フロランド計画
スパランド計画(仮)は、フロランド計画に名称が決まった。フロー伯爵領のフロー村にあるお風呂の国「フロランド」実に覚えやすいネーミング。
学園が夏休みに入ったら、すぐに着工できるように、それまではフロランドの全体像や作業方法などを細かく決めた。フロー伯爵とのやりとりは、もちろんお母様が行ってくれた。
そして、待ちに待った夏休みがやってきた。
一先ず着工するのは「格安志向の温泉」「高級志向の温泉を一棟」「プール」の三つの施設。
高級志向の温泉が一棟だけなのは、警備面についての確認や、改善点を炙り出すためなんだけど、お母様の考えは違った。
「もちろんプレミア感よ!」
「プレミア感、ですか?」
「そうよ、一棟しかなければ、自慢したいがために、我先にと思う上に、少しくらい高くても、泊まろうと思うでしょ!」
一体、この一棟で、どれだけのお金をがっぽりと儲けるつもりなのだろうか。商売上手なお母様に脱帽した。さすが、商品の輸入や買い付けを行なっている“らしい”だけある。
他の施設もお客様の反応を見て、宿泊施設や露天風呂などを少しずつ広げていくことになった。幸いなことに、土地はたくさんある。
ゆくゆくは、学園の生徒たちの宿泊合宿にも利用できるようになればいいな、と計画している。
そして私たちは今、フロー村に来ている。着工開始だ!
「今日は、そんなに暑くなくて良かったね」
「はい、炎天下の中の作業はきっと地獄ですよね」
「でも、アオはもうぐったりね」
私たちの目の前には、ぐったりとしているアオがいる。
「アオ、向こうの木陰で休んでて。ちょうど精霊の加護の木のところなんていいんじゃない?」
『うん、お言葉に甘えてそうするよ。でも、何かあったらすぐに呼んでね』
「分かった! ありがとう、アオ」
無事にプールができあがったら、真っ先に氷の入った水のプールを作ってあげようと心に決めた。
さっそく、ニナちゃんの案内で、村の周りの土地を見て回ることになった。
基本的に村の周りには何もない。荒れ果てた荒野がただ広がっているだけ。気になるものと言えば……
「ニナちゃん、新しく村に何を作っているの?」
村には、建設中の大きな建物があった。財政難で廃村の危機だというのに、新しく建物を作る人がいるなんて、とても不思議だった。
「あそこはね、新しい孤児院を建設中なの。今ある孤児院は、王都寄りの場所に建っているんだけど、ポツンと建っているだけだから、防犯上良くないし、老朽化もひどいの。だから、心優しい方の寄付で新しい孤児院を建てることになったの。しかも、フロー村の大工さんに依頼してくれて、とても感謝しているんだよ」
古い孤児院の方向を指しながらニナちゃんが教えてくれた。たしかに、村から遠く離れた遥か彼方に、ポツンと一軒家が建てられている。
「なるほど! 世の中には優しい人がいるのね」
「うん! それにサフィーちゃんたちだって、私にとって心優しい人だよ。あっ、そうだ! 古い孤児院は、その方が仕事で使いたいから、そのまま譲り受けるって言っていたはずだわ。出来ればその方の迷惑にならない場所にフロランドを作りたいんだけど、いいかな?」
「もちろん! 古い孤児院から離れた場所にしましょう! 仕事で使うのに、煩かったら迷惑かけちゃうもの」
フロランドには、たくさんのお客様を集客する予定だ。それに伴って、かなり煩くなるだろうから、その心優しいお方には、可能な限り迷惑をかけないようにしたい。
「ありがとう! その代わり、他の土地ならどこでも好きなだけ使えるからね。オルティス侯爵家の別邸を建ててもいいよ!」
「別邸か、お母様なら建てちゃいそうね」
今までの会話でお察しのとおり、私とニナちゃんは、“ちゃん呼び”するほど仲良くなった。私にとって、同い年のはじめての女の子の友達だ。
ワイアット様とも気軽に話せるようになってきた。攻略対象者とは関わり合いにならないと言っておきながら、レオナルド王子に引き続き、どうしてか仲良くなってしまった。
これは、何かの罠なのか、それとも、悪いことが起きる前兆なのか。
「あっ、ワイアット様〜!」
ニナちゃんが前方を歩くワイアット様の方に駆け寄る。相変わらず二人は仲良しだ。
「今ね、サフィーちゃんとフロランドの場所について話していたんだけど、王都側じゃない方がいいってことになったの」
「あぁ、それに村の宿にも泊まって欲しいから、村からは離れない方がいいよな」
「うん。村の人たちにも気軽に利用して欲しいしね」
ワイアット様とニナちゃんがフロランドを建てる場所について、仲良く検討してくれている。
(ふふ、このお二人は、本当にお似合いだと思うわ。きっと悪いことなんて起きないはず。良いことが良いことを呼ぶ、という相乗効果なのよ、きっと!)
「……となると、やっぱりこの辺りがいいかな。スーフェ様、この辺りがいいと思うのですが、いかがでしょうか?」
ワイアット様が提示した場所は、精霊の加護の木の近くだった。木陰ですやすやと寝ているアオがとても可愛い。
「精霊の加護の木は、大業火にも負けなかった奇跡の木です。フロー村のシンボルとして村の者は勇気をいただいてきました。だから、できることなら、この木の周りに活気を取り戻してあげたいんです」
ちなみにここは、前回の落とし穴事件の時に、すでに温泉が出ると実証済みだ。村からも近いので、絶好の場所だと思われる。
ただし、ひとつだけ懸念事項があった。それは、落とし穴を盛大に作ったために、地盤が緩んでいるのではないか? ということ。
せっかくフロランドを作ってもすぐに壊れてしまっては意味がない。
「ここ? そうねえ、ちょっと待ってて」
お母様が少しだけ悩んでいた。一度、精霊の加護の木に向かい、そしてすぐに戻ってきた。
「大丈夫よ。それにこの辺ならどこでも掘れば温泉が出そうだものね。でも、この前思いっきり固めちゃったから大変だわ」
先日は、いとも容易く落とし穴を作っていたのに、そんなことを言い出すなんて、どれだけ硬く固めたのだろうか。
(地盤の心配はいらないみたいね。もし、地盤が緩んでいても、お母様なら簡単に固めちゃいそうだけどね)
場所も決まったところで、とうとう源泉となる場所を掘り当てる作業だ。
「一番重要な源泉を掘るのは、誰ができる?」
お母様がみんなに尋ねた。
「土魔法ができるのは、ラズ兄様とワイアット様?」
私には土属性魔法が使えない。ニナちゃんは火属性魔法がちょっと使える程度らしい。
「ワイアットがどれくらいできるか分からないけれど、母様がやってくださいよ」
「どうしてですか? ラズ兄様の落とし穴も凄かったじゃないですか?」
「あんなのは全然だめ。母様の足元にも及ばないよ。母様の落とし穴は、掘るのと同時に側面を崩れないように固めてるんだ。地震が起きても何しても崩れないようになってるよ。俺にはそこまでの技術はない。穴を掘った後に固めるのならできなくはないけど……」
(たしかに、穴を掘ったら温泉が湧き出ちゃうから、きちんと固めるのは難しくなっちゃうのかも。それを一瞬で出来るお母様ってやっぱりすごい)
ワイアット様を見ると「残念ながら私にも無理だ」と首を左右に振った。
「あら? ラズはやっと私の偉大さに気付いたのね」
お母様の言葉に、ラズ兄様は分かりやすいくらい悔しそうな顔をしていた。と言うか、お母様の中で、最初からすでに、自分で掘ることを決めていたのだろう。
お母様が地面に手を当て、真剣に気配を探っている。おそらく地脈を辿っているのだろう。そんなことまでできるなんて、お母様は一体何者なのだろうか。
「うん、大丈夫そうね。深さも大体わかったわ。じゃ、いくわよ! 出でよ、温泉!」
なぜか昔の魔法少女風に「えいっ」とポーズを決めるお母様。ちょっと古いと思ってしまったとは、決して口には出してはいけない。それなのに、口に出してしまう人がいる。
「何だそのポーズ、年を感じるぞ」
誰にも聞こえないほど小さな呟きなのに、どうしてか、お母様がピクッと反応し、一気に殺気立つ。
「あら? おかしいわね。出てこないわ? ラズ、ちょっと、その穴を覗いて確かめて見てよ」
怖いくらいの殺気と共に、ラズ兄様に命令をするお母様。すでにここにいる全員が、その殺気に気圧されて、ぶるぶると震えている。
(ラズ兄様、早く従ってください。早く責任取ってくれないと、倒れてしまうわ)
ニナちゃんはワイアット様に支えてもらって何とか立っている状態だ。支えてもらうとか、少し羨ましい。
唯一の救いは、今ここにヒナちゃんがいないこと。さっき、ジェイドがお散歩に連れていってくれたから。
(グッジョブ! ジェイド)
そして、今もまだラズ兄様は頑なに固辞している。
「絶対に嫌です」
(いい加減にしてください、早く、早く! このままじゃ、誰か倒れちゃいます!!)
「ラズ……(怒)」
さらにお母様が殺気立つ。もう誰にも止められない。
「はい……(泣)」
渋々、ラズ兄様が穴に近付き、顔を覗かせる。
その瞬間「ブッシャー」と、噴水のように勢いよく温泉が湧き出てきたではないか。覗き込んでいたラズ兄様の顔面を目掛けて、激アツの温泉が直撃する。
「あっちぃぃぃぃぃ!!」
地面に倒れこんで、もがき苦しむラズ兄様を見て、お母様はほくそ笑んでいた。湧き上がる温泉の熱々の湯気とは対照的に、周囲にいる全員の血の気が引いた瞬間だった。
お母様は、土魔法を使って一気に穴を掘るのと同時に穴の側面を固めて、さらに水魔法を使って、温泉が溢れ出すのを抑えていたみたい。
(あり得ない。絶対に敵に回したくない人だわ)
ちなみに、ラズ兄様は自分で氷を出して冷やしていた。魔法って便利だ。
ラズ兄様が曰く、落とし穴事件の時も、落とし穴を掘り下げる際、犯人の男たちが怪我をしないように、風魔法で絶妙に犯人の男たちのことを浮かせて、ダメージを軽減させていたそうだ。
温泉が湧き出るのを確認したら、一旦温泉が湧き出るのを止めて、湯船になる部分を作りはじめる。
源泉を中心に水路を引き、男風呂と女風呂に分け、そこから段々畑のように上から熱め、普通、ぬるめの温度に自然冷却するように掘っていく。
これはワイアット様のお仕事だ。ニナちゃんのために開始した計画なので、できる限りワイアット様に男気を見せてもらい、馬車馬にように働いてもらう。できないことや、その他のサポートをみんなでフォローすると決めたのだ。
そんな時、ふとジェイドが周りを見渡した。
「どうしたの? 何かあった?」
「いえ、多分気のせいだと思いますけど……」
『ツンツン』
「どうしたの? ヒナちゃん?」
ニナちゃんの妹のヒナちゃんが、ジェイドの服の裾をツンツンと引っ張っていた。
「ヒナも、なにかおてつだいしたい」
「じゃあ、お兄ちゃんと一緒に悪い人たちが周りにいないか見回りに行こう。よく見えるように肩車してあげるね。サフィーお嬢様、また少しお散歩してきますので、みんなから絶対に離れないでくださいね」
ジェイドはそう言うと、屈んでヒナちゃんのことを肩車して、見回りという名のお散歩に出掛けていった。
(イケメンと可愛い女の子のお散歩ショット。尊すぎて直視できないわ!!)
そして、夕方になる頃には、湯船部分の工事はだいたい終わった。仕様はオルティス侯爵家の本邸にあるプールのような感じで、石を敷き詰めて仕上げた。もちろん仕上げはお母様。まるで匠のような技だった。
(魔法ってやっぱりすごいわ。こんなにパパッと終わっちゃうなんて。次は建物か……)