表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/156

新孤児院と二つ目の条件

「ここが新しい孤児院ね!」


 私とミリーは、古い孤児院に別れを告げ、みんなの後を追って、新しい孤児院に着いたところだ。


「村のみなさんが頑張って作ってくれたフロー村自慢の孤児院なの。私もちょっとだけ手伝ったんだ!」


 先に着いていたニナちゃんが出迎えてくれた。この新しい孤児院は、フロー村の人たちにも温かく受け入れられたみたい。


 新しい孤児院は、華美な装飾などはないけれど、棚が低かったり、角が危なくないように配慮されていて、孤児院の子供たちのためを思って作られているのが、随所に感じられる内装だった。


 古い孤児院と違って、男の子の居住スペースと女の子の居住スペースを完全に分け、食堂、勉強、団欒スペースも、きちんと部屋が分かれている。


 しかも、日当たりの良い庭には、じゃがいもなら育つだろうとのことで畑がある。少しでも自給自足のできる環境があることは、とても良いことだと思う。


(自給自足か、それなら今度はプランターを用意しようかしら? 肥料を少し工夫すれば育つかもしれないし。トマトやピーマンならプランターでも育てられるはずだもの)


 プランター栽培の構想が思い浮かび、庭師のケンさんに相談してみようと心に決めた。


 新しい孤児院の案内をしてもらった後は、引越し祝いのパーティーだ。


 私はミリーと一緒に料理を作り始めた。作るといっても、事前に用意していた料理を温めるだけ。

 オルティス侯爵家の使用人さんに、時間になったら届けてもらうようお願いをしていた。


「今日のメニューはカレーです!」


 子供が大好きなメニューと言ったらカレーだ。カレーを出しておけば間違いない。


 フライドポテトとポテトサラダは、今からみんなで作ることにした。自分たちで作ったじゃがいもが、こんなに美味しい料理になるんだって分かれば、畑仕事もがんばれるだろうから。


 年上組の子供たちとミリーには、じゃがいもやニンジンの皮剥きをお願いして、火を使う作業は私とニナちゃんが担当した。


「ニナちゃんは、料理が得意なのね。鳥も捌けるし、すごいわ!」

「お金がなかったので、お手伝いさんを雇えない分頑張ったの! 鳥だけじゃなく、大猪くらいなら、軽くスパッとできると思うよ。ワイアット様には『ほどほどにな』って言われちゃったけどね」


 満面の笑みで教えてくれるニナちゃんに、私は震え上がってしまった。


(絶対に、ニナちゃんとは取っ組み合いの喧嘩はしないようにしよう)


 お皿に盛り付け、仕上がったものから、年下組の子供たちが、テーブルへと運んでくれた。

 どうしてか、全ての料理を配膳し終えた時に、ヒナちゃんが私の元へやってきた。


「サフィーお姉ちゃん、もう一人分用意できる?」

「うん、できるわよ。ちょっと待っててね」


(あれ? 人数分出したはずなんだけど?)


 不思議に思い、食堂を覗いてみると、なぜかそこにはあの方がいた。


(あなたはなぜ、そこに座っているのですか、お母様!!)


「……お母様、どうされたのですか?」

「あら、サフィーちゃんったら、私がオルティス侯爵家からカレーを運んだのよ? それに、私も美味しいカレーが食べたいもの」

「……ありがとうございます」


 もちろんオルティス侯爵家用にもカレーは作っておいた。どうしてわざわざここで食べるのか、あまり深くは考えない方がいいだろう。


 ミリーの話からすると、以前から孤児院には来ていたみたいだし、現にすでに子供たちとも打ち解けていて、仲が良さそうだった。


「スーフェおねえちゃん」


 子供たちにそう呼ばせているほどに。


(おねえちゃん……)


 深くは考えない方がきっと私のためだろう。せめて、純真無垢な子供たちが、このまま真っ直ぐに育ってくれることを、私は祈る。


 みんなが揃ったので、引越し祝いのパーティーのスタートだ。


「「「いただきます」」」


 子供たちはみんな夢中になって「おいしい」「おかわり」と言いながら、たくさん食べてくれた。その度に、ミリーがお姉ちゃんパワーを発揮する。


「あー! マル、ほっぺにご飯粒付いてるよ!」

「えーっ? どこー? ミリーおねえちゃんとってよ」

「仕方ないなぁ」


 ミリーはマルくんの頬に付いているご飯粒を指で拭い、そのまま自分でパクリと食べた。


(これって、ミリー! まさかの逆俺様!?)


 俺様シリーズの小説で出てきたシチュエーションが目の前で起きていた。そんな私の動揺が、どうしてかミリーに気付かれる。


「サフィーお嬢様、決して逆俺様ではないですからね。これは少しの食べ物の欠片も粗末にしちゃいけないという、この孤児院伝統の『もったいない精神』ですからね!!」


 ミリーは堂々と宣言して、子供たちのおかわりの催促に応えるために、カレーをよそりに行った。


(もったいない精神、なんて素晴らしい言葉なんでしょう。邪な想像しかできなかった私は、一体いつ純真無垢な心を失ってしまったのかしら……)


 私は虚しくなった。けれど、すぐに機嫌を取り戻す。


「サフィーちゃん、これすごく美味しいよ! こんなに美味しいものを作れるなんて天才だよ」

「嬉しい! デザートもぜひ食べてね、すごく美味しいんだから!」


 デザートは、夢のバケツプリン! 一度はやってみたい贅沢プリンだ。今回は鍋で代用したので鍋プリンになった。作るのはミリーにお任せをして、私は口だけ出した。


 こちらも嬉しいことに「何これ?」「プルプルしてる」「あまーい」「おいしい」「もっとたべたーい」と大好評だった


 ミリーは自分も食べたいのを我慢して、子供たちにおかわりを取り分けてあげていた。子供たちのお姉ちゃんはとても偉い。


(ミリーには、あとで美味しいお菓子の新作を作ってあげよう)


 お腹もいっぱいになり、食後の一休みをしていた時に「そういえば」とニナちゃんに話を向けた。


「ニナちゃん、フロランドの目玉メニューも考えないといけないよね?」

「フロー村にはやっぱり鳥と卵とじゃがいもくらいしかないかも……」


(それならやっぱり、温泉卵と唐揚げとフライドポテトよね。唐揚げとポテトなんてど定番だし。

あとは、どうにかして、お肉の代用品を見つけたいわ)


「おねえちゃんたち、フロランドってなに?」


 私とニナちゃんの話し声が聞こえたのか、子供たちが尋ねてきた。


「温泉っていう大きいお風呂とプールのことよ。精霊の加護の木の近くに作っているのは知ってる?」

「うん、しってるよ〜」

「いいなぁ。おおきいおふろ」

「すべりだいもあるんだって」


 子供たちは羨ましそうに口々に呟いた。


 ただ、自分たちの境遇を理解しているのか、その表情は、自分たちはフロランドを利用できないという、諦めの気持ちを滲ませていた。


(ごめんなさい。私はみんなのことを考えずに、フロランドのことを話していたわ。フロランドは慈善事業ではないから、子供でも利用するのに少なからずお金がかかるんだもの。孤児院の子供たちには、そのお金を出すことは難しいものね)


 私は、自分の浅はかさを悔いた。そんな時、あの方の声が聞こえてきた。


「大丈夫よ、みんなも温泉に入れるわよ」

「え? お母様?」

「フロー伯爵には話をつけてあるわ。そのかわり、子供たちに施設のお掃除などのお仕事をお願いするわ。他にもできることがあれば、どんどん仕事をお願いする予定よ。その対価として、格安志向の温泉の方になるけれど、先生と一緒に入ることができるようになるわ」


 子供たちに向かって、お母様はにこりと微笑んだ。女神だ。


「ほんとう!」

「やったー!」

「いっぱいおしごとする!!」


 子供たちは、飛び跳ねて喜んでいた。


「もしかして、お母様がスポンサーになるための条件の二つ目って、このためだったんですね」

「偶々よ。フロー伯爵も安く働いてくれる人を探していたからね。それに今日の子供たちのお掃除を見ていたけれど、とても立派なものだったわ。テレーサ先生の教育の賜物ね」

「お母様……」


 お母様の言葉に、涙が零れそうになった。それと同時に思う。


(お掃除の時から見ていたなんて、そんな前からいたとは全く気が付かなかったわ。お母様は、気配を消すのがうますぎるわ)


 あとからニナちゃんに聞いたら、温泉に入れるという対価とは別に、お給金も孤児院に支払われて、孤児院の運営の足しにするそうだ。


 新しい孤児院が建てられたのも、孤児院の運営も、今は心優しい人の寄付で成り立っているのが現状らしい。


 その寄付も、いつまで続くかは分からない。もしもの時に、少しでも収入があるのとないのとでは雲泥の差だ。


(お母様って、本当に凄い人だわ)


 先のことを見据えて行動するお母様は、本当に凄い人だ。何から何まで、お母様には頭が上がらない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ