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ワイアット様ルートの一枚絵

「サフィーお嬢様、乙女ゲームにおけるワイアット様の過去の回想シーンって、どのようなものだったか、覚えていらっしゃいますか?」


 フロー村の宿で朝食を食べながら、ふとジェイドが私に尋ねてきた。


 昨日は遅くまで作業をしたので、フロー村の宿に泊まった。フロー村にも宿はあった。老夫婦が経営する昔ながらの民宿のような雰囲気の宿。


 もちろんジェイドとは別の部屋。私の部屋にはアオが一緒に泊まってくれたので、防犯対策もばっちりだ。


 ニナちゃんから「フロー伯爵邸にぜひ」とありがたい申し出を受けたけれど、丁重にお断りをした。私たちがフロー村の宿に泊まれば、それだけでもお金が循環されるから。 


 お母様とラズ兄様は「ちょっと行ってくるね〜明日は適当な時間に来るわよ〜」と言って、二人でどこかに出掛けて行った。

 仲間外れにされたようで少しだけ寂しい。


 話を戻すと、攻略対象者の過去の回想シーンとは、いわゆるヒロインとの恋に発展するイベントに繋がるものの一つで、攻略対象者の過去に起きたトラウマのことだ。


 レオナルド王子の場合は、賊に襲われて王妃様が殺害されたこと。こちらはみんなのおかげで、無事に回避できた。


「えっと、ワイアット様ルートはたしか、婚約を約束した幼馴染みの少女が、貧困に苦しむ村人の暴動に巻き込まれて、死んでしまう、だったかしら?」


 領地経営に不満を持った村人たちが、領主の住む屋敷にまで押しかけて、農具などの武器を使い、領主の娘でもあるワイアット様の幼馴染みの少女に襲いかかる。


 ワイアット様は、必死で暴動を止めようとするも村人たちに阻まれ、幼馴染みの少女の元へは辿り着けず、自分のすぐ目の前で殺されてしまう。


 屋敷の前で、村人たちに囲まれた幼馴染みの少女が、真っ赤な血を流して倒れているスチルは、ワイアット様の儚い初恋が無残にも散る瞬間でもあり、本当に傷ましくて目を背けたくなるほど可哀想なものだった。


(マジ恋の乙女ゲームはスチルがとても綺麗だからこそ、余計に切ない気持ちになったのよね)


 スチルを思い出しながら、しんみりしている私に、どうしてか、ジェイドが焦りを隠せないでいる。


「あの、サフィーお嬢様っ、それって非常にまずいんじゃないのでしょうか?」


 食事をとる手も止めて、やたらと不安げに言葉を投げかけてきた。


「えっ、何が? 私が今食べているお肉はすごく美味しいわよ?」


 私は今、唐揚げのようなものを食べている。朝から唐揚げ? 胃もたれするし! って思われるかもしれないけれど、私は全然大丈夫!


 しかも地元産らしく、お世辞抜きでとっても美味しい。もしかしたら、村の名物になるんじゃないかな、とさえ考えていた。


「違います。そのまずいではありません! 過去の回想シーンの話です。その幼馴染みの少女って十中八九、ニナ様のことですよね?」

「んー? ワイアット様の幼馴染みだから、多分そうよねぇ……って、あぁぁぁぁ!!」

「ですよね……」


 思わず叫んでしまった。ジェイドがほんの少しだけ呆れていたということは否めない。


(私ったら、完全に平和ボケしていたわ。フロランド計画も良い感じに進んで、全てがうまくいくことしか頭になかった)


 村人たちの中には、もしかしたら、フロランド計画自体に不満を持っている人がいるかもしれない。そして今回は、ニナちゃんが“いつ”襲われるのか全く見当がつかない……


「実は、気になることがありまして、村の者が何やら私たちの方を見て、コソコソと話をしているようだったんです。もしかすると、急を要することになるかもしれません」


 たしかに、ジェイドは周りを見渡して首を傾げているようだった。その後に、ヒナちゃんと一緒に見回りに行ってくれたんだもの。


 私たちは、ニナちゃんの無事を確かめるために、急いで宿を出た。


(どうか、どうか間に合って……)


 その一心で、無我夢中で走った。




 ニナちゃんの住むフロー伯爵邸に着くと、私は自分の目を疑った。すでに武器を手に持った男たちによって、屋敷前は占拠されていたのだから。


「嘘? 嘘でしょ? いやぁぁぁ!! ニナちゃんがぁっ!!」


 思わず誰かに助けを求めるように、大声で叫んでいた。何かの間違いであって欲しい、そう願う私の声は、周囲の喧騒にかき消されてしまう。


「何の騒ぎだ?」


 颯爽と現れたのはワイアット様だった。まるでヒロインのピンチに駆けつけるかのように。


「ワイアット様! 急いで、ニナちゃんがっ!」


 焦った様子の私を見て、緊急事態だと察してくれたワイアット様は、急いでニナちゃんの元へ駆け寄ろうとする。


 私も男たちの間をすり抜けるようにして、ニナちゃんの元へと向かった。


「退いて、お願いだから、みんな退いてっ」


 もう少しで、ニナちゃんの元へと辿り着ける。間に合った、そう思ったのに……


「ニナちゃん、いた、よかっ……!?」


 私の目が捉えたのは、今まさに、後ろに倒れようとしているニナちゃんの姿。


「ニナ!!」


 押し飛ばされたかのように、勢いよく倒れるニナちゃんに、ワイアット様が手を伸ばす。


 けれど、その差し出された手は村人たちに阻まれて届かない。



ーーードサッ



 ニナちゃんの腹部を真っ赤に染める緋色が、一瞬にして私の目に飛び込んできた。


 痛いほどに目が眩むその色は、不謹慎ながらもとても綺麗で、それでいて、とても残酷な色。


「嘘でしょ? 間に合わなかった……」


(乙女ゲームでは、ヒロインのピンチに颯爽と駆けつけるワイアット様が、間に合わないなんてことがある筈がない、何かの間違いよね……)


 そう願うも、現実は残酷だった。


 私も、幼馴染みのニナちゃんも、乙女ゲームの、マジ恋のヒロインではないのだから。所詮、悪役令嬢と回想でしか出てこない脇役だ。


 無情にも、私の目に焼き付いたその状況こそが、ワイアット様ルートのスチルシーン、あの美しくも儚い一枚絵、そのものだったのだから。






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