやるよ。きっとそいつも並ぶはずねーけどな」
絶対にいると思った、ルールを守らない THE 貴族の馬鹿息子。そして必ず言うと思った、俺よりも偉いやつを出せ。
温水プールの使用に関するルールの一つに「貴族も平民も平等に順番を守る」というものがある。
今回のような我儘貴族による横入りを防ぐためだ。
このフロランドは貸し切りにすることもできるので、貴族の者でフロランドで遊びたい、でもルールを守りたくないし平民と一緒では嫌だ、という者がいれば、貸し切りにすれば良いだけの話。その分お金はかかるけれど。
「じゃあ、王子様の言うことなら聞くんですか? 王子様は先ほどからきちんと並ばれていらっしゃいますよ?」
「えっ?」
驚くTHE 貴族の馬鹿息子。ここでレオナルド王子の登場だ。
「君はどこの貴族の子息だい? ここには決められたルールがあるのだから、きちんと守らなければいけないよ。当たり前のことだよ。もちろん俺だってきちんと並ぶから、さぁ、君も並ぼう。そしてみんなで気持ちよく楽しもうじゃないか!」
「も、申し訳ございません」
爽やか過ぎるくらいのキラキラ王子スマイルでその一言を放たれ、平伏したように謝るTHE 貴族の馬鹿息子は、そそくさと列の一番後ろに並び直した。
「さすがです! レオナルド王子!!」
「これくらい当たり前のことさ」
レオナルド王子にしかできないこと。王子がルールを守れば、他の貴族はルールに従うしかなくなる。
王子絶対!!
この噂が広まれば、きっとルールを破る人なんていなくなるはずだという思惑だ。
「この滑り台はすごく楽しいな。俺も王城の湯浴み処に作ってもらおうかな。もう一回行ってくる」
「王城の湯浴み処なら、広そうですものね……」
恋に敗れてから、レオナルド王子は王族としての威厳が増した気がする。やっぱり素敵な恋は人を成長させるのかもしれない。
でも、心無しか、ジェイドの水着姿を見た時に、すごく複雑そうな顔をしていたことは、見なかったことにしておこう。
(胸が締め付けられる思いだったわ……)
そして、私とジェイドは食事処の方も確認しに行った。
「あれ? スーフェ姐さんのところのお嬢さんじゃないですか! ご無沙汰しています」
見たことがあるような、ないような料理人のような恰好をした男性が私たちに話しかけてきた。
「ねえ、ジェイド、誰だか分かる?」
「落とし穴の時に盛大に落とされた人たちの中の一人ですよ」
(へぇ〜、全く覚えていないわ)
それもそのはず、私はその時、ジェイドに目隠しされてほとんど見れなかったから。
「ここで働き始めたんですね!」
「俺たち、あの後スーフェ姐さんに仕込まれたんですよ。まず冒険者ギルドに登録して、その後はもう地獄の特訓。この前も、いきなり夜に奇襲を受け、夜間訓練。あ、お坊ちゃんもいましたよ。さすが姐さんのご子息、お強いですね」
(もしかして、私が置いてけぼりにされた時のことかしら? ニナちゃん事件の前の日。二人でどこに行ったかと思えば、夜間訓練って……置いてかれて本当に良かったわ)
「夜間訓練では、ギルドに依頼が出されている害獣となっている大量の魔物と戦わされて、本当に辛かった。おかげで実家の宿屋に戦利品の肉をあげたら喜ばれましたよ」
ご実家はフロー村で宿屋を営んでいるらしい。フロー村の宿屋ということは、私とジェイドが泊まったフロー村唯一の宿屋しかない。
「え? 地元産の鶏肉じゃなかったの? とても美味しかったわ」
「もしかして、うちの実家の宿屋に泊まってくれたんですか? ありがとうございます。一応、フロー伯爵領内で狩ったので地元産ですよ」
(それって、地元産っていうのかしら? でも、それなら名物は決まりじゃない!!)
「俺は戦うのは苦手だけど、料理の腕を認められて、ここで厨房を担当をしているんです。プールや温泉の方には他の奴らも監視員や警備員として働いていますよ。みんなスーフェ姐さんに仕込まれたから、戦闘能力は抜群に上がりました」
(お母様に仕込まれるって、きっとお母様が依頼した冒険者ギルドの人のことよね? さすがにお母様は魔物とは戦いそうにないもの。だから、お母様は冒険者ギルドに出入りしていたのね!)
「俺らの中には魔法が使えるようになったやつもいるんですよ。スーフェ姐さんが言うには「全く魔力がない人」「魔力はあるのに使い方を知らない人」「素質はあるのに魔力が足りていない人」に分けられるらしいです。全く魔力がない人はどう足掻いても残念らしいのですが、魔力が少しでもあれば、訓練次第でどうにでもなるらしいです。俺も少しですが火魔法が使えるようになったので、厨房の仕事が格段に効率良くなりました」
(私も訓練次第では、まだまだ違う魔法が使える可能性があるってことよね? でもこの方の訓練の話を聞く限りでは、相当な努力が必要そうね? 大量の魔物……うぅ、恐ろしや)
「はじめは、全然違うところへ派遣させようとしたらしいのですが、ありがたいことにフロランドができたから、みんなここで働けたんです。みんな村が好きだから、本当に喜んでました。スーフェ姐さんを含め、みなさんには感謝しています。ありがとうございました」
フロランドは、沢山のフロー村の人たちに支えられて、オープン初日をトラブルもなく大盛況の中、営業を終えることができた。