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悪役令嬢のお母様

 今、私を抱きしめて離さないこの人の正体は、

   スフェーン・オルティス

私のお母様だ。


(お母様が、どうして?)


 私の理解が追いつかなかった。けれど、それ以上に嬉しかった。嬉し過ぎて涙が溢れそうになるほど。


(ふふ、お母様の香り、懐かしいな)


 ふんわりと香る薔薇の匂い。侯爵夫人だからお手入れを欠かさないのだろう。


 お母様は羨ましいぐらい素敵な女性だ。


 毛先をゆるく巻いたロングヘアーに、羨ましすぎるくらいのメリハリボディー。はっきり言って、とても美人で自慢の母だ。


(私だって、あと少ししたら、きっと……)


 今の自分の体型と比べてしまい、少しだけ切なくなる。でも、まだ私は10歳。きっとこれからだ。


 唯一、乙女ゲームのサファイアが誇れることと言えば、侯爵令嬢という身分とスタイル抜群の見た目、優秀な頭脳だ。


(せめてそこだけは、乙女ゲームの設定どおりによろしくお願いします!!)


 私は、神様に切実に願った。そして、お母様の話に戻る。


 お母様は、毎日世界中を飛び回り仕事をしている、らしい。

 前世の言葉で言うところの、バリバリのキャリアウーマン、らしい。

 商品の輸入や買い付けなどの仕事をしている、らしい。


 らしい、らしいって、どうして「らしい」なのかというと、全部私の推測だからに過ぎない。

 私のお母様は、秘密がいっぱいだ。いい女は秘密でできているのだろう。


 もちろん以前に一度、お母様の仕事について聞いたことがある。あろうことか、母親とは思えない可愛い仕草で「ひ・み・つ」と言わてしまい、それ以上は何も問い質せなかった。


 秘密をたくさん抱えるいい女、のお母様の、私を抱きしめる力は今も緩める気配がない。抱きしめられて嬉しかったけれど、それどころではなくなってきた。


(そろそろ死ぬ。破滅エンドを迎える前に、私、死ぬかも)


「おがあ、ざま、ぐるじい……」

「あらやだ、ごめんなさいね」


 ふふっと、はにかむような天使の微笑みを浮かべながら、やっと私を抱きしめていた腕を解いてくれた。


(ちょっと残念だけど、正直言って死にそうだったもの。お母様ったら、見た目と反して、意外と馬鹿力なのね)


 ちなみに、私は平均よりも力は弱い方だ。今まで何もかも人任せだったからだろう。


「どうしましたか? お母様、お仕事は?」


 未だ素直になりきれていない天邪鬼な私は、強がってわざとらしく尋ねる。はっきり言って、お母様に会えて、私はとても喜んでいるのに。けれど、やっぱりお母様は忙しい人だから。


(お母様は私よりも仕事の方が大切だよね……)


 そう思ってしまうことが私が孤独を感じる理由のひとつだ。そう思っていたのに、お母様から返ってきた言葉は意外なもので。


「何言ってるの! 仕事よりもサフィーちゃんの方が大切に決まってるじゃない! 今までそばにいてあげられなくて本当にごめんなさい。寂しかったのに気付いてあげられなかったなんて……それと、身投げしたって聞いたんだけど、大丈夫なの?」


 私の両肩をガシっと掴んで前後に揺すりはじめた。私の脳は今、盛大にぐらんぐらんと揺れている。きっと私、馬鹿になる。


(ギ、ギブです、それに身投げって、たしかに二階から飛び下りるなんて、普通では有り得ないけれど)


 ぐらんぐらんと揺さぶられて、声にならない。それに気付いたお母様は、ようやく揺さぶるのをやめてくれた。


「心配させてごめんなさい。どうしてか、空を飛びたいって思っちゃったんです。綺麗な虹色の小鳥さんがいたんですよ!」

「空を飛ぶ? 虹色の“小鳥”?」 


 ふふっと笑いながら言った私の言い訳に、お母様は少しだけ戸惑いをみせた。


 たしかに、この言い訳はどうかと思う。けれど、自分でもどうして飛び下りてしまったのかは未だに謎だから。本当のことなんてきっと分からない。


 そのおかげで、前世の記憶を思い出せたのだから、結果オーライなのかもしれない。


 前世の記憶を思い出せていなかったら、それこそ、何も知らずに“破滅エンドまっしぐら”になっていたのだから。


「その他には、何か思い出した?」

「えっ!?」


(もしかして、前世の記憶のこと? え、でも、まさかそんなこと言えるわけないよね?)


 私は、凄い勢いで首を左右に振った。


 これほど心配して駆けつけてくれたお母様に「前世の記憶を思い出しました」なんて言ってしまったら、きっと私は即入院だ。


(入院生活は、嫌……)


 一気に私の顔は青褪める。


「えっ、ちょっと顔色が悪いわよ? サフィーちゃん、本当に大丈夫なの?」

「あ、はい、心配いりません。私は何も思い出していませんから」


 そう、とお母様は微笑んでくれた。


「あら? ちょっと待って。ねぇ、サフィーちゃん、あくやくれいじょう? って何かしら?」


 お母様が、何やら私をジーッと見て、小首を傾げながら尋ねてきた。その仕草さえ可愛らしい。けれど、


(今、お母様は何て言った……)


 私は焦った。見て分かるくらい盛大に。


「えっ、えぇっ!? な、なんですか? 悪役令嬢って!?」


 突然のお母様の爆弾投下に、私は驚きを隠せなかった。


(バレた? お母様にバレちゃった? 前世の記憶があるなんて、やっぱり即入院!? それだけは本当に嫌だ。でも、きちんと素直に言った方がいいのかな? だからと言って、乙女ゲームの悪役令嬢だから、私は断罪されます、なんて言えるわけがないよ!!)


 私はどうすればいいか全く分からなかった。素直に言うべきか、それとも隠し通すべきか。ただただ、盛大にあたふたしてしまった。


「サフィーちゃんにも分からないの? 私にもよく分からないわ。あくやくれいじょうって本当に何なのかしらね? あら? それよりも、サフィーちゃんには、私のスキルのこと、話していなかったかしら?」


 どうにか上手く難を逃れることができた。そして、キョトン、とするお母様はやっぱり可愛い。けれど、お母様がとても驚くべきことを言っていた。


(えっ? スキルってあれですよね? 前世で読んだ、ライトノベルの冒険ファンタジーによく出てくるような、あれですよね?)


 冒険ファンタジーに出てくる、魔法と同じような特別な能力のこと。


 実は、私も魔法は使える。


 乙女ゲームの中でも、サファイアたちが通う学校は「魔法学園」なので、もちろん魔法が使える設定だ。


 けれど、スキルというものがこの世界に存在しているということは初耳だった。私が“超”が付くほどの箱入り娘だから、何も知らないだけかもしれない。


 だから、お母様に尋ねる。


「言ってないです! 何も聞いてないです!! スキルって何ですか?」


 私が問い返しても、お母様は例に漏れず、人差し指を唇に当て「ひ・み・つ」と言って教えてくれなかった。


「そんなぁ……」


 残念がる私に、お母様は優しく微笑んでくれる。


「ふふふ、仕事も全て引き継いだから、これからはもっとサフィーちゃんと一緒にいられるわよ。今まで寂しい思いをさせてしまってごめんなさいね。私も含めて家族みんなサフィーちゃんのことが大好きだからね」


 そう告げると、ぎゅーっと私のことを抱きしめてから、台風一過のごとくお母様は私の部屋から去っていった。






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