新孤児院と二つ目の条件
「ここが新しい孤児院ね!」
私とミリーは、古い孤児院に別れを告げ、みんなの後を追って、新しい孤児院に着いたところだ。
「村のみなさんが頑張って作ってくれたフロー村自慢の孤児院なの。私もちょっとだけ手伝ったんだ!」
先に着いていたニナちゃんが出迎えてくれた。この新しい孤児院は、フロー村の人たちにも温かく受け入れられたみたい。
新しい孤児院は、華美な装飾などはないけれど、棚が低かったり、角が危なくないように配慮されていて、孤児院の子供たちのためを思って作られているのが、随所に感じられる内装だった。
古い孤児院と違って、男の子の居住スペースと女の子の居住スペースを完全に分け、食堂、勉強、団欒スペースも、きちんと部屋が分かれている。
しかも、日当たりの良い庭には、じゃがいもなら育つだろうとのことで畑がある。少しでも自給自足のできる環境があることは、とても良いことだと思う。
(自給自足か、それなら今度はプランターを用意しようかしら? 肥料を少し工夫すれば育つかもしれないし。トマトやピーマンならプランターでも育てられるはずだもの)
プランター栽培の構想が思い浮かび、庭師のケンさんに相談してみようと心に決めた。
新しい孤児院の案内をしてもらった後は、引越し祝いのパーティーだ。
私はミリーと一緒に料理を作り始めた。作るといっても、事前に用意していた料理を温めるだけ。
オルティス侯爵家の使用人さんに、時間になったら届けてもらうようお願いをしていた。
「今日のメニューはカレーです!」
子供が大好きなメニューと言ったらカレーだ。カレーを出しておけば間違いない。
フライドポテトとポテトサラダは、今からみんなで作ることにした。自分たちで作ったじゃがいもが、こんなに美味しい料理になるんだって分かれば、畑仕事もがんばれるだろうから。
年上組の子供たちとミリーには、じゃがいもやニンジンの皮剥きをお願いして、火を使う作業は私とニナちゃんが担当した。
「ニナちゃんは、料理が得意なのね。鳥も捌けるし、すごいわ!」
「お金がなかったので、お手伝いさんを雇えない分頑張ったの! 鳥だけじゃなく、大猪くらいなら、軽くスパッとできると思うよ。ワイアット様には『ほどほどにな』って言われちゃったけどね」
満面の笑みで教えてくれるニナちゃんに、私は震え上がってしまった。
(絶対に、ニナちゃんとは取っ組み合いの喧嘩はしないようにしよう)
お皿に盛り付け、仕上がったものから、年下組の子供たちが、テーブルへと運んでくれた。
どうしてか、全ての料理を配膳し終えた時に、ヒナちゃんが私の元へやってきた。
「サフィーお姉ちゃん、もう一人分用意できる?」
「うん、できるわよ。ちょっと待っててね」
(あれ? 人数分出したはずなんだけど?)
不思議に思い、食堂を覗いてみると、なぜかそこにはあの方がいた。
(あなたはなぜ、そこに座っているのですか、お母様!!)
「……お母様、どうされたのですか?」
「あら、サフィーちゃんったら、私がオルティス侯爵家からカレーを運んだのよ? それに、私も美味しいカレーが食べたいもの」
「……ありがとうございます」
もちろんオルティス侯爵家用にもカレーは作っておいた。どうしてわざわざここで食べるのか、あまり深くは考えない方がいいだろう。
ミリーの話からすると、以前から孤児院には来ていたみたいだし、現にすでに子供たちとも打ち解けていて、仲が良さそうだった。
「スーフェおねえちゃん」
子供たちにそう呼ばせているほどに。
(おねえちゃん……)
深くは考えない方がきっと私のためだろう。せめて、純真無垢な子供たちが、このまま真っ直ぐに育ってくれることを、私は祈る。
みんなが揃ったので、引越し祝いのパーティーのスタートだ。
「「「いただきます」」」
子供たちはみんな夢中になって「おいしい」「おかわり」と言いながら、たくさん食べてくれた。その度に、ミリーがお姉ちゃんパワーを発揮する。
「あー! マル、ほっぺにご飯粒付いてるよ!」
「えーっ? どこー? ミリーおねえちゃんとってよ」
「仕方ないなぁ」
ミリーはマルくんの頬に付いているご飯粒を指で拭い、そのまま自分でパクリと食べた。
(これって、ミリー! まさかの逆俺様!?)
俺様シリーズの小説で出てきたシチュエーションが目の前で起きていた。そんな私の動揺が、どうしてかミリーに気付かれる。
「サフィーお嬢様、決して逆俺様ではないですからね。これは少しの食べ物の欠片も粗末にしちゃいけないという、この孤児院伝統の『もったいない精神』ですからね!!」
ミリーは堂々と宣言して、子供たちのおかわりの催促に応えるために、カレーをよそりに行った。
(もったいない精神、なんて素晴らしい言葉なんでしょう。邪な想像しかできなかった私は、一体いつ純真無垢な心を失ってしまったのかしら……)
私は虚しくなった。けれど、すぐに機嫌を取り戻す。
「サフィーちゃん、これすごく美味しいよ! こんなに美味しいものを作れるなんて天才だよ」
「嬉しい! デザートもぜひ食べてね、すごく美味しいんだから!」
デザートは、夢のバケツプリン! 一度はやってみたい贅沢プリンだ。今回は鍋で代用したので鍋プリンになった。作るのはミリーにお任せをして、私は口だけ出した。
こちらも嬉しいことに「何これ?」「プルプルしてる」「あまーい」「おいしい」「もっとたべたーい」と大好評だった
ミリーは自分も食べたいのを我慢して、子供たちにおかわりを取り分けてあげていた。子供たちのお姉ちゃんはとても偉い。
(ミリーには、あとで美味しいお菓子の新作を作ってあげよう)
お腹もいっぱいになり、食後の一休みをしていた時に「そういえば」とニナちゃんに話を向けた。
「ニナちゃん、フロランドの目玉メニューも考えないといけないよね?」
「フロー村にはやっぱり鳥と卵とじゃがいもくらいしかないかも……」
(それならやっぱり、温泉卵と唐揚げとフライドポテトよね。唐揚げとポテトなんてど定番だし。
あとは、どうにかして、お肉の代用品を見つけたいわ)
「おねえちゃんたち、フロランドってなに?」
私とニナちゃんの話し声が聞こえたのか、子供たちが尋ねてきた。
「温泉っていう大きいお風呂とプールのことよ。精霊の加護の木の近くに作っているのは知ってる?」
「うん、しってるよ〜」
「いいなぁ。おおきいおふろ」
「すべりだいもあるんだって」
子供たちは羨ましそうに口々に呟いた。
ただ、自分たちの境遇を理解しているのか、その表情は、自分たちはフロランドを利用できないという、諦めの気持ちを滲ませていた。
(ごめんなさい。私はみんなのことを考えずに、フロランドのことを話していたわ。フロランドは慈善事業ではないから、子供でも利用するのに少なからずお金がかかるんだもの。孤児院の子供たちには、そのお金を出すことは難しいものね)
私は、自分の浅はかさを悔いた。そんな時、あの方の声が聞こえてきた。
「大丈夫よ、みんなも温泉に入れるわよ」
「え? お母様?」
「フロー伯爵には話をつけてあるわ。そのかわり、子供たちに施設のお掃除などのお仕事をお願いするわ。他にもできることがあれば、どんどん仕事をお願いする予定よ。その対価として、格安志向の温泉の方になるけれど、先生と一緒に入ることができるようになるわ」
子供たちに向かって、お母様はにこりと微笑んだ。女神だ。
「ほんとう!」
「やったー!」
「いっぱいおしごとする!!」
子供たちは、飛び跳ねて喜んでいた。
「もしかして、お母様がスポンサーになるための条件の二つ目って、このためだったんですね」
「偶々よ。フロー伯爵も安く働いてくれる人を探していたからね。それに今日の子供たちのお掃除を見ていたけれど、とても立派なものだったわ。テレーサ先生の教育の賜物ね」
「お母様……」
お母様の言葉に、涙が零れそうになった。それと同時に思う。
(お掃除の時から見ていたなんて、そんな前からいたとは全く気が付かなかったわ。お母様は、気配を消すのがうますぎるわ)
あとからニナちゃんに聞いたら、温泉に入れるという対価とは別に、お給金も孤児院に支払われて、孤児院の運営の足しにするそうだ。
新しい孤児院が建てられたのも、孤児院の運営も、今は心優しい人の寄付で成り立っているのが現状らしい。
その寄付も、いつまで続くかは分からない。もしもの時に、少しでも収入があるのとないのとでは雲泥の差だ。
(お母様って、本当に凄い人だわ)
先のことを見据えて行動するお母様は、本当に凄い人だ。何から何まで、お母様には頭が上がらない。