勉強会で大事件
心臓の病気など何もなかった。風邪すらもひいた覚えのない私の身体はやはり頑丈だった。どうしてか、お医者様には優しい眼差しで微笑まれたけれど。
これからクラス分け試験を目前に、以前レオナルド王子と交わした約束を果たすために、勉強会をすることになっている。オルティス侯爵家の別邸で。
もちろんジェイドはジェイミーちゃんに、すでに変身済みだ。お母様のおかげで準備万端、いつレオナルド王子が来ても大丈夫。
まずは、ワイアット様とニナちゃんとヒナちゃんが来てくれた。ヒナちゃんが眠ってしまったようで、ワイアット様に抱っこされている。
(可愛い。朝早くから馬車に揺られて来たから、眠くなっちゃったのね)
ヒナちゃんを寝かせる場所を探したところ、私とニナちゃんの視界には、丸くなって眠っているアオの姿を捉えた。
「ねえ、ニナちゃん……」
「えぇ、 サフィーちゃん……」
私とニナちゃんが考えたことは同じだったようだ。
「「可愛い」」
アオのもふもふの布団に、すっぽりと収まるようにヒナちゃんを寝かせてみたら、とっても可愛すぎた。起きるどころか、心なしか気持ちよさそうに見える。
(きっと、いい夢見れるはずよ!)
そして私は、ワイアット様とニナちゃんに小声でジェイミーちゃんを紹介した。
「「初めまして……!?」」
ワイアット様とニナちゃんは思うところがあったようで、二人は顔を見合わせて確認し合ってから私に尋ねた。
「 サフィーちゃん、ジェイミーちゃんって、もしかしてジェイドさん?」
「ご名答! やっぱり分かる?」
「はじめは、すごく綺麗な女の子だなって思ったけど、近くでよく見ると、あれっ? ってなったの」
「あぁ、化けるもんだな」
やっぱり何度も変身前のジェイドに会っている人は、ジェイミーちゃんの中の人がジェイドだと気付くようだ。それなのに、レオナルド王子は未だに気付かない。
(恋は盲目って本当みたいね)
私たちは二人に気付いていないフリをしてもらうようにお願いをした。
それから少し経った頃、レオナルド王子の乗る馬車が到着した。お出迎えをすると、レオナルド王子のお隣には王妃様がいらっしゃった。
「スーフェに話があったから一緒に来ちゃったわ」
そう可愛らしくて王妃様が仰ったので、私は王妃様をお母様のところに案内した。レオナルド王子はジェイミーちゃんにお任せで。
そして、勉強会は和やかな雰囲気ではじまった。ちなみに、今日の役割分担はこうだ。
先生
ラズ兄様、ワイアット様、ジェイミーちゃん
生徒
レオナルド王子、ニナちゃん、私
試験勉強なのに、どうしてニナちゃんがいるのかというと、
一つ目は、高等部に入るなら、勉強をしておかないといけないから。
二つ目は、私に会いたかったんだって! 私、幸せすぎる!!
ラズ兄様は、自分の勉強をしつつ、私に勉強を教えてくれる。
ラズ兄様は頭がいい。いつも同じようなことをしてお母様の逆鱗に触れているから、いつまで経っても学ばない人というイメージだけど、本当は違う。試験の成績も、いつも五位前後をキープしている。
レオナルド王子は、やはりばかではないらしい。ジェイミーちゃんの教えることもすぐに理解している。
教えることはほとんどないと、ジェイミーちゃんも褒めていた。もちろん褒められたレオナルド王子は、とても嬉しそうだった。
順調に試験勉強が進む中、アオのもふもふ布団に寝かせていたヒナちゃんが、目を覚ましたようだ。
「うーん、おはよう、ここどこ?」
「ヒナ、寝ぼけてるの? ここはサフィーちゃんのお屋敷よ? ジェイドお兄ちゃんに会いたいってついてきたんじゃない」
「そうだ! ジェイドお兄ちゃん!!」
「!?」
一気に目が覚め、目を輝かせるヒナちゃん。
そんなヒナちゃんとは対照的に、レオナルド王子以外のメンバーは「まずい」と顔を見合わせる。
そんな私たちの心の内を知らないヒナちゃんは、脇目もふらずジェイミーちゃんに変身したジェイドの元へと駆けて行き抱きついた。
「わー、どうしたの? ジェイドお兄ちゃん、そんなに可愛い恰好をして。お姫様みたい!!」
純真無垢な子供の眼は誤魔化せなかったようだ。ヒナちゃんは少しの迷いもなくジェイミーちゃんの中の人を言い当ててしまった。
「ヒ、ヒナ、ダメよ!!」
慌ててニナちゃんがヒナちゃんを止めようと試みてくれた。
「どうして? ジェイドお兄ちゃん一緒に遊ぼうよ」
純真無垢なヒナちゃんの瞳に見つめられたジェイミーちゃんの中の人は、どうしたら良いものなのか戸惑っている。
「ジェイド? なんのことだ?」
その一部始終を見ていたレオナルド王子が、とうとう怪訝な顔をしはじめてしまった。
(非常にまずいわ……どうにかしなければ、このままでは大変なことになってしまう)
そんな私の戸惑いを余所に、レオナルド王子が核心に迫るために、行動を起こし始めた。
「可愛いお姫様、そのジェイドというお兄ちゃんはどこにいるのかな?」
「え? 今ヒナが抱きついているのが、ジェイドお兄ちゃんだよ?」
(あ、終わった……)
「まさか……」
レオナルド王子の目はジェイミーちゃんのピンクブロンドのカツラをロックオンしている。
そして、瞬きする間もないくらいの速さで、レオナルド王子がジェイミーちゃんのカツラをもぎ取った。
(だめぇ!!)
そう思っても、もう手遅れだった。
「嘘だっ、ジェイミーちゃんが……」
レオナルド王子は一気に顔面蒼白になり、わなわなと膝から崩れ落ちた。
「レオナルド王子、これには理由がっ」
理由なんてない。ただ単に、レオナルド王子が勘違いしていただけだ。みんなはすぐに気が付いたのだから。
けれど、そんなこと、口が裂けても言えない。
「もしかして、お前らは今まで俺のことを騙して笑っていたのか? 俺の心を、俺の純粋な恋心を弄んでいたのか?」
(ついに恋心って言っちゃったわね……)
レオナルド王子は、わなわなと震えながら、怒りを露わにしはじめた。
(このままでは、非常にまずいよね。どうにかしてレオナルド王子のお怒りを鎮めなければ……)
「違います、レオナルド王子、落ち着いてください」
「うるさい、落ち着けるか! お前ら、全員不敬だー!! 全員今すぐ捕えよ!!」
「ワイアット様やニナちゃんたちは関係ありません。せめてっ……」
「うるさい、うるさい、うるさーい!!」
私の話などもう聞いてくれない。とうとうレオナルド王子にジェイミーちゃんの中の人の正体が知られてしまいなす術がない。
(どうしよう、このままでは、断罪イベントを迎える前に、乙女ゲームが始まる前に、破滅エンドの斬首が確定しちゃうわ!!)