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残酷な現実

「ニナちゃんが、ニナちゃんが……」


 死んでしまった……冷静な判断など、この場に着いたときにはもうすでに見失ってしまっていた私は、目の前で起きた惨劇に耐えきれず、人目も憚らず泣き出してしまった。


 だって、せっかくできた大切なお友達が、血塗れになって死んでしまったのだから。そんなこと、想像さえしていなかったから。


 とても良い子で、フロー村のことをたくさん思って、小さい身体で一生懸命に動いて、頑張っていた。


 全てはフロー村の人たちのために……


 それなのに、私は何もできなかった、できたはずなのに、やらなかった。


(乙女ゲームのことを知っているのは、私だけなのに、私のせいだっ)


 もっと、きちんと乙女ゲームに向き合って、少しでも思い出していれば、どうにかできたかもしれない。


 少なくとも、ニナちゃんがこんな風に死ぬことを、防ぐことができたはずなのに。


(全部、私のせいだ……)


「ごめんなさい、ニナちゃん……ごめんなさい、ワイアット様……」











ーーーむくっ



「あっ! ワイアット様〜、それにサフィーちゃんまで〜、おはようございま〜す。今日も朝早くからありがとうございま〜す」

「!?」


 倒れたはずのニナちゃんが、いきなり起き上がった。


 私の気持ちなど一切無視するような、いっそ気持ちの良いほど能天気な声で、元気に挨拶をしてくれた。


 無論、私の涙は一瞬にして止まった。


「え? 生き返った?」


(死んで、ない? ニナちゃんは不死身?)


「何言っているの? 生き返るも何も、死んでないもの。ちょっと派手に転んじゃっただけだよ〜」


 あっけらかんとした表情でニナちゃんが答えてくれた。


「だって、血塗れで倒れたから」 


 現に、ニナちゃんの胸からお腹にかけては血塗れだ。私はそのお腹を震える手で指差した。


「あぁ、これのこと? さっきまで、裏の小屋で鳥を捌いていたら、ちょっと失敗しちゃって。その時に浴びた返り血なの。私、魔法が上手じゃないから何も役に立ってないじゃない? 少しくらいみなさんにお礼がしたいなと思って、お昼ご飯に、美味しいものでもご馳走しようと思ったの」


 ケラケラと笑いながら、ニナちゃんの身に起こった出来事を話してくれた。


「鳥を、捌く? ……朝から?」

「朝から捌くよ! 無理な人もいるよね。でも私は全然大丈夫! むしろ、捌きながら『これって地元産だし、名物になるんじゃない!?』て思ってたら、気持ちが高ぶっちゃって、失敗しちゃったんだよね」


 確かに、私も朝から唐揚げを食べた。けれど、朝じゃなくても、貴族のご令嬢が鳥を捌くなんて、普通は無理だと思う。


 今更ながら、ニナちゃんが冒険者になろうとしていたことは、結構本気だったんだなと理解した。

 

「じゃあ、ここにいるみなさんは?」


 周りにいる大勢のみなさんを見回し、そして尋ねた。


「あっ、俺たちですか? 実はゴーシュに諭されて、今日から手の空いている者はみんなでフロランド計画ってものを手伝おうってことになったんです。村の者じゃないのに、親身になって動いてくれているお嬢ちゃんたちに申し訳ないって、ここは誰の村なんだって。だから、ニナお嬢様に俺たちもやらせてくれって、こうして直談判しにきたんです」


 よく見ると、村のみなさんが手に持っているのは、農具や大工で使用するような工具類だ。


「お嬢ちゃん、俺たちにもできることはないかい?」


 全てを理解した途端、私の瞳からは再び涙が溢れ出した。


(本当に安心したわ。もうっ、暴動が起きてしまったのかと思ったわよ!!)


 いきなり泣き出した私を見て、その場にいる全員がおろおろとし始める。そんな中、見るに見かねたジェイドが、私はその場から連れ出された。


 そして、安心したからなのか、一気に力が抜け、思わずその場に座り込んでしまった。


「ジェイド、ニナちゃんが無事だったわ。ニナちゃんは死ななくてすんだのよね?」

「はい、また一人、運命が変わりましたね」


 ジェイドは優しく微笑みながら、まるで私を諭すように言った。けれど、その言葉を聞いて、得体の知れない不安に襲われる。


(運命が変わった? でも……)


 ただ一つ、はっきりしてしまったことがある。今回もまた、スチルシーンは現実に起きてしまったということ。それが意味することは、


 サファイアが断罪されるスチルシーンも、必ず起こる


ということ。


 ニナちゃんが救われたことは、本当に良かったけれど、同時に私には残酷な現実が突きつけられた。


「サフィーお嬢様?」

「え、あ、大丈夫よ」


 とても不安そうな顔をしたジェイドが、私の顔を覗き込んでいた。


(いやね、また考え込んでしまったみたい)


「サフィーおねえちゃん、どこかいたいの? だいじょうぶ? ヒナがなおしてあげる、いたいのいたいのとんでいけー」


 屋敷の前で騒いでる声に、ヒナちゃんも思わず見にきてしまったみたい。背伸びをして、その小さい手で、私の頭をゆっくりと撫でてくれた。


(いたいのいたいの飛んで行け、か。懐かしいおまじないだわ。小さい頃にいっぱいやってもらったわ。前世の私が、だけど……)


「ヒナちゃんありがとう! ヒナちゃんのおかげでおねえちゃん元気になったわー!!」


 ぎゅーっとヒナちゃんを抱きしめた。


(大丈夫、私の記憶になくても、きっと、お父様もお母様もラズ兄様も、いっぱい私のことを可愛がってくれたはずだもの。私の小さい頃は、とてもやんちゃだったってラズ兄様が言っていたから、このおまじないもいっぱいやってくれたはずだわ。きっと……)


 時々、ふとした瞬間に不安になることがある。記憶がないことが、こんなにも辛いだなんて、思いもしなかった。


 でも考えないようにしている。記憶がないのには、何か理由があるはずだから。


(ジェイドなんて、記憶がないうえに、家族と離れ離れになってるんだから、私がしっかりしなくちゃ!)


「サフィーお嬢様、ヒナちゃんが苦しがってますよ」

「ぐるじい……」


 私の腕の中には、抱きしめられて苦しそうなヒナちゃんがいた。


「ヒナちゃん! ごめんなさい」


 ヒナちゃんは「いいよ」と言って許してくれた。


 ヒナちゃんにお詫びの気持ちを込めて、昨日作った温泉の湯船部分に水を入れてプールを作ってあげた。


 アオも呼んで、ヒナちゃんの遊び相手をお願いしたら、ヒナちゃんも喜んでくれた。


(可愛い女の子ともふもふの水遊び姿、癒されるわ!!)


 それから、領主であるニナちゃんのお父様や私のお母様を交えて、役割分担を決めた。

 新しい孤児院を建て終わったら、そのままフロランドの建物も作ってもらえることになった。


 せっかく有り余るほどの温泉が湧き出ているのだから、温泉以外にも村の中に水路を引いたり、足湯スポットを作ったり、もっと宿の整備を始めたらどうかという話にもなった。


(前世の温泉街のように、村中に湯気が上がっているのも、風情があっていいわね)


 そして、ニナちゃんから鳥を繁殖させていることも聞いた。ニワトリだ。作物が育たないから、なんとか鳥を育てて卵を産ませているのだと言う。


「温泉で卵と言ったらもちろん温泉卵! 名物はこれに決まりだね!」


 あの美味しい唐揚げは捨てがたいけれど、長い目で見たら、卵をいっぱい産ませた方がいいのかもしれない。


 お肉は他のもので代用してもいいし、唐揚げは本当に特別な時のご馳走として「プレミア感」を持たせるのもありだ。


「ふふ、私も商売上手になってきたかな!」






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[気になる点] ワイアット いるのにセリフとか全くなし 書き忘れ?
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